Tshozoです。好きな陣形はムーフェンスとアマゾンストライクでした。
今回はサイエンスライター ゆきまさかずよしさん(Twitterリンク)のつぶやきにあった、マンソン住血吸虫(Schistosoma mansoni)の動きを止めることができるワムシに関する話です。論文はオープンアクセスなので誰でも見れます。
Jiarong Gao et al. “A rotifer-derived paralytic compound prevents transmission of schistosomiasis to a mammalian host.”
PLOS Biology. Published online October 17, 2019. doi: 10.1371/journal.pbio.3000485
研究室リンク:こちら
この成果は、シスコシステムズCEOを務めたJohn Morgridgeが私財から出した50億円をもとにUniversity of Wisconsin-Madisonの同窓生たちと協力して創設した非営利研究団体Morgridge Institute of Research[ウィスコンシン大学所属機関]のPhil Newmark研究室から出されたものです。わかりやすいまとめ記事(リンク)はNewmark氏がPIを兼任するHoward Hughes Medical Institute(HHMI)から出ています。
生物学分野はかなり弱いのですけれども面白そうなのでなんとか紹介してみることにいたします。お付き合いを。なお写真、動画、文章などはほぼ全て上記Howard Hughes Medical Instituteの記事と論文より引用いたしました。
論文の背景と要旨
住血吸虫と聞いて思い出すのは日本語版Wikipedia 日本住血吸虫の怒涛の記述(リンク)ですが、このタイプに留まらず吸虫類による健康被害は日本国内では粘り強い原因追求(たとえば中間宿主のミヤイリガイの特定)と強力な駆除活動(駆除剤散布と水路整備)によりほぼ撲滅したいっぽう、発展途上国、特に衛生状態の悪い地域ではこうした吸虫類による健康被害が現代でも防ぎ切れていません。その感染者は世界中で2.2億人にも及び毎年20万人以上が住血吸虫症で死亡していると言われています[文献1]。その実態は見た目にもひどいもので、”Schistosoma mansoni” “skin” とかで論文上の画像を探してみて適切な症例を貼り付けようと思いましたがやっぱやめときます。
で、この厄介な虫をどう抑えるのか。
タイプによって効く効かないが様々であるこということがまず大前提(たとえばオンコセルカ症という河川盲目症を引き起こす寄生虫に対しては大村智先生がMerckへ提供したイベルメクチンが有名)。その中で今回対象になるマンソン住血吸虫に対してはBayerが作ったプラジカンテルやPfizerのオキサムニキンといったWHOのエッセンシャルドラッグ(≒常備薬)にも登録されている昔からの良薬があるのですが、耐性化が怖いし罹ってから潜伏期間が長くなった場合は重症化してからでは予後が悪いケースもしばしば。また途上国では政情不安や経済格差などからなかなかこうした常備薬であっても早急に入手できないかもしれない(Merck社のような優れた活動がありますけれども/関連リンク・ちなみにその関係か、プラジカンテルもこのように合成法が完全に公開されていたりします)。
今回のターゲット Schistosoma mansoni の雌雄ペア(英語版Wikiより引用)
いわゆるマンソン住血吸虫
ということで、人体に入る前に感染源となりやすい水中で住血吸虫の活動を抑制できれば優れた予防法に成り得るわけです。もちろん人体内で有効な薬剤の実現も引き続き出てくればいいのですが、農薬的な使い方が出来る材料があれば感染の根っこを叩くのが公衆衛生的には一番いい。今回はその意味で人体内(正確には哺乳類体内)に入る前に効果的になりそうな物質を見つけたのが今回の最大の成果になります。
なお元記事にあるように、本論文は約40年前に当時メリーランド州のBiomedical Research Instituteに居たFred Lewisという研究者が見出した「ワムシが大量に寄生した貝(タニシのような生物)の中にいるマンソン住血吸虫の数がやたら少ない」という現象が原点になっています[文献2]。この研究は資金難で原因追求に至らなかった、言わば「忘れ去られし魔法」でした。その点に気づいてふたたび賢者(Newman教授)がその魔法を掘り起し、非常に興味深い現象を明らかにするものにバージョンアップさせるという、なんとも不思議な巡り合わせの成果であることも興味深い点であり、以下それを念頭に書いていっていきます。
蛇足ですが今回開発された化学物質は下図の第一次期成虫とも言える「セルカリア(Cercaria)」という形態に効くもので、運動しながら成虫へ成長するための寄生先を探す、寄生虫では一番やっかいな時期の動きを止めることが出来る材料になります。
論文内の図より引用
SPF(Schistosome Paralysis Factor)を放出するタイプのワムシ(B)を入れた方は
マンソン住血吸虫セルカリアがスタンするのに対し、別のワムシ(C)では全く動きが治まらない・・・の図
動きの違いを示す動画(リンク) Bのタイプのワムシを入れた方は本当にビタ一文動いてない
内容詳細
本研究は、きっかけとなった論文に従い口の形に特徴のあるワムシ(R. rotatoria 以下RRワムシとします・イメージはこちら)を探し出してそれが分泌する材料を見極めるところからがスタートになります。このRRワムシは大きさ0.3mm~1mmの動物性プランクトンの一種。いっぽうマンソン住血吸虫は今回の主な研究対象であるセルカリア(中間宿主内形態・第一次成虫と表現すればわかりやすいか)のサイズで0.1mmに満たないサイズなので、マンソン住血吸虫よりワムシの方がかなり大きいという関係性にあります。
https://www.hhmi.org/sites/default/files/rotaria_rotatoria_em_horizontal.png
R. rotatoria[リンク先より引用] なかなかいい面構えのワムシ
これが貝の体内で大量に繁殖するケースがあるとのこと
この面構えの良いワムシを捕まえて(世界中の水たまりとか池とか、種類によっては海にも普通にいるもよう)実験室内で培養し数を増やした状態で水を採取して透析(MWCO/分析方法のイメージはこちらがわかりやすい)し、分画して分子量を探ってみたところ低いところ(<650)で何かがあることが見つかります。筆者はなんかタンパク質系のものじゃないかと勝手に予想していたのですがこれまた意外な話。
で、この物質を逆相HPLCとMALDIを使って材料の分離と分子量の特定、またNMRで分子構造の正確な解析を行うのですがそれで出てきたSPF(Schistosome Paralysis Factor)の構造は下記のもの。
本論文より引用 2種類の鏡像体を含む可能性があるとのこと
・・・あんまりパッとしない平べったそうな分子構造。いや、パッとしないという表現は不適かもしれません。筆者レベルでは構造の特徴がよくわからないと言うべきです。しかしこのパッとしない分子はマンソン住血吸虫の活動抑制効果において大きな効果を示しました。まず200匹の住血吸虫が入った水にこのSPFと類似分子構造を持つ材料を濃度を変えて入れ、一定時間内に何匹動かなくなるかをカウントしたところの結果が下図。
水中内のマンソン住血吸虫動き抑制効果の比較(抜粋)
これだけだとSPFとHT-13-A-prも結構似たレベルのスタン効果を示した
これだけだと際立った効果が無くてまぁロマサガで言う”スタン”だけだな、なのですが、SPFの特徴的な効果はこの後の実験で明らかになります。
具体的には上記と同様にSFPおよび類似の分子構造の材料を比較材としてそれぞれ量を変えて水にとかし、そこにマンソン住血吸虫を定量(100匹)入れ、実験体となるマウスの尾っぽを一定時間浸して住血吸虫に「感染」させます。そしてしばらく様子を見た後、そのマウスを解剖して肝臓に住み着いた住血吸虫と卵の数をそれぞれカウントしたのですが、その結果がこちら。
上の段が成虫の数、下の段が卵の数 今回見つけたSPFは微量でも圧倒的な効果を示した
いっぽう、スタン効果があった他の2剤は量を増やしても産卵を完全に抑制するには至らなかった
上図より、SPFの効果がばつ牛んであるのは確定的に明らか。比較材も効果が無いわけではないのですが、指定量以上でもマウスの尾っぽから体内に入って産卵に至るまでは止められなかったのが明確に示されたことになります。
ということで今回のSPFにより、こうした極めて強い運動抑制能力、つまりマウス体内にそもそもでマンソン住血吸虫が入り込めないレベルまでマヒさせているということが実証できたのは非常に興味深いことと言えます。もちろん肝臓だけで他の臓器類や筋肉、血中での活動状況を詳しく調べないと本当の薬効は明らかになりませんけれど。
ともかくめでたく謎だった材料が確定され、その効果も抜群だったわけですが謎は数多く残っています。まず何故このワムシがマンソン住血吸虫をスタンさせる物質を出しているのか。偶然にしてはあまりにも効果がてきめんすぎる。
理由として考えられるのはマンソン住血吸虫の中間宿主形態であるセルカリアがワムシの天敵であってそれを防ぐための防御物質である可能性が考えられます。一方はワムシ側がセルカリア捕食のための道具物質として使っている可能性も考えられますが、上記のレベルにまで抑制していることを考えると何らかの防御物質である方の可能性が高そうです。捕食するだけならここまで抑制させる必要はないでしょうから。
また、今回見つかった材料はあくまでラボ内でその効果が実証されただけで、真水とか泥水とかの一般環境で使用できるかどうかは検証されていません。麻痺させるという作用機構はイベルメクチンと似通っており住血吸虫の何らかのイオンチャンネルに影響していることが予想されますが、もしかしたら水のpHや溶解イオン、不純物などで効かなくなってしまう可能性がある。ここら辺をクリアしないと感染抑制材としては使用出来なくなってしまいますから重要な観点だと思います(ただ泥水とかに居るワムシが不純物で効果が減るような材料を作り出すわけがないのですが)。
いっぽう、SPFそのものの全合成も課題として残っています。色々見てみると1977年にイーライリリーで発見された坑パーキンソン薬ペルゴリドと分子構造が結構似ているので戦略的にはこれをマネるのがいい気がしますがペルゴリドと違ってエーテル(-O-)構造が複数入ってるので収率の良い方法は結構難儀なイメージがあります。どなたか挑戦を!
最後にこの論文にも書いてますが、この材料は人体内でも有効なのか、安全なのかという点。もしどちらもクリア可能であるとすると極めて微量でもよく効く医薬品へとつなげられるのかもしれません。更に農薬的な駆虫薬としても今回の検証を継続していくと記載してあり、期待が持てます。本件は追跡して、継続的に関連情報を挙げていければと考えています。
おわりに
ワムシは研究対象として未だに注目されており(例:リンク)、「無生殖でムチャクチャな乾燥や放射線被害の中でも生き残る」というような生命力の強さはクマムシとも共通するところです(クマムシ博士のブログ:リンク)。あと無生殖で生き延びつつも自身の遺伝子を変異させながら長い歴史を生き延びている点は他の動物にはほとんど見受けられない生態で、今回のような化学物質に加えてそうした生命の秘密についても大い注目すべき生物ではないでしょうか。
なお個人的には、今回のような研究成果の出し方はすげぇ好きです。たとえば物理学者で言うと古澤明先生のような天才的科学者が己の才能でひた走り凄まじい成果を出されていくのも物凄く憧れるのですが、今回のような着眼点が独特で(忘れ去られたような成果を掘り起こす、という視点)一般の目に触れない路傍の石的なテーマもな本当に素晴らしいと思います。この点、考え方の多様性が科学を支えると言いますがそりゃそうですよね、どこに宝石が埋まってるかわからないからあっちこっちやり方や考え方を試して継続的に掘り返すことが深さを拡げ幅を支えるわけで、他の国がやってるからって言って後追いで掘ってもそこからはだいたいダシガラくらいしか出てきませんから。だから国家プ(略)
まぁ上記のうち後者の観点の方が、着眼点次第で何か世の中に貢献できるかもしれないという一筋の希望を与えてくれるから、ということに他ならないのかもしれません。柳の下にドジョウは二匹もいませんが、あんまり人が気に留めないような実験結果や棄てられた技術の方、または技術者たちの無念の方を向くのも非常に大事であることを認識させてもらえた、個人的にも意味のある研究成果であると感じている次第です。
それでは今回はこんなところで。
[参考文献]- “Schistosomiasis”, WHO Newsroom, Factsheet, 2019 リンク
- “Schistosoma mansoni: Effect of rotifers on cercarial output, motility and infectivity”, International Journal for Parasitology, Volume 11, Issue 4, August 1981, Pages 301-308, リンク
- “Anthelmintic drugs”, Lindy Holden-Dye§and Robert J. Walker, School of Biological Sciences,University of Southampton, 2006 リンク
- “魔法の弾丸:日本からの抗寄生虫薬”, 日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)149,214~219(2017, リンク