「化学者のためのエレクトロニクス入門」シリーズでは、今や私たちの日常生活と切っても切れないエレクトロニクスを、化学の視点から掘り下げます。日本語では電子工学と訳され、化学の「化」の字もないエレクトロニクスが、実は化学と密接に関連していることをお伝えします。さらには身近なカーボンナノチューブやグラフェンナノリボンなどのナノカーボン材料や、有機半導体、分子エレクトロニクスをはじめとする化学のホットなトピックが今後いかにエレクトロニクスへ応用できるのか等々、ご紹介できればと思います。ゆくゆくは エレクトロニクス関連の企業情報など、就活生必見の基礎知識も盛り込んでいく予定です。
連載初回である本記事では、電子回路の成り立ちや微細化の歴史についてお話しします。
そもそもエレクトロニクスとは?
明確に定義することは難しいのですが、真空中や固体中での電子の流れによって生じる現象や、それらの現象を応用した技術を指します。日本語では電子工学とも訳されます。真空中で電子を流す真空管もエレクトロニクスの範疇に含まれますし、コンピュータの “脳” に相当する集積回路もエレクトロニクスの一大分野です。
上の説明からだと、エレクトロニクスと化学は馴染みが薄く聞こえるかもしれませんが、集積回路の発展は半導体材料なしにはありえませんでした。さらに発光ダイオード (LED) から液晶に至る化学材料の性質を扱う学問も、エレクトロニクスです。このように聞くと、化学材料の発展がエレクトロニクスにいかに貢献したかがお分かりいただけるかと思います。
ではエレクロトニクスは実際どれほど発展したのでしょうか?身近な電子機器の代表である携帯電話を例に、その歴史を振り返ってみましょう。
携帯電話の変遷
スマートフォンは現代人になくてはならない電子機器ですが、米Apple社から最初のiPhoneが発売されたのはたった10年ほど前 (2007年) のことです。筆者をはじめ、かつてはガラパゴス携帯、いわゆるガラケーを利用していた方も多いのではないでしょうか。トグル入力など、どこか懐かしさもありますが、機能が豊富で利便性の向上したスマホにひとたび乗り換えてしまうともう戻れませんよね。
さて、ガラケー自体も歴史もさして長くはなく、登場から20年ほどしか経っていませんが、実はそれ以前にも携帯電話自体は存在しました。国内初の実用的な携帯電話は1985年に発売されたショルダーフォンです。それ以前の「自動車電話」が車外でも肩にかけて持ち運べるようになったもので、重量はおよそ3 kg(!)、40分間の通話が可能だったといいます(当然ながら機能は通話のみ)。今からは考えられませんが、当時としては画期的な新製品だったようです。
こうしてみると、いかに携帯電話の小型化・高機能化が進展してきたかうなずけるかと思います。今の潮流が続けば思いもよらない画期的な機能が次々と搭載されるかもしれませんね。続いてはもう少しさかのぼって、コンピュータの歴史も見ていきましょう。
現代のスマホと最古のスパコンと演算能力とサイズの比較
突然ですが、みなさんのお手元のスマートフォン、一秒間にどれくらいの計算をしていると思いますか?昨年(2019)発売のiPhone11に搭載されたA13プロセッサは85億個のトランジスタを備え、その演算能力は1兆回/秒にのぼるとされています。
一方、世界初のスーパーコンピューターとして設計されたENIAC(1946年)はバレーボールコートほどの面積を占め150 kWもの電力を消費したにも関わらず、使用された真空管は17468本、演算能力はわずか5000回/秒だったといいます。それでも当時としては圧倒的な技術で、ENIACが処理した計算量はそれ以前の全人類がこなした量を凌駕していたという推計もあるほどです。わずか70年余りの間に数兆倍ものスケールで電子機器の小型化・高集積化が実現されたことがうかがえます。
技術の高度化によって、従来では思いもよらなかったデバイスが生まれました。最古のスパコンであるENIACは当初、戦時下という情勢もあって砲弾の弾道計算を目的に開発されましたが、真空管よりはるかに小型なトランジスタが発明されると手のひらほどの電卓が、一般的な計算を目的に発明されました。さらに集積回路の登場と高集積化によって計算以外の機能も兼ね備えたPCやスマホへと発展していきました。
他にも、天気予報も目覚しく発展しました。計算機がなかった時代には6時間後の天気予測に二ヶ月を要したとも言われていますが (詳しくは「リチャードソンの夢」を参照)、今では専用のスパコンまで作られ、数日先までそれなりの精度で当たるようになってきました。基礎技術とそれを活用する製品の設計思想は、まさしくイノベーションの両輪です。
ムーアの法則 –携帯電話はなぜ小型化, 高機能化できたのか–
収穫加速の法則と呼ばれる経験則によれば、ある発明は他の発明と結びつくことで次の革新への期間を短縮するため、科学技術の進歩は指数関数的に向上するとされています。例えば携帯電話は、高周波帯域の発振装置の小型化(マグネトロンなどから半導体へ)とバッテリーの小型化(リチウムイオン電池)によって可能になった発明であり、さらに回路の小型化が相俟って、現在のような様々な機能が付与されるようになったものです。
電子回路の高集積化も同様に、加速度的に進展し続けています。このことは、インテル社の創業者の一人であるゴードン・ムーアが集積回路の部品の数を例に指摘したことからムーアの法則と呼ばれています。そのペースたるや、一年半ごとに倍増という驚異的なものです。この日進月歩の小型化は、演算能力に対する人類の飽くなき欲求と、技術者のたゆまぬ努力の賜物でしょう。
回路を小型化する技術
さて、現代の高度な電子回路は演算をつかさどる多数の半導体やその他の素子から構成されており、それらを薄くて丈夫な板(プリント基板)の上で電気的に接続して動作しています。1948年に半導体素子の代表格であるトランジスタが発明されると、そのコンパクトさと低い消費電力で圧倒された真空管は駆逐され、現在ではオーディオなどの特殊な用途を除いて姿を消しました。
ちなみに、プリント基板はそもそも回路を小型化するために導入された技術です。その歴史は、第二次世界大戦中にアメリカ軍が開発したVT信管にさかのぼります。従来、対空砲弾には時限式信管が用いられてきましたが、敵機から離れたところで爆発することが多く命中率の低迷が課題でした。そこで、既に空襲の予知などで成功を収めてきたレーダーを小型化して信管と連動させ、敵機を探知して至近で起爆することで飛躍的に命中率を向上させました(なおこのVT信管の実戦投入は、それまで辛うじて米海軍と伯仲していた日本海軍がマリアナ沖海戦で大敗を喫し、壊滅する一因にもなります)。
従来のレーダーは主に陸上の基地(レーダーサイト)や艦艇に装備される巨大なものでした。それを十分な信頼性を保ったまま砲弾に組み込めるほど小型化し、大量生産するために用いられたのがプリント基板だったのです。
やや横道にそれましたが、最終製品を高集積化するには、性能を損なわずに個々の素子や配線の小型化、プリント基板の高密度化を行う必要があります。電子工作のご経験がある方はおわかりかと思いますが、手作業で回路を設計すると、せいぜいmmサイズの部品を同じくらいの間隔で実装するのが関の山です。しかし、現代のLSIではnmオーダーでの微細加工が行われています。さらに扱う信号の高周波化に伴い、ストリップラインなどの複雑な構造の配線やバラン、ガン・ダイオードなどの特殊な素子も求められています。
これら半導体や配線の微細加工には感光材料のフォトレジストやめっき技術、素子と基板との接続には古典的なはんだ付けやコネクタのほかにワイヤボンディングや異方性導電膜(ACF)が用いられています。いずれも化学、とりわけ有機化学なくしては立ちゆかず、日本の化学メーカーが高い実力を誇る分野も数多くあります。というわけで、次回は電子回路の製造プロセスをご紹介する予定ですのでお楽しみに!
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