第246回のスポットライトリサーチは、東京農工大学大学院工学部・大多和 柚奈さんにお願いしました。
大多和さんの所属する森研究室では、有機合成上重要度の高い化学変換、すなわち触媒的C(sp3)–H 変換法の開発に取り組んでいます。今回の成果は、通常困難とされている炭素中員環の構築にフォーカスした成果です。本成果はChem. Commun.誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。
“Construction of seven- and eight-membered carbocycles by Lewis acid catalyzed C(sp3)–H bond functionalization”
Otawa, Y.; Mori, K. Chem. Commun. 2019, 55, 13856-13859. doi:10.1039/C9CC08074K
研究室を主宰されている森啓二 准教授から、人物評を下記のとおり頂いています。それでは今回も現場からのインタビューをお楽しみください。
大多和さんは私が農工大に移って研究室を立ち上げてから2年後の2017年に3期生として研究室に加わってくれた学生さんです。加入当初から勢いがありそうだと感じていたので、農工大で立ち上げたテーマを託しました。大多和さんも書いている通り、すごく頑張ってはくれたものの研究が思うように進まず、辛い日々を過ごさせてしまいました・・・。修士課程に上がってからは心機一転、これまで私が取り組んでいたヒドリド転位を介するC-H結合官能基化関連の研究に取り組んでもらいました。なかなか結果がでなかった(先がみえない・・?)研究から出口が見えやすいテーマにした途端に、期待感ある成果をだしてくれました。そこからは、当初苦しんでいた反動かもしれませんが、爆速(笑)で研究を進めてくれまして、1年足らずで論文を報告することができました。彼女でなければ、これだけの質とスピード感で論文をまとめることはできなかったと断言できます。今後は企業に進みますが、そこでも獅子奮迅の活躍をしてくれると確信しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
高希釈条件を必要としない炭素7員環、8員環化合物の構築に成功しました。
炭素7員環、8員環化合物は立体的な歪みを有するために、一般的に構築は困難です。たとえ構築できたとしても、多くの場合で基質の長時間滴下や高希釈条件などの反応条件の工夫を必要としていました。この課題の解決にあたって私が着目したのが、近年当研究室で精力的に取り組んでいるヒドリド転位を介するC(sp3)-H結合官能基化法(「分子内redox反応」)です。これまでの研究からこの反応は分子内でのみ進行し、また高濃度での反応も可能なことが分かっていました。この特徴が高希釈条件を必要としない炭素中員環合成法の開発につながると考え、研究に着手しました。その結果、原料と触媒を混合して加熱するだけの簡便な操作で、炭素7員環、8員環化合物を合成することができました。さらにこの反応は高濃度条件下(0.5 mol/L)でも実施可能でした。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
基質設計です。実はこれまでにも我々のグループでは7員環形成反応の開発に取り組んだことがありましたが、うまく行っていませんでした。下図に示した先行研究では、[1,6]-ヒドリド転位は起こるものの目的の7員環は得られず、芳香環からのFriedel-Crafts反応が進行した5員環化合物(インダン)のみが得られてきました。これは、ヒドリド転位が進行しづらい炭素誘導体を用いたせいでもあるのですが、求電子性の高い(翻ると、環化の際に求核性が低い)ベンジリデンバルビツール酸という特殊な官能基を用いたことや、立体的に混みあった第三級カチオンを経由する必要があったことも原因だと考えています。さらにこの反応では環化選択性に加えて、準化学量論量(30 mol%)の酸触媒を必要とするという問題もありました。
これらの課題を解決するために今回、求電子部位にマロン酸ジメチル、ヒドリド供与部位に酸素原子を持つ基質を用いることにしました。この場合、立体障害の少ない第二級カチオンを経由し、さらには反応する求核剤がバルビツール酸よりも立体障害が小さく求核性の高いマロン酸ジメチルになるので、円滑な7、8員環形成の進行が期待できます。また、酸素原子のローンペアからの電子の押し込みを利用できるので、より低触媒量で反応が達成できるのではないかと考えました。実際に、この基質を用いることで中員環選択的、かつ低触媒量(5 mol%)での反応を実現できました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
目的の反応の進行を確認するまでに苦労しました。研究室に配属されてから有機分子触媒の研究をしましたがほとんど結果が出ず、ヒドリド転位に関する研究を始めたのはM1の6月でした。いくつもの酸素誘導体の原料を合成して検討を行いましたが、なかなかヒドリド転位が進行しない、ないしは分解が起こるばかりでした。初めて反応の進行がTLCで確認できたときはとても嬉しかったです。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
4月から社会人になり、様々な分野を学んだ方と触れ合う機会が増えると思います。そのような環境の中で、私が学んできた有機化学に関しては自信を持って説明できるように、これからも学び続けていきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私はわからないときや不安なときはすぐに上級生や先生に聞くことで、実験スキルや化学的な知識が身につき、実験がスムーズに進んだと思います。困った時は周りの人に相談してみてください。一人で考えるよりもみんなで考えた方が良い解決策が見つかるはずです。
最後になりましたが、本研究を遂行するにあたりご指導いただきました森先生、研究室生活を支えてくださった研究室の皆様、そしてこのような機会を与えてくださったChem-Stationスタッフの方々に深く感謝申し上げます。
研究者の略歴
大多和 柚奈 (おおたわ ゆな)
所属 : 東京農工大学大学院 工学府 応用化学専攻 森研究室 博士前期課程 2年
研究テーマ : ヒドリド転位型C(sp3)-H結合官能基化を駆使する炭素中員環合成