第262回のスポットライトリサーチは、千葉大学先進科学センター・石井久夫研究室 助教の田中有弥さんにお願いしました。
石井研究室では、こだわり抜いた光電子分光装置などを駆使して有機ELなどをはじめとした分子エレクトロニクスを理学・工学両面の観点から研究を推進されています。ちなみに、石井先生は身長が194 cmの巨漢で、日本最大の化学者といわれています(名刺にもThe tallest chemist in Japanと印刷されているとか!)。筆者もお会いしたことがありますが、体だけでなく研究も心も大きな、素晴らしい先生です。
今回紹介いただける内容は、なんと有機分子の整列特性を上手く利用して、簡便に新しい振動発電素子を作ったという成果です。まさに、マニアックな分子配列に関する基礎技術が機能を持ったデバイスの形で結びついた、田中有弥さんならではの素晴らしい成果だと感じました。本成果は、Scientific Report誌に原著論文として公開され千葉大学、JSTからもプレスリリースされており、各種メディアでも取り上げられています。
“Self-Assembled Electret for Vibration-Based Power Generator”
Tanaka, Y.; Matsuura, N.; Ishii, H., Scientific Reports 10, 6648 (2020), doi: 10.1038/s41598-020-63484-9
研究室を主宰されている石井久夫教授からは、田中さんと今回の成果について以下のコメントをいただいています。
田中君は,私が千葉大学に移って研究室を立ち上げたときの一期生の学生でした。種々の装置の立ち上げを進め,デバイス研究を中心に電子分光などの分光学的研究にも携わり,研究室内のいろいろなプロジェクトに積極的に関わって研究をすすめてくれました。その後,会社で研究開発に携わったのち,千葉大の助教としてアカデミアに戻ってきました。自分の専門の殻に閉じこもらずに,いろいろなことに興味を持って取り組める,理学的にも工学的にも発想できるキャパの広い研究者です。今回振動発電の分野に飛び込んだように,臆せず異分野の学会などに顔を出して,新しい研究アイデアをどしどし探っています。Scientific Reportsに掲載された振動発電の研究に活用されている「極性有機分子の自発配向現象」は石井研の長年の研究テーマでした。単に蒸着するだけで分極が生じるという“理学的な謎“にこだわって研究してきましたが,「もっと実用に役立てたい!」という方向ではあまり進展がありませんでした。今回,田中君が振動発電のエレクトレットとして用いるというアイデアを自ら提案し,実証してくれました。これからの発展がますます楽しみです。
実は田中有弥さんは筆者の学生時代からの友人でもあります。分野はかなり異なっていたのですが、学生の時にたまたま異分野交流の機会に恵まれて、不思議な縁で今でも親しくさせてもらっています。PhD取得後、会社とアカデミアを両方経験されている田中さんは、産学連携のカギとなるバランス感も持っていていつも勉強させていただいてます。
それでは、田中有弥さんからの心のこもったメッセージをご覧ください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
自然に整列する有機エレクトロルミネッセンス(EL)素子用の材料を利用することで,荷電処理を一切必要としない振動発電素子を実現した,という内容の研究です.
より安心・安全で効率的な社会を実現するためには,人や動物,人工物,自然環境などの現在の状況を常に把握し,それらに何らかの変化が生じた場合には即座に検知する必要があります.これは膨大な数のワイヤレスセンサを利用すれば可能ではありますが,全ての設置場所で商用電源が使えるとは限りません.そのため,センサ駆動用の電源が大きな問題になります.電池は大変便利ですが膨大な回数の交換作業が必須となり,さらに使用後に有害ごみになるという問題もあります.そこで現在注目されているのが,光や熱,振動といったエネルギーから電力を得る環境発電(エネルギーハーベスティング)です.特にエレクトレットを備えた振動発電素子は身の周りにありふれた振動を利用して発電することが可能であり,ワイヤレスセンサ用の有力な独立電源として期待されています.
エレクトレットとは一言でいえば帯電した膜のことで,元々は日本人によって発見されました.振動で発電するためには素子に電荷を溜めておく必要がありまして,それを可能にするのがこのエレクトレットです.素子は基本的にはコンデンサの構造をしておりますので,エレクトレットがなくても外部から電圧を印加すれば素子に電荷を溜めることは可能ですが,振動で発電するために別途電力が必要となると本末転倒です.つまりエレクトレットは振動発電素子の性能を左右する心臓部なのですが,その作製が一般的には困難で,コストを増加させる一つの要因でした.
今回は自然に整列して膜の表面に巨大な電位が現れる有機EL材料(図2(a))を利用することで,荷電処理を一切必要としない振動発電素子の開発に成功(図2(b))しましたので,プレスリリースさせていただきました.有機EL材料がエレクトレットとしても使えることがわかりましたので,この知見をマイクやセンサ等の様々なエレクトレット型デバイスへと展開することで,その高性能化・低製造コスト化ができると考えています.
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究テーマに関しては立案の段階から思い入れがあります.学生時代に石井久夫先生の研究室に配属されて以降,極性を持つ有機EL材料の自発的な配向現象は長く親しんだ研究対象であり,学位取得後入社した会社でも再会した現象でした.また配向の結果薄膜に発現する巨大な表面電位もめったにない性質だと思っていましたので,大学に戻ってきて以降どうにかしてその特長を活かしたデバイスを作りたいと考えてはいました.しかしながらどういった使い方をすれば世に役立つデバイスができるかが全くわからない.いろいろ考えていた時に科学技術振興機構(JST)の微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出という事業を知り,それを推進なさっている先生方のご研究をいろいろと調査して,振動発電素子と出会いました.これまで携わってきた有機エレクトロニクスの研究分野では有機EL素子や有機太陽電池,有機電界効果トランジスタが主なデバイスでしたので,振動発電素子とエレクトレットの原理と重要性,またそれらの課題等がはすぐには腑に落ちませんでした.時間はかかりましたが結局巨大表面電位を発現する材料群は“自己組織化型の”エレクトレットとみなせることに気づき,これならば作製が困難という課題を解決できるだろうということで研究をスタートさせました.
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
実験の開始前後と論文化には苦労しました.当時は振動発電素子についてほぼ何も知らなかったので,いったいどういう測定や設備が必要なのか,どういう研究会や学会があるのか等の分野の常識が一切わかりませんでした.そこで東京大学の藤田博之先生(現・東京都市大学)や鈴木雄二先生,年吉洋先生にアポイントメントを取って研究室を訪問させていただきました.素性の知れない私に対して先生方全員フランクに接してくださり,振動発電素子の評価について詳しく教えていただいたことを良く覚えています.先生方のご協力なしにはスムーズに研究を開始することができませんでしたので非常に感謝しているとともに,今でも大変お世話になっています.
おかげさまで実験は順調に進んだのですが,最後の論文化にも苦しめられました.査読者からは「発電素子になってない」,「表面電位の発現は既に報告されている」といったご指摘を受けました.有機半導体か振動発電かどちらか一方をご専門とされている方々からのご意見だと理解しています.最終的に受理された雑誌からも,主に「適当な査読者が見つからない」という理由で投稿から約11か月と非常に時間がかかりました.長期戦だったこともあり,エイプリルフールに届いた受理通知はにわかには信じられませんでした.
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
日本には有機EL素子関係の材料,装置,デバイスメーカーが数多くありますが,有機ELディスプレイの分野で後塵を拝しているせいなのでしょうか,産業界に今一つ活気がないと会社員時代に感じていました.ただ一昔前は全く違っていたとお聞きしていますので,実は各社投資して蓄積した技術がくすぶっているのではないか?と勝手に理解しています.化学を柱にしてそのような産業界をも巻き込めるような研究を行い,少しでも社会に貢献したいと思っています.
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
教訓になるようなことはとても言えませんので,このテーマに関する私の体験談をメッセージとさせてください.この先どうなるか全くわからなかった研究でしたが,少しずつ振動発電素子の理解が進むにつれて,こういう性質を持つ材料があればよいという指針がはっきりしてきました.このおかげで課題が明らかになりましたので,専門を活かしてこれを解決しようとあれこれ案を出します.面白かったのは,そういう作業をしていると,注力すべき研究課題が優先順位付きで出てくる,ということでした.たしか九州大学の安達千波矢先生だったと思うのですが,「一度デバイスの研究に取り組んでみたらよい.そうすると必要なサイエンスが見えてくる」とおっしゃっていまして,私は今まさにこの言葉を身をもって体験している最中です.理学系の方であってもより研究に興味が持てるようになると思いますので,何かしらの出口を意識するのはお勧めです.
またこれまで振動発電素子に関する研究は既知の材料を用いて行ってきました.今後は新しい自己組織化エレクトレット材料の開発も進めたいと強く思っていますが,私は合成ができません.有機合成のご経験があり,もし本研究に興味がもてた!という方がいらっしゃいましたら是非ご連絡ください.
最後になりましたが,自由な研究ができる環境を用意してくださり,また日々のディスカッションから論文化までご尽力いただきました,千葉大学の石井久夫先生に深く感謝申し上げます.特に本研究に関しては「ケルビンプローブを使えば発電特性が測れるのでは?」という私には考えついていなかったアイデアのおかげで,何倍も効率的に研究を進めることができました.また学生の松浦寛恭君が非常に丁寧に実験を進めてくれたおかげで結果をまとめることができました.あとは本研究の内容に直接関係するというわけではないのですが,出身も現在の職場も違う,ただ同時期に博士の学生だったということで有機デバイス院生研究会でつながり,今でも苦楽を共にしている皆様にも実は感謝しています(光栄なことに,今回はその中の友人から執筆の依頼をいただきました).皆様本当にありがとうございました.
関連リンク
- 千葉大学 石井研究室
- プレスリリース:荷電処理が一切不要なエレクトレット型振動発電素子を開発~有機 EL 材料で自己組織化エレクトレットを実現~
千葉大学
JST - 日本経済新聞
- その他,電気新聞,電波新聞,com,日本の研究,スマートジャパン,OPTRONICS ONLINE,exciteニュース,fabcross for エンジニア,SENSAIT等にも掲載していただきました.
- 有機デバイス院生研究会
研究者の略歴
名前:田中 有弥(たなか ゆうや)
所属:千葉大学先進科学センター
研究テーマ:有機半導体デバイス,エネルギーハーベスティング
略歴:
2008年3月,千葉大学工学部電子機械工学科卒業.2013年3月,千葉大学大学院融合科学研究科修了.博士(工学).2010年4月~2013年3月,日本学術振興会特別研究員(DC1).2013年4月,株式会社ジャパンディスプレイ研究開発本部を経て,2016年4月より現職.2017年10月よりJSTさきがけ研究者(兼任).