前回のIR情報から読み解く大手化学メーカーの比較では、IR情報からわかる売上や収益で比較を行いました。今回は各企業の研究開発について、出願している特許からどのようなテーマを重点的に研究しているのかを大手メーカーの中で比較していきます。
企業が行っている研究開発の調べ方
多くの大学の研究室はHPを作成して、大まかな研究テーマやメンバーの経歴、発表した論文の一覧を掲載していますが、企業のHPでは大まかな部門と研究内容のみ紹介されていて情報が限られています。定期的に新技術の紹介をまとめていたり、総説を投稿している企業もありますが、論文を投稿することはかなり少なくなり投稿論文から今積極的に取り組んでいる研究について知ることは困難になっています。一方企業では特許の出願を重視していて、数多くの特許が毎年出願されています。そこで今回は、出願されている特許から企業の研究トレンドを調べてみました。
特許出願の特徴
細かな特許と投稿論文の違いは、過去の記事徹底比較 特許と論文の違い ~明細書、審査編~、徹底比較 特許と論文の違い ~その他編~を見て頂ければと思いますが、調べる上で考慮しなければならないことが下記のように挙げられます。
- 特許の出願の目的は自社の技術の保護:言い換えれば、特許が出願された内容は、その技術を含む製品が売り出される可能性があることが示唆され、主力の研究開発の内容かもしれません。
- 公開に関する審査はない:出願した特許は登録の有無に関係なく公開されます。そのため将来の展開を考えて他社に知られたくない内容は、特許で出願しません。また論文のように、結果の考察をして現象を科学的に理解する必要はないので、技術が優れているということを証明する証拠のみ載せることが一般的です。
- 公開されるのは一年半後:論文と違って出願された特許はすぐに公開されるわけではなく、原則として一年半後に公開されます。
特許には内容によって分類できるようにいくつかの分類番号が設定されるので、番号によって出願している内容の傾向を調べることができます。では実際に調べた方法ですが、特許情報プラットフォームの特許・実用新案検索にて、著者所属の項目で各会社名で検索し、2018年以降に国内で出願された特許に絞り込みました。情報プラットフォームには日本特許庁独自の分類コードFIによってランキングを表示する機能があり、これを使って含まれる割合が多いFIトップ10をまとめました。一つの特許に複数のFIが付与されるので、単純に件数の比較ではありませんがどの分野に重点的に特許を出願しているのか傾向をつかむことができます。調べた会社は前回同様、C&ENより2019年に発表された化学企業のグローバル・トップ50の中に登場する日本企業トップ5に君臨する5社です。
三菱ケミカル(総出願特許数:864)
三菱ケミカルの特許に多く含まれる内容は積層した樹脂(B32B27)についてで、具体的には特定の性能を持つ農業や食品向けの多層膜フィルムに関する発明が数多く出願されています。一般用途向け以外では電子部品に使われるフィルムの特許も数多く出願されていて、画面に使われるフィルムとして、レンズ以外の光学要素(G02B5)にも該当しています。ほかの項目としては接着剤や粘着テープといった張り付ける技術に関する発明も多く出願されています。5番目の他の一般的方法(C07B61)とは、化合物の製造方法に関する特許が該当し、メタノールといった低分子からポリカーボネート樹脂や触媒など様々な化合物の製造方法を改善するための発明が特許として出願されています。全体として、樹脂に関する技術を様々な製品に展開している印象を受けました。
住友化学(総出願特許数:1044)
レンズ以外の光学要素(G02B5)に該当する液晶・偏光板に関する特許が最も多く出願され、関連するFIである独立の光源から到達する光の強度,色,位相,偏光または方向の制御のための装置または配置(G02F1)や情報が個々の要素の選択または組合せによって支持体上に形成される可変情報用の指示装置(G09F9)も高い割合で住友化学の特許に含まれています。次に割合が高いのはフォトメカニカル法(G03F7)で、半導体の製造工程で使われるフォトレジスト材料のに関する発明が出願されています。また、有機EL素子(エレクトロルミネッセンス光源:H05B33)やリチウムイオン電池の電極(電極:H01M4)に関連する発明の割合が高く、住友化学の場合は電子材料の研究に注力しているように感じられます。
東レ(総出願特許数:1044)
東レのトップ4は、樹脂に関する特許で、該当する特許ほとんどがポリエステル樹脂・フィルムに関する技術の内容でした。ユニークな点としては、層の不均質または物理的な構造を特徴とする積層体(B32B5)が含まれることで、強化繊維・不織布・電池用セパレーターといった繊維に関する研究に注力していることがわかります。また東レエンジニアリングとして半導体製造に関係する装置の発明も出願されているようです。このように、東レでは自社の得意分野を強く保護する傾向があるように思います。
三井化学(総出願特許数:550)
三井化学のトップ10には、FIがC08:有機高分子化合物のFIが数多く含まれていて、具体的にはオレフィンについての発明が多く出願されています。4番目の無機物質の添加剤としての使用(C08K3)には様々な製品が含まれていますが、IR情報の分析で判明したように自動車部品に関する特許が多く含まれています。他社と異なる点としては、二次電池(H01M10)で電解液に関する発明が出願されています。
信越化学(総出願特許数:413)
トップ10の半分以上は、シリコーンに関するFIが占めていて、コーティング、接着剤、半導体製造などと主要な応用に関する発明をカバーしています。三番目のフォトメカニカル法(G03F7)について、信越化学ではオスミウム塩を使ったレジスト材料に特化した発明が多く出願されています。また、ウェハーの製造に関する発明も多く出願されていて東レ同様に自社の強みを固める特許戦略をとっているようです。一方で、高分子の主鎖にいおう,窒素,酸素または炭素を有しまたは有せずにけい素を含む連結基を形成する反応により得られる高分子化合物(C08G77)では生体電極に関連する発明を数多く出願しています。これは今後市場の拡大が見込まれている分野であり、先んじて特許を出願することでブームになった時に自社の技術を有利に製品化することを狙っていると考えられます。
5社の特許の出願状況を調べた結果、電子材料といった特定の製品に集中して出願しているか、特定の化合物群に対して様々な製品(応用)の特許を出願しているかの二通りの傾向がみられました。公式HPなどでコアテクノロジーだと強調している分野に対して積極的に出願している場合もああれば、意外な分野について重点的に出願している場合もあり、特許を調べることで注力している研究を知ることができると思いました。ただし企業には状況の変化にかなり敏感で、需要がない研究はすぐに打ち切ることが多いです。そのため昨今のコロナウィルスによって戦略を大きく変え上記に挙げた研究でもストップしている可能性も十分にあります。また日本の企業は日本で最初に出願することが多いですが、外資系企業の場合には海外で最初に出願することが多く、日本の特許として公開されるタイミングは遅い可能性があります。
今回は、誰もが使える情報プラットフォームで検索を行いましたが、有料の検索サービスを使えばより詳細な分析を行うことができます。またこの分析では、出願された特許の数を集計しましたが、出願後の特許の状況を考えると、登録されたか拒絶されただけではないので複雑になります。それは特許審査において審査官が拒絶した場合には、補正して再度提出することができたり、逆に日本の特許においては審査請求をしないという選択肢もとることができるからで、ある特許が何度も補正を出して登録された場合にはその特許は戦略上重要であると言えますが、出願だけして審査請求がなかった場合には必要性が低くなったと推測されます。このように個々の特許に対して経過を調べると企業の重要度を推測することができます。