Tshozoです。これまでに窒素固定の記事を色々書いてきましたが、今回最新動向を踏まえまとめてみることにしました。きっかけになったのはScience誌に載ったこちらの記事[文献1]。
“Beyond fossil fuel–driven nitrogen transformations”, Science 25 May 2018: Vol. 360, Issue 6391, eaar6611
Jingguang G. Chen, Richard M. Crooks,, Lance C. Seefeldt, Kara L. Bren, R. Morris Bullock, Marcetta Y. Darensbourg, Patrick L. Holland, Brian Hoffman, Michael J. Janik, Anne K. Jones, Mercouri G. Kanatzidis9, Paul King, Kyle M. Lancaster, Sergei V. Lymar, Peter Pfromm, William F. Schneider, Richard R. Schrock 記事リンク
Bullock, Seefeldt, Holland, Schneider, そしてSchrockと超一線級の化学者が多数名前を連ねています。彼らが描く”再生エネルギー由来の分散型窒素固定”、これをほぼ同じテーマで6年位前から書いている筆者に時代が追いついたと言ってもよいかもしれません。
件の記事にからむUtah State Universityからの写真(リンクこちら) なかなかの迫力
同記事を代表する図 綺麗でわかりやすい、こういうデザインをしたいもんです
嘘です。実際は昔、アスワンハイダムでの水力発電による電解水素でアンモニア合成をしてた会社がありました(実際の会社・今も作ってる)し、再生エネルギー由来ではないですがベトナム戦争前後に米軍が僻地でのエネルギー供給・保管をどうすっか、という話でマイクロ原発による電解水素を使った合成・供給検証を試験的に実施していましたから、再生可能エネルギー由来のアンモニア合成を含むNitrogen Fixationというのは本流は結局のところ欧米にあるということでしょう。本記事はこれら含め広範に最新状況を伝えるものとなっています。若干焼き直し的な内容も含みますがご了承ください。なお本論文はヒドロキシルアミンや窒素酸化物に関しても記載がありますが、文量の都合上アンモニアに絞って話を進めます(シリルアミン経由の合成についても今回は除外しますのでご了承ください)。
【はじめに:窒素固定法 合成効率に関する概論】
ほぼ前回の再掲ですが・・・農業科学/化学の父Justus von Liebigが窒素、リン、カリウム (N,P,K) が農作物の成長の必須元素であることを科学的に見抜いて以来、窒素は人類の歴史を一番根っこで支える元素として認識されています。その世界初の大量人工合成方法は何度も採り上げている「Haber-Bosch法」。既に効率はほぼ理論効率に達していることなどは全て以前の記事に示しましたので、まずはそちらをご覧ください。
いつもの。(厳密には原料が天然ガスに切り替わったのはWWⅡ後
Haberは窒素と水素の高圧小規模反応を実現させ、
Boschは石炭からの水素発生を含めた大規模システムを実現させた)
さて、本件の主題である再生エネルギー由来のアンモニア合成効率はどう考えればよいのか。使えるのは再生エネルギーと水(とその他材料)と窒素だけでアンモニアを作るという、極めて高い難易度のことをしでかさねばならない。そのため効率は上述のアスワンハイダムでのHB法アンモニア合成と同レベルに持ってこれるかが一つの基準になります。即ち、
・「水を何らかの活性状態[通常プロトンと水素(と酸素)]に分けるエネルギーの効率」
・「その分けたものと窒素とのアンモニア合成効率」
を掛け算した効率値が水電解+HB法同等以上に持ってこれるか、またはそれよりも効率のよいプロセスを作れるか、にかかっています。その手段として熱でやるのか、プロトンと電子に変換してからやるのか、はたまた電気分解を経由した水素を作ってからアンモニアをつくるのか、それとも中間媒体や中間経路を求むのか、で必要となる技術は異なってくる。これをどういう技術戦略で解決するのかが化学者のウデの見せ所と言えるでしょう。
ということで「HB法を越えて」と題して、諸々の天然ガスに依らない合成方法の詳細を上図の①Electrocatalysis, ②Nitrogenase Enzymes, ③Heterogeneous Catalyst, ④Plasma Assist Synthesis で分類してそれぞれ紹介してみます。量が多いのでまず1回目は①②から。
【①電気化学的合成/Electrocatalysis】
これは所謂Electrochemical Synthesisで、フロー電池の要領でアンモニアを合成するイメージです。つまり水素を一旦プロトンと電子に分けて、場合によっては電圧を印加しながら窒素固定触媒の上でアンモニアへと変換する手法。最近のではユタ大学の論文が有名で[文献2]、日本では名古屋工業大学の増田秀樹先生による成果[論文未発表? リンクこちら]が代表的な成果で、ここしばらくで堰を切ったかのように同様の論文が様々な科学誌で発表されています。常温常圧でも比較的単純な構成でアンモニアを合成できる点、そして還元剤に水素ガスが使用できる点が特長になります。筆者も12年前くらいに似たような構成を考えたのですがお金がありませんでしたので実現できませんでしたいやホンマ。なんならノートもありまry
文献2から引用 負極にヒドロゲナーゼ、
正極にニトロゲナーゼをそれぞれ触媒として用い電位を印加することで
アンモニアが連続的に合成されることを示した
N,N’-dimethyl-4,4’-bipyridiniumを共通の媒体として使うのがキーポイント
弱点としてはヒドロゲナーゼとニトロゲナーゼを大量にどやって調達するのか、しかもナマモノなんでどうやって長時間反応させ得るのか、そして過電圧が結構高そうな点をどうするのか(下図)、という点です。隔膜として使っているPEMも一般にスルホン酸系のかなり極性が高い官能基を使うので両極の触媒を失活させる可能性もありますから、そこらへんをどうやって安定化させるのかが見ものでしょう。
・・・まだコンセプトが立証された初期状態でこういうケチをつけるのが非生産的なことかは理解していますが、何せ戦う相手はHB法。コスト的にはかなり安い原材料であるアンモニアが相手であるため、ある程度工業的に成立性が見通せないと実現はかなり難しいということを理解しておかなければならないからです。これは溝部先生(東大生産研教授・故人)も同じこと講演会でもお話しされていたことがある観点です。そういう点からみるとアンモニア以外にも色々な窒素化合物が自在に合成できるようなハバの広さを考えられる拡張性も必要になるのかもしれません。
筆者がこの系(電気化学的反応系)で一番気になる過電圧の増加[文献2]
基本的には直流抵抗なので大量に合成しようとすればするほど
理想値(上部赤線)からのエネルギー損失が増えることになる
ちなみにこのような電極を用いた電気化学的有機物合成は実は1999年くらいに既にBASFがこういう↓かたちで産業化したことがあり(有機溶媒中)、選択的合成法として小規模ながらあちこちで応用されています。その中でも代表的な下図に示したBASFの合成法はアノードとカソードで同時に別の反応を起こさせるという、効率もよく同時に医薬原体が採れる非常に興味深い合成方法として注目を集めたものです。
BASFによるジメトキシ化・ジメチルエステル還元両極同時反応リアクタ外観と
そのスキーム[文献3][文献4]
これまでに実用化された電気化学反応法による化学合成プラントの例一覧[文献5]
意外なところで大塚化学殿(最下行)が顔を出している
ただ似たようなプロセスを経験したことのある筆者が申し上げますがこのタイプの合成、結構難儀です(でした)。たとえば反応速度を上げようとすると多孔電極を使いたくなるのですが、この掃除が面倒(コンタミがあると効率が落ちる)。反応によっては電極上の触媒活性が極端に落ちたりしますし、対極構造を工夫しないと表面電位が変わって有効面積が少なくなる。また洗浄してもコンタミが除去できずにその度に○○液を大量に注液してとか、それでも結局取れずに電極ごと高熱炉で処理したこともありますし、電極自体が消耗したとか副反応が出たとか枚挙に暇がありませんでした。
加えて中央に置く隔膜は反応物が透過したり副反応を起こしたり電解液で分解したりしないように素材に相当注意を払わねばならん。あと汚れても困る。更に測定・制御のための参照電極は素材はもちろん構造も工夫しないと長時間もたない。あと作用極の電位を上げ過ぎると水電解が発生し(水系反応の場合)、大電流を流すとそれが顕著になる、など・・・実際にやってみると思ったよりめんどうなことがワラワラ発覚しました。特にスラリー形式の場合この厄介度が更に増しました。
となるとこういう面倒なプロセスを組むより、たとえばエネルギー源である還元剤を別の系で独立に効率よく合成し、それを個別のプロセスで分離して戻し再度還元を繰り返す方が(たとえ各工程がバッチ化したとしても)全効率やオペレーション、コスト成立性はうまくいく気がするのですがどうでしょうか。電解合成とよくプロセスが似ているフロー電池が小型化してなかったり普及していなかったりな状況をみると、電気化学的合成というのは生成物がその合成方法でなければ成立しない場合、または特殊な事情(設備投資との兼ね合いや極少量多品種を実現する場合)などでない限り、コスト、オペレーション、メンテナンスの面からあまりよろしくねぇのではという実感を書き添えさせていただきます。反応物が電解質に十分に溶け込んでいるような場合だと比較的楽なのかもしれませんが。
ということで上記の懸念はあくまでヘボい成果に終わった筆者の感想レベルに過ぎないことをご注意ください。
【②金属錯体を用いた触媒的合成/Nitrogenase Enzymes】
今まで筆者がメインで書いていたのがこの分野。冒頭の記事の主筆であるSchrockがプロトンと電子(≒還元剤)を分ける聊かテクニック的な切り口によってアンモニア触媒的合成方法に道を拓いたのが2003年。[文献1]の筆をとったメンバの主要活躍エリアでもあります。
常温常圧でしかも触媒的に窒素を固定できる点と多様な分子構成を工夫できる点に注目が集まり、この発明から17年経って徐々にその裾野は広がってきているように思います(詳細はこちら、こちらなどの記事をご覧ください)。実際プレーヤーは以前よりさらに増えており、【以下敬称略】西林仁昭(東大), 桑田繁樹(東工大), 川口博之(東工大), 増田秀樹(名工大), 大木靖弘(名大), 清野秀岳(秋田大), 侯召民(理研)、Paul Chirik(Princeton), Patrick Holland(Yale), Richard Schrock(MIT), Jonas Peters(Caltech), Michael Fryzuk (UBC), David Tyler(OSU)、Kastern Meyer(Erlangen), Sven Schneider(Goettingen Univ.)、Andy Ashley(Imperial Colledge London)、Felix Tuzcek(Kiel Univ.), 無機分野での精鋭たちが様々な中心金属を活かして常温常圧での窒素固定性能向上を目指しています。最新ですとまだ触媒的ではないですが先日ScienceにBraunschweig教授の「配位窒素架橋型窒素固定反応」(Science誌・こちら)という、筆者がほんの少し予想していた(リンク)驚愕の形態の反応も実証されるなど、その研究は活発になっています。
以前の記事から再掲
今のところ触媒的反応TON(≒Turnover Number・触媒あたり又は金属原子あたりで触媒反応を回す回数のこと)の観点からトップをはしるのは西林教授で、前回紹介した記事に背景も含めて詳細を記述しておりますので今回は割愛。加えてあるカンファレンスでのAbst集を見たところ触媒あたりのTONがついに15000を超えたとの成果が発表されており、詳報が待たれます。もちろん大木准教授、Peters教授、Schrock教授らもそれぞれに興味深い触媒構成を発見し、Nature Comm. やChem.Comm., ACIE、JACSへの投稿を続けられています。こうした競争と攻めの姿勢があってこそ、その分野が発展するわけで部外者ながら嬉しいことに尽きます。
なお課題としては以前から申し上げているとおりなのですが、一番主なものが全体効率が水電解&HB法に対し優位性が低い。ある工夫をすれば現状よりさらに4割程度効率向上が見込めそうですがそれにはまだ一ひねりアイデアが必要な模様。ハードルが高いですがきっと大きな意義のある研究開発になることでしょう。
そもそもHB法と同じように水素ガスをそのまま使えれば一番都合がいいのですが、有機金属錯体に対して水素をガスのまま反応系に放り込むと概ねすぐに中心金属と反応して水素化物を作ってしまって触媒性能を示さなくなる傾向があるため、こりゃいかん。水素単体はそのぐらい金属に対する反応性が高いんでさてどうすっか、という問題があります。ここをもしダイレクトに反応させられると、これは別の意味で大きな意義のある成果になるとも思われます。これには分野を越えた知見が必要になりそうな気がしています。
また熱力学的にはこの有機金属錯体を用いた反応と①に挙げた電気化学的反応同じ原理です。①は電気化学的な還元手法として電位を帯びた電極を用いますが、この②のニトロゲナーゼモデル北売を用いた合成方法については、有機金属錯体を触媒としてある一定の電位で還元したのに相当する還元材を反応系に用いるかの違いです。ただ上記で書いたように電気化学的反応は電極構成を相当に工夫しないといけないうえ、過電圧が問題になるケースが多い。どっちがいいかは現状結論が出ないのですが、基本は「お釜で炊き上げたら出来上がる」ワンポット形式であるこの②の方が楽で安くなる気がしています。
ということで今回はいったんここまで・・・
【筆者注記】 2020 3/5 文章の一部を訂正致しました
[参考文献]
- “Beyond fossil fuel–driven nitrogen transformations”, Science 25 May 2018: Vol. 360, Issue 6391, リンク
- “Bioelectrochemical Haber–Bosch Process: An Ammonia‐Producing H2/N2 Fuel Cell “, Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 2680 –2683 リンク
- “Encyclopedia of Electrochemistry”, Vol. 5 Electrochemical Engineering. Edited by Digby D. Macdonald and Patrik Schmuki, Springer, リンク
- “Flow Electrolysis Cells for the Synthetic Organic Chemistry Laboratory”, Chem. Rev. 2018, 118, 4573−4591 リンク
- “Electrochemical Manufacturing in the Chemical Industry”, Gerardine G. Botte, The Electrochemical Society Interface Fall 2014, リンク
- “Overviews of Preparation and Reactivity of Transition-Metal-Dinitrogen Complexes”, Y. Tanabe and Y. Nishibayashi, Wiley-VCH, リンク