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スポットライトリサーチ

ウレエートを強塩基性官能基として利用したキラルブレンステッド塩基触媒の創製

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第255回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院理学研究科 化学専攻・石川 奨さんにお願いしました。

石川さんの所属する寺田研究室では、寺田-秋山リン酸触媒に代表されるBINOL骨格を用いた有機触媒開発で世界の最先端を走る研究室。しかし今回の報告では過去の研究から構造をがらりと変え、強塩基触媒としてはたらくウレア触媒を見いだしています。J. Am. Chem. Soc.誌 原著論文に公開されています。

“Development of Chiral Ureates as Chiral Strong Brønsted Base Catalysts”
Kondoh, A.; Ishikawa, S.; Terada, M.* J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 3724. doi:10.1021/jacs.9b13922

現場で研究を指揮された近藤 梓 准教授から、石川さんについて以下の人物評を頂いています。おそらく長い検討のいる研究だったと思いますが、見事やり抜き、革新的な成果に仕上げた姿勢には敬意を表します。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

石川君は、マイペースにコツコツと物事に取り組むタイプの優秀な学生さんです。岩手県出身というのもあり、個人的には『ザ・とんぺー生』です(注:イカトンではありません)。もともと触媒反応開発の研究テーマに携わってもらっていましたが、まじめで落ち着いている反面、意外と負けず嫌いなキャラクターに目をつけ、今回の触媒開発の研究テーマを託しました。なかなか根気のいる研究でしたが、持ち前の粘り強さで、見事に新しい触媒を完成させてくれました。今回の経験をもとにこれから大きく飛躍してくれることを期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回私たちは、ウレアのN-Hの脱プロトン化により生じるウレエートを強塩基性官能基として利用した新たなキラルブレンステッド塩基触媒を開発しました。
新たな不斉触媒反応の開発は、生物活性物質や機能性材料などの様々な光学活性化合物の合成を可能とする重要な研究課題です。特に近年、環境調和型の有機分子触媒の一つとして、キラルブレンステッド塩基触媒が注目を集めており、それらを用いた不斉触媒反応の開発が盛んに行なわれています。しかしながら、従来の触媒は塩基性が低いため、反応に用いることのできる基質が酸性度の高い化合物(DMSO溶媒中のpKa の値が 18未満)に制限されています。
これに対し私たちのグループでは、従来の触媒に比べ格段に高い塩基性を有するキラルブレンステッド塩基触媒の開発に取り組んでいます。例えばこれまでに、図に示す有機超強塩基と呼ばれる分子に不斉修飾を施した触媒を開発しています。一方で、このような高い塩基性を有する触媒は非常に限られています。そこで、より多彩な不斉触媒反応の実現を目的として、新たな分子設計に基づく触媒の開発に取り組みました。
新しい触媒開発の指針は、①強塩基性、②共役酸の状態における高い基質認識能、③合成の容易さと構造の多様性、の3つです。これらを満たす新たなモチーフとして、今回私たちはウレアのN-Hの脱プロトン化により生じるウレエートに着目しました。種々検討を行った結果、新たな強塩基性キラルブレンステッド塩基触媒として、光学活性ナトリウムウレエート1を開発しました。1は、酸性度が低くこれまで反応に用いることが困難であった、α-チオアセトアミドを基質とする触媒的不斉付加反応において高い触媒機能を示しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

触媒の設計を工夫しました。触媒を設計するにあたり、触媒の側鎖に配位性の官能基を導入することで、触媒分子と基質、アルカリ金属カチオンが多点で相互作用し、反応の高度な立体制御が実現できると考えました。そこで、水素結合ドナーとしてヒドロキシ基、またはルイス塩基性部位としてアミド、といった様々な配位性の官能基を側鎖に導入した触媒を合成し、反応の検討を行ないました。しかしほとんどの場合において、反応は進行するものの不斉の発現が見られませんでした。この解決のため私は、以前私たちのグループで報告したシッフ塩基部位を持つキラルアルコキシド触媒(Chem. Commun. 2016, 52, 5726)に着目しました。そこで、このシッフ塩基部位の導入という知見を今回の触媒で応用できるのではないかと考え、実際に触媒を合成し反応の検討を行ないました。その結果、ee値は小さいながらも不斉の発現が見られ、光学活性ウレエートが不斉触媒として機能する、という重要なきっかけを得ることができました。研究開始から2年ほど経ってようやくこのきっかけを得られ、当時は非常に嬉しさとやりがいを感じました。
また後の検討で、触媒のアルカリ金属カチオンとして、ナトリウムを用いた時だけ特異的に反応がうまくいくことが明らかとなり、その点も興味深い結果として思い入れがあります。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

まずQ2でもお答えしたように、最適な触媒構造を見つけるのが何より苦労しました。今回の触媒のコンセプトは合成しやすさです。それゆえに数多くある候補の中でどの触媒構造がヒットするかはある意味で賭けであり、ひたすら構造を考えては合成し検討を行ないました。粘り強く頑張ったからこそ乗り越えられたと思っています。
また触媒の構造と同時に、光学活性ウレエートの強塩基性キラルブレンステッド塩基触媒としての機能をうまく評価できる反応を見つけるのも大変でした。こちらも気合いで思い付く限りの化合物を用いて反応を検討しました。その中で、アミドを基質に用いること、そしてヘテロ原子として硫黄を導入することが特に良いという知見が得られ、最終的に今回報告した反応に至っています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私はライフサイエンス分野に興味を持っており、将来は世の中の人々の健康と豊かな生活に貢献できるような基礎研究、有機合成に携わりたいと考えています。その中で今回の研究で経験したような、新たな知見を見つけることが目標です。そして何より、これからも楽しんで有機合成の研究に関わっていきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私は今回の研究に対し、期待に胸を膨らませていたと同時に、不安も覚えながら日々取り組んでいました。なぜなら私はこの研究以前にも他の研究を経験していたものの、不斉触媒反応の開発に取り組んだことはなく、手探りで学びながら研究を進めていたからです。それでも今回のような結果を見つけることができ、諦めず続けてきて良かった、これだから有機化学は楽しい!と感じています。
読者の皆さんの中にも、研究に取り組む中でなかなか思うような結果が得られず不安を感じている方がいるかもしれません。しかし、諦めずに研究と向き合い、考え続けることが重要だと思います。そうして議論を重ねることによって、突破口が開けるはずです。
最後に、本研究に挑戦する機会を与えてくださり、ご指導いただきました寺田先生、近藤先生、この研究の最初期の検討を行なってくださった団克矩博士、支えてくださった研究室の皆さんに深く感謝申し上げます。そしてこのような貴重な機会をくださったChem-Stationスタッフの方々にも深く感謝いたします。

研究者の略歴

名前:石川 奨 (いしかわ しょう)

所属:東北大学大学院 理学研究科 化学専攻(寺田研究室
博士課程後期3年
日本学術振興会特別研究員 DC1
研究テーマ: 強塩基性キラルブレンステッド触媒の創製と不斉触媒反応の開拓

経歴
2016年3月 東北大学理学部化学科 卒業
2018年3月 東北大学大学院理学研究科化学専攻 修士課程修了
2018年4月―現在 東北大学大学院理学研究科化学専攻 博士課程
2018年4月―現在 日本学術振興会特別研究員 DC1

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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