第251回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科・福井識人 助教にお願いしました。
福井さんの所属される忍久保研究室は、スポットライトリサーチにこれまで2度登場(第72回・第222回)しており、ユニークな含窒素π共役分子の合成と機能開拓に関する研究で、世界をリードする基礎研究成果を絶え間なく発表し続けています。今回の研究は過去のインタビューにある「ポルフィリンとは似て非なるもの」より、さらにもう一段異なる構造をもった窒素挿入型ペリレンビスイミドについてです。J. Am. Chem. Soc.誌原著論文・プレスリリースに公開されています。
“Inserting Nitrogen: An Effective Concept To Create Nonplanar and Stimuli-Responsive Perylene Bisimide Analogues”
Hayakawa, S.; Kawasaki, A.; Hong, Y.; Uraguchi, D.; Ooi, T.; Kim, D.*; Akutagawa, T.*; Fukui, N.*; Shinokubo, H. * J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 19807-19816. doi:10.1021/jacs.9b09556
研究室を主宰されている忍久保洋 教授から、福井さんについて以下のコメントを頂いています。今回の研究は福井先生ご自身アカデミックでのお仕事第一弾と言うことで、これからも驚くような化合物が飛び出してくることでしょう。ところで、Twitterに流れてきていたポルフィリンの早書き動画には、筆者も度肝を抜かれた一人です(必見)。
福井君は、大須賀先生の薫陶を受け、構造有機の真髄を学んできました。また、分子の合成に選ぶ反応には、有機合成のセンスが感じられ、これは大須賀研時代の依光先生(当時准教授)の影響もあるのだと思います。間違いなく秀才ですが、泥臭いことも厭わないところもあります。研究室では学生さん達のお兄さんのようであり、良き相談相手となっています。今後、彼がどんな分子を生み出してくるかとても楽しみです。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
ペリレンビスイミドはn型有機半導体など多方面への応用が期待される平面π共役化合物であり、最も代表的な機能性分子の1つです。今回の研究では、ペリレンビスイミドの骨格内部に窒素を挿入して非平面化した類縁体1-3を創出しました。これらの分子は窒素原子上の置換基に応じて、左右非対称折れ曲がり型と左右対称らせん型のいずれかの構造を示しました。それらの構造は柔軟であり、外部刺激に応答して変化することが分かりました。すなわち、これら窒素挿入型ペリレンビスイミドに対して交流電場を印加したり、キラルな水素結合受容体を作用させたりしたところ、その構造を制御できることが明らかになりました。このような外部刺激応答性は、内部に導入された窒素原子の固有の性質と非平面分子特有の構造的柔軟性が協調した結果だと解釈しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
工夫したのは分子設計です。今回の研究成果は「ヘテロ元素の挿入」という分子設計の有用性を示す概念実証であると捉えています。この設計は本質的に全てのπ共役分子に適用可能なので、多様な新規非平面型π共役分子の創出に繋がると考えています。
また、助教になって最初のテーマということで、この研究には深い思い入れがあります。担当してくれた早川さんは研究に対して非常に熱心で、たった3ヶ月で標的分子の合成と結晶構造解析に成功しました。彼女の不断の努力のおかげで助教として幸先のよいスタートを切ることができました。感謝してもしきれません。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
窒素元素の挿入という分子設計の有用性を示すことです。テーマの開始段階では特に具体的な着地点は定めておらず、「分子設計が新しいから機能は自ずとついてくるはず」という楽観的な見通ししか持っていませんでした。上述のように担当してくれた学生さんの努力のおかげで分子の合成はトントン拍子で進み、テーマ開始からおよそ半年後には基礎物性は概ね明らかになりました。しかし、“これぞ!”という決定打に欠ける状況がその後半年続きました。最終的には、東北大学の芥川先生と名古屋大学の同じ専攻の大井先生・浦口先生にご協力を賜ることで、窒素挿入型ペリレンビスイミドの非平面性が活かされた外部刺激応答性を明らかにすることができました。3人の先生方とそれぞれの研究室のご協力頂いた学生さんにはこの場を借りて謝辞御礼申し上げます。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
オリジナルな分子を1つでも多く世に送り出したいです。構造有機化学を生業とする科学者には、新規分子の合成と物性評価の2つの観点で広範な素養が求められます。前者が欠けると折角設計した分子が絵に描いた餅に終わり、後者が欠けると他人に価値を理解してもらえない“何かよく分からないもの”しか作り出せません。私自身としては、合成と物性評価の2つの素養を研ぎ澄まし、さらに人脈というスパイスを加えることで、「これは福井にしか作れないな」と言ってもらえる分子を産み出したいと考えています。最終的にこれが何かの役に立って、多くの人を笑顔にできれば最高です。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
忍久保研に移ってからは「分子骨格内部の変換」を分子設計指針として掲げながら新規π共役分子の創出に取り組んでいます。今回ご紹介した研究はこの第一弾になります。これ以外にも既に幾つか面白い分子ができていますので、近いうちに学会などで皆様にお見せできると思います。その際は何卒よろしくお願いします。
もしも我々の研究に興味を持ってくださる方がいらっしゃれば、是非遠慮なくご連絡ください。発表の場を提供いただけるのであれば、自腹でも馳せ参じます。
研究者の略歴
所属:名古屋大学大学院工学研究科 助教(忍久保研究室)
経歴:2013年、京都大学理学部卒業。同年、京都大学大学院理学研究科博士課程へ入学。2015年–2018年、日本学術振興会特別研究員(DC1)。2018年3月、博士(理学)取得(指導教員:大須賀篤弘教授)。2018年4月より現職。
受賞:2015年大津会議アワードフェロー。2018年井上研究奨励賞。
研究テーマ:分子骨格内部の変換を指針とする新規π共役分子の創出