[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

コロナウイルスが免疫システムから逃れる方法(1)

[スポンサーリンク]

新型コロナウイルスによる感染症が、世界中で猛威を振るっています。この記事を書いている私も、大学の閉鎖や外出禁止令(カリフォルニア州)により、3月中旬からずっと実験ができず家に籠って論文執筆をしています。

今後の感染の拡大・社会への影響もとても気になりますが、理系の学生からすると、やっぱり分子レベルでのウイルスの生態も気になります。そこで今回は、コロナウイルス関連の興味深い論文を一つ紹介しようと思います。

“Coronavirus endoribonuclease targets viral polyuridine sequences to evade activating host sensors.” Hackbart, M.; Deng, X.; Baker, S. C. PNAS 2020 (DOI: 10.1073/pnas.1921485117)

著者は、シカゴにあるロヨラ大学のSusan Baker教授らの研究チームです。Baker教授は、数十年にわたってコロナウイルスの研究をされています。今回の論文では、コロナウイルスの持つRNA分解酵素(EndoU)が、宿主細胞の免疫システムから逃れるために自分のRNAの端を切り取る、という興味深い機構について発表されました。

前半と後半に分けて、コロナウイルスの基礎知識も含めてご紹介します。

1. コロナウイルスとは

ウイルスは、核酸(DNA or RNA)とタンパク質でできた構造体です。動物などの細胞に自分の遺伝子を送り込み、細胞内の生体分子を勝手に使って増殖します。ウイルスと一口に言っても種類は様々で、核酸の種類(DNA or RNA、一重鎖 or 二重鎖、直鎖 or 環状、プラス鎖 or マイナス鎖、逆転写酵素の有無など)や構造によって、細かく分類がなされています。(プラス鎖 = 翻訳されるmRNAと同じ配列;マイナス鎖 = mRNAと相補的な配列) ヒトに感染するものもあれば、細菌などの微生物に感染するもの(バクテリオファージ)などもあります。

図1. コロナウイルスの構造。

 

コロナウイルスは、逆転写酵素を持たない一重鎖プラス鎖RNAウイルスの一種(図1)で、ヒトを含む哺乳類や鳥類に感染することが知られています。コロナウイルスのうち、ヒトに感染することが知られているのは新型のSARS-CoV-2(COVID-19を引き起こすウイルス)以外に6種類あり、そのうち4種類は一般的な風邪、2種類は重症肺炎(MERS・SARS)を引き起こします。

2. コロナウイルスの感染の流れ

コロナウイルスは、100 nm程度の大きさで、表面にスパイクと呼ばれるタンパク質でできた突起を持っています。感染の流れは以下の通りです(図2)。

  • スパイクタンパクが、宿主細胞の受容体に結合。
  • 細胞内へと侵入し、RNAを放出。
  • 放出したRNAをmRNAとして翻訳し、複製に関わる酵素を合成。
  • RNAの複製。ウイルスの殻(キャプシド)やスパイクなどの構造性タンパクを合成。
  • 新たなウイルスを複製。細胞の外に出て、他の細胞への感染と複製を繰り返す。

図2. コロナウイルスの感染の流れ。

 

3. コロナウイルスのゲノム構造

コロナウイルスの特徴の一つは、ゲノムRNAが他のウイルスと比べてかなり大きいことです。例えばよく知られているインフルエンザウイルスのゲノムRNAは9 kb程度、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)は14 kb程度ですが、コロナウイルスのゲノムは30 kb程度もあります(図3)。コロナウイルスのゲノムのうち、構造性タンパク質(スパイク、エンベロープ、キャプシド)やその補助タンパク質をコードしているのはたった3分の1程度で、残り3分の2は、ウイルスの複製に関わるタンパク質がコードされています。ウイルス複製に関わるゲノム領域が大きいということは、それだけ複雑な複製機構を持っていると考えられます。

図3. コロナウイルスのゲノム配列。ウイルスの構造体を作るのに関わるのはたった3分の1で、残りはゲノムの複製に関わるタンパク質(複製酵素・転写酵素)がコードされている。(S: スパイクタンパク、E: エンベロープタンパク、M: 膜タンパク、N: キャプシドタンパク)

ロヨラ大学のSusan Baker教授らは、コロナウイルスのウイルス複製に関わる遺伝子の一つが、RNA分解酵素EndoUをコードしていることに着目しました。EndoUは、SARSCOVID-19のコロナウイルスも含め、知られている全ての種類のコロナウイルスが持っています。EndoUの一般的な機能は、RNAの塩基(A・U・G・C)のうち、U(ウラシル)の位置で加水分解することです(図4)。しかしながら、このEndoUがウイルスにとってどんな役割を果たしているかは未解明のままでした。

図4. EndoUの働き:RNAをU(ウラシル)にて切断。

次回に続く)

参考文献

  1. Masters, P. S. Adv. Virus Res. 2006, 66, 193. DOI: 10.1016/S0065-3527(06)66005-3
  2. Deng, X.; Baker, S. C. Virology 2018, 517, 157. DOI: 10.1016/j.virol.2017.12.024

関連リンク

関連書籍

[amazonjs asin=”4524268375″ locale=”JP” title=”生命科学のためのウイルス学―感染と宿主応答のしくみ,医療への応用”] [amazonjs asin=”4584126100″ locale=”JP” title=”新型コロナウイルスの真実 (ベスト新書)”]
Avatar photo

kanako

投稿者の記事一覧

アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

関連記事

  1. 周期表の形はこれでいいのか? –その 1: H と He の位置…
  2. OIST Science Challenge 2022 (オンラ…
  3. ライトケミカル工業株式会社ってどんな会社?
  4. Reaxys Prize 2011募集中!
  5. 立春の卵
  6. 第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで2 |第7回「有機合…
  7. マテリアルズ・インフォマティクスの普及に取り組む事業開発ポジショ…
  8. カルボカチオンの華麗なリレー:ブラシラン類の新たな生合成経路

注目情報

ピックアップ記事

  1. ロジャー・チェン Roger Y. Tsien
  2. 広がる産総研の連携拠点
  3. 金属材料・セラミックス材料領域におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用
  4. REACH/RoHS関連法案の最新動向【終了】
  5. 冬虫夏草由来の画期的新薬がこん平さんを救う?ーFTY720
  6. ワークアップの悪夢 反応後の後処理で困った場合の解決策
  7. エリック・フェレイラ Eric M. Ferreira
  8. セミナー/講義資料で最先端化学を学ぼう!【有機合成系・2016版】
  9. 「消えるタトゥー」でヘンなカユミ
  10. 発見が困難なガンを放射性医薬品で可視化することに成功

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年3月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の開発

第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願い…

第57回有機金属若手の会 夏の学校

案内:今年度も、有機金属若手の会夏の学校を2泊3日の合宿形式で開催します。有機金…

高用量ビタミンB12がALSに治療効果を発揮する。しかし流通問題も。

2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン…

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

有機合成化学協会誌2025年3月号:チェーンウォーキング・カルコゲン結合・有機電解反応・ロタキサン・配位重合

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年3月号がオンラインで公開されています!…

CIPイノベーション共創プログラム「未来の医療を支えるバイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第105春季年会(2025)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「未来の医療…

OIST Science Challenge 2025 に参加しました

2025年3月15日から22日にかけて沖縄科学技術大学院大学 (OIST) にて開催された Scie…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー