本日はNMRの測定がうまくいかないときの対処法についてまとめました。(筆者はBruker userなのでJEOLのことは全く分かりません。その点はご容赦ください。)尚、NMRは大変高価な測定機器です。しかも、利用頻度が高いこともあり壊した場合はみんなが困ります。もしトラブルに見舞われたら、無理をせずに技官さんに相談しましょう。
溶液量が十分あるか?
溶媒量が少なすぎるの場合、シムコイルが過熱し、マシンの故障につながります。化合物量が少なく、厳しい測定が予想されたとしても溶媒量は一定以上を保つようにしましょう(測定前にはデカップリングコイルの部分が溶液に覆われているか確認してください)。可能であればシゲミチューブを用いたり、若しくはより優れたマグネットおよびプローブを備えたNMRマシンを使いましょう。低沸点溶媒を用いての長時間測定や温度可変測定を行う場合はキャップにパラフィルムを巻くように推奨されることもあります。
サンプルの濃度は適切か?
かなり薄いサンプルの場合、オートサンプラーなどで使われる自動のロックやシムがうまくいかないことがあるので注意が必要です。極端に濃度が薄い場合は、マニュアルロックやシムを行いましょう。(そもそも、NMRはMSなどと異なり、かなり感度の悪い測定方法であり、多量のサンプルを必要とします。サンプルが薄い場合、NS(number of scan)を128に上げたりしなくてはいけないし、その分時間もかかります。化合物の量的な供給が問題にならない場合はケチらずに十分な量を用いて測定を行いましょう。例えば、13Cでは20 mg – 30 mgもあればすぐに測定が終わります。)
一方で、サンプル濃度が高いと、粘度が高くなり、サンプルが不均一となりやすく、局部的な磁場の環境が乱れてシグナルがブロードニングすることにつながることがあります。この場合は、溶媒を変更するか、薄めるか、測定温度を上げるか(NMR技官と要相談)などの解決策が考えられます。
析出物が無いか?
析出物がある場合は、予めろ過したのちに測定します。NMR溶液が均質でない場合は、きれいなスペクトルが得られないことがあります。(前の研究機関で錯体やってたラボはしょっちゅう析出したサンプルをNMRで測っていたので、大丈夫であるのかも。。。と内心思っていますが。)
サンプルチューブは大丈夫か?
サンプルチューブに偏芯があったり、汚れている場合は局所磁場環境が不均一になるので、そのようなチューブは捨ててしまいましょう。(1H測定においては偏芯によるシグナルの不均一化をspinである程度抑制できるかもしれないですが、推奨できません。)また、偏芯の原因となるのでNMRチューブを乾燥する際は乾熱は避け、高真空で行いましょう。
ロックがかかっているか?
波波のシグナルがFT後に得られた場合はロックが原因です。特にCD3ODなどの溶媒ではAuto Lockがかかりにくい場合があります。ロックがかならない場合は、マニュアルロックを行いましょう。
シムがあっているか?
シビアな測定の場合はオートシムの後に、マニュアルで合わせることが可能です。また、化合物濃度が低すぎるとシムが甘くなりがちです。(Brukerでは分光計がAvance Neoになって、オートシムの精度がさらに上がっていますが、これまで付属していたBSMS keyboardが省略されて、スクリーン上での制御になってしまいました。そのためManual Shimをスクリーン上で調節しなくてはならなくなって面倒臭くなりました。オートシムの精度向上でその不便さは埋め合わせているのかと思いますので、オートシムで調節後、マニュアルで微調節すると楽かと思います。)
シムが合わない場合は定期的に保存しているシムファイルを読み込みなおすという方法もあります。
マッチングがされているか?
13C-NMRではかなり重要です。また、13C側のマッチングをせずにHSQCやHMBCを測定した場合、シグナル(クロスピーク)が得られないことがあります。(筆者も昔一度やった間違いです。)
測定後のサンプルが出てこない
サンプルが出てこない理由の一つとして、エアーフローが弱い、適切なサンプルホルダーを使っていない、測定途中のエラーなどの理由が考えられます。無理はせずに技官さんにコンタクトを取りましょう。(昔、サンプルが出てこなかった時はBSMS keyboardの裏側のリセットボタンで何とかした気がしますが、よく覚えていません。間違っても、鉄の棒をNMRに突っ込んで、サンプルを引き出したりなどということはしないように。)
標準サンプルで測定してみる。
何をやっても測定がうまくいかない場合は標準サンプルを用いて、NMRを測定してみましょう。もし、それでもうまくいかない場合はNMRの技官さんに相談しましょう。
適切なマシンを使っているか?
以前の記事でも紹介しましたが、13Cの長時間測定をInverse Probe(BBIやTXI)を備えたマシンで行うのはナンセンスです。シビアな13C測定ではTCIやBBOが付いたNMRマシン(できればCryo)を利用しましょう。一方で2Dの場合はBBIやTXIが有効ですので、きれいなデータを得るためにはマグネットの大きさだけでなく、適切なプローブを使うということも考慮するべきです。
また、文献値やスペクトラとの比較の場合はカップリングのシグナルパターンが異なる可能性があるので、正確を期すために同じサイズのマグネット(マシン)を使うことをお勧めします。
文献値とNMRが異なる
溶媒の種類
測定に用いている溶媒は同じであるか?もっともよくある例の一つが、溶媒の間違い。文献既知の化合物の場合、文献でのNMR溶媒を確認してからサンプルの準備を行いましょう。
pH
アミンやカルボン酸などの場合、文献値がフリーの化合物、塩であるか、塩であるならばその種類は同じであるか確認します。(アミンの場合、例えばTFA塩、FA塩、塩酸塩、トシル酸塩などカウンターアニオンによってシフト値が異なる可能性があります。もし、記述が無い場合は精製条件(RP-HPLC)や結晶化条件などを確認してみましょう。)さらに、NMRの溶液は同じpHであるかについても検討をしてみましょう。例えば、同じFA塩であっても、pHによりNMRシグナルは多少シフトすることがあります。
測定濃度
測定濃度は文献と同じであるか確認してみましょう。濃度があまりにも異なる場合は、化合物の二量体の形成などによって値が異なることがあります。(そのため、天然物の単離文献には濃度が記載されていることがよくあります。)
NMRシグナルが汚い
合成した化合物がCDCl3に不安定な場合、例えばアセタールや、二級のTMSエーテル、グリコシル供与体、シリルエノールエーテルなどは微量の酸に不安定で測定前、若しくは測定中に分解している場合がよくあります。その場合、C6D6やToluene-d8、またはDMSO-d6などで測定してみましょう。若しくは、Basic AluminaパスツールカラムであらかじめCDCl3溶媒の酸を取り除くということも可能です。また、長時間測定(13C若しくは2D)の後にもう一度、ns 2(scan number = 2)ぐらいでも十分なので1Hを再度測定するようにシークエンスを組んでおくと、NMR測定中に化合物が分解していないことが確認できるので便利です。
また、次回の記事で述べますが、二級アミドや中員環を有する化合物、軸不斉を有する化合物などはRotermerとなりやすく、NMRではある一定の比率で一つであるはずのシグナルが二つに分かれていたりという場合があります。そのような場合は、加熱実験など(VTNMR)が必要になります。
SN比が悪い
測定環境や前の測定サンプルによって、設定がおかしくなっていたり、NMRプローブが汚れていたりという場合もあります。(実際ルーティーンで6か月使ったプローブをNMRの技官さんに見せてもらったことがありますが、毎日20本ぐらいサンプルが入るだけあってかなり汚かったです。これは利用する人の民度によるかも。)おかしいと思ったら、技官さんに聞くのが一番かと思います。
1H-NMRの場合は積分比犠牲にする可能性がありますが、測定時間(aq)を短くするなどが手っ取り早い方法として考えられます。このaqをいじるという話ですが、注意が必要で一般的なプロトンの緩和時間T1は0.5 – 4.0なので、あまりに小さい値を使いすぎると積分値を犠牲にすることがあります。ご注意ください。(私は通常測定でaq 3.0、短くてaq 2.0とかですが、どちらかというとこの値をいじるより適切なマシンとプローブを使うほうが適切かと思います。)
13Cの数が足りない
まずはTBS基など同じ官能基(Me)のシグナルが複数重なっていないか、もう一度確認します。
4級炭素は緩和時間が長いために、90度パルスをかけても、十分な時間をかけないと戻りきらないので緩和時間パラメーターを長くしたのちにもう一度測定しましょう。
1H NMRがブロードニングしている場合は対応する13Cシグナルが観測されない場合があります(プロセシングのパラメーターの変更でちょこっとだけ顔を出すこともある)。まず、NMR溶媒、濃度の検討やpHの変更を行い、できるだけ1Hのシグナルをシャープにすると、13Cシグナルも観測が可能となることがあります。それでも無理な場合はHSQCやHMBCを取ることによって炭素の確認を行いましょう。
F(フッ素)が近傍に存在する場合は対応する13C-NMRシグナルがカップリングにより複数のカーボンシグナルが分裂するので、シグナルがほかのシグナルに比べて小さくなりがちです。シグナルを全て拾うためには比較的高いサンプル濃度での測定が要求される場合があります。また、筆者は利用したことがありませんが、19Fをデカップルする方法もある模様です。
B(ホウ素)に直接結合した炭素は通常の13C測定条件では観測できないことが多く、HMBCによって13Cの位置を確定するか、測定のパラメーターを変更する必要があります。(カップリング反応に利用するボロン酸などは多くの場合、sp2 carbonなのでHMBCが必要です。筆者はアルキル化合物を扱ったことが無いので、どのような挙動を示すのか分かりませんが、sp3炭素にBが結合している場合はより感度の高いHSQCで観測可能かと思われます)通常、対応する13Cシグナルが観測できなくてもSIに11B-NMRを与えておけば、13Cで一本シグナルが抜けていても大丈夫かと思われます。(観測が難しいことが一般的に知られているので、論文の主張において鍵にならない場合。筆者はBCより出した13Cケミカルシフトのデータを載せています。)
その他TIPS
NMR用の細くて長いパスツールピペットが市販されています。私は使っていませんが、モノ取りの人たちはよく使っているという印象です。サンプル回収でお困りの際は、購入を検討されてみてはいかがでしょうか?
オートサンプラーが常備されており、ルーティーン測定が数多くなされる場合は自分のサンプルと他人のサンプルが混じってしまうということが良くあります。キャップの色を変える、キャップにマジックで自分のイニシャルを書いておくなどすると、一発で分かって便利です。(また、他人が自分のサンプルを間違って持って行ってしまって捨てられる、というリスクを下げることができます。)
あとがき
今回の記事はTwitterやケムステSlackでの、有志のかたの助言などによって書かせていただくことができました。ここでお礼申し上げます。このようなトラブルシューティング記事が欲しいという場合は、私もできる限り記事を書こうと思いますので、ケムステSlackなどでご意見をお寄せください。最後になりましたが、NMRは高価な実験機器です。トラブルに見舞われた時は、まず冷静になり、解決策に自信が無い場合は必ず技官さん若しくは指導者(最悪の場合は先輩)に相談しましょう。