誰もが一度は気になったことがあるかもしれない大手化学メーカーの違い。一般消費者向けに商品をほとんど製造していないため、ビジネスの全体像を把握することは容易ではありません。そこでIR(Investor Relations)情報である有価証券報告書を元に各社を比較してみました。
調べたきっかけ
筆者は5年以上前に就活を経験しましたが、その時は説明会に出席したりネットで情報を調べたりと内定を獲得するためにただ漠然と企業研究を行っていました。就活後、勤めている会社以外の情報はきれいさっぱり忘れましたが、自分は入る可能性があった会社のことをよく調べたのかという疑問が残り、思いつく方法で調べてみようと思いました。特に就活を意識しているわけではありませんが、企業について知るための一つの方法として読んでいただければと思います。
調べた会社と有価証券報告書について
今回は、C&ENより2019年に発表された化学企業のグローバル・トップ50の中に登場する日本企業トップ5にスポットを当てました。C&ENのランキングは2018年の化学品の売上に基づいたものですが、以下の比較では有価証券報告書の情報を使っているため化学品以外についても含まれています。
有価証券報告書については、決算短信~日本触媒と三洋化成の合併に関連して~で少し紹介しましたが、企業の決算発表の内容をまとめた書類のことで、株式を公開している会社は各事業年度終了後、3か月以内に金融庁への提出が義務付けられています。企業の説明会やホームページでは、力を入れているビジネスや手厚い福利厚生など良いところを強くアピールするため、フェアな比較をするには会社間で共通のフォーマットを使うこの有価証券報告書は有用です。ほとんどの企業の2019年度の有価証券報告書はまだ公開されていなかったので、2018年度の有価証券報告書に基づいて比較を行いました。
セグメント別売上
まず、現状の主力ビジネスを知るためにセグメント別売り上げを調べました。なお、三菱ケミカルホールディングスは、三菱ケミカルと田辺三菱製薬、生命科学インスティテュート、大陽日酸の合計の売上と利益となっています。住友化学も大日本住友製薬の売上と利益が含まれています。各社セグメントの名称は異なりますが、ケミカルズや石油化学、基盤素材がポリエチレンやポリプロピレンなどを代表とする基礎化学品のビジネスを指しています。三菱ケミカルホールディングス、住友化学、三井化学では、この基礎化学品の売上が最も大きい割合を占めていることがわかります。東レの場合、機能化成品の中に樹脂、ファインケミカル、フィルムの事業が含まれているため、基礎化学品と機能材料が一つのセグメントになっています。信越化学の塩ビ・化成品セグメントでは、塩化ビニルや苛性ソーダ、クロロホルムなどに関連するビジネスを示していて基礎化学品としての性格が強いセグメントです。
セグメント別利益
次に利益の割合を示すセグメントを見ていきます。上記に挙げた基礎化学品は、販売量は多いものの利益率が低いことが一般的です。それが、住友化学と三井化学、信越化学では表れています。東レの機能化成品には、利益が高いと言われているファインケミカルが含まれているため利益の割合は変わらないようです。三菱ケミカルにおいても炭素繊維などの高利益製品が含まれているため割合が高くなっていることが考えられます。一方で医薬品やヘルスケアのビジネスは利益率が高いことが共通して示されています。企業ごとに見れば、三菱ケミカルは、基礎化学品が利益の柱でありながら、ヘルスケアや機能材料、産業ガスなどからもバランスよく利益を生み出していることがわかります。住友化学は、医薬品と基礎化学品のウェイトが大きく、そのほかの機能材料や農業関連が残りを均等に利益を出しているようです。東レの利益の柱は、ポリエステルやナイロンの繊維であることがわかります。三井化学では自動車向けの機能性ポリマーやエラストマーを主力ビジネスとしています。信越化学では半導体に使われるシリコンウェハーが塩ビ・化成品とともに利益の中核となり、電子材料とシリコーンで次の柱として利益を出していることがわかります。
各社が力を入れてアピールしてくる製品はまだ成長途中であり、売上と利益の中核を担っているのは基礎化学品であったり、伝統的な製品であることがわかります。しかしながら、これらの製品の需要は減少が見込まれているため、高付加価値がある商品の開発に各社が力を入れています。それが表れるのが次の事項である費やした研究開発費の割合です。
セグメント別研究開発費
信越化学はセグメント別の研究開発費の割合を開示していないため4社での比較になります。三菱ケミカルと住友化学では、医薬品の研究開発費が大きなウェイトを占めています。医薬品を除くと三菱ケミカルは機能商品の開発に、住友化学は健康・農薬関連事業に研究費を多く費やしているようです。東レと三井化学では、セグメントに属さない、横断的な研究や新事業になるような研究に資金を投入していることがわかります。各社の研究開発の成果については文章でまとめられていて、三菱ケミカルでは、バイオプラスチックの開発成果が多く報告されています。住友化学は、農薬や飼料添加物に関連する研究成果や業務提携を強調しています。東レでは、新しい技術である生体吸収性ポリマーの研究成果について言及しています。三井化学は、新事業創出に向けた研究開発について強調しています。信越化学では、半導体製造プロセスで使用されるフォトレジスト材料について詳細な研究の状況が記載されています。
医薬品は別にして、売上と利益が少ないか、まだ売り上げがないところに資金が投入されていることがわかります。就活において研究開発を志望する場合には、関わりたい研究を考えるきっかけになると思います。
地域別売上
最後に地域別の売り上げを見ていきます。最も日本での売り上げが少ないのは信越化学で、半導体、電子機器を製造するメーカーが多数海外にあるため日本での売り上げが相対的に少ないと考えられます。医薬品の割合が高い三菱ケミカルと住友化学、自動車向けの割合が高い三井化学は、日本での売り上げが高いようです。東レと三井化学は、中国以外のアジア地域の売り上げが大きいことが特徴として挙げられます。また、三井化学はヨーロッパの売り上げが他社と比べて大きいようです。
多くの会社がグローバルにビジネスを展開していますが、日本での売上が依然として大きいことがわかります。昨今のコロナウィルスの感染拡大によってリセットされましたが、日本以外のアジア地域では、需要の拡大が見込まれる一方、様々なリスクも存在するため、各社バランスをとりながら各製品の需要が高いところにはビジネスの強化を行っていると考えられます。
有価証券報告書にはこれ以外にもグループ会社の構成や従業員数、平均年収、業績に影響を与える可能性があるリスクなど様々な情報が載っています。投資家としては、これらの情報を分析し会社の将来性を予測し株の売買を行いますが、就職などで会社について知りたい場合にも客観的な評価の材料となります。ただし、三菱ケミカルホールディングスのような持ち株会社の有価証券報告書には、持ち株会社のみの情報が含まれているため精査することが必要です。また、外資系企業など日本に上場していない企業は有価証券報告書を作成しないため、同様の情報は公開されていないことが多いです。
一連の比較を行ってみて、イメージと実情が異なる面が多数発見することができました。アクションにつなげるかどうかは別にして、企業のデータを比較して考察することは化学業界を理解することにつながると思います。次回は、特許出願情報を使って各社の比較を紹介します。
※ケムステは、この情報を用いて行う判断の一切について責任を負うものではありません。また、有価証券報告書で使われている用語を一般化しています。
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