[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

炭素置換Alアニオンの合成と性質の解明

[スポンサーリンク]

第249回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科(山下研究室)・車田 怜史 さんにお願いしました。

車田さんの所属する山下研ではホウ素・アルミニウムといった13族典型元素を用いる構造有機化学研究に邁進され、以前にもスポットライトリサーチにご登場頂いています(参考:13族元素含有ベンゼンの合成と性質の解明)。毎回驚くような化合物を合成・構造決定されて感銘を受けるのですが、今回もその例に漏れず驚きの内容で、普通はルイス酸として働くアルミニウムをアニオンに変えてしまったという報告になります。Nature Chemistry誌 原著論文掲載の栄誉に見事輝き、プレスリリースとしても公開されています。

“An alkyl-substituted aluminium anion with strong basicity and nucleophilicity”
Kurumada, S.; Takamori, S.; Yamashita, M. Nat. Chem. 2020, 12, 36–39. doi:10.1038/s41557-019-0365-z

研究室を主宰されている山下誠 教授から、車田さんについて以下の人物評を頂いています。非常にナイスキャラクターのようで、いつか筆者(副代表)もお会いしてみたいと思えますね(笑)。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

  車田君は一言で言えばお調子者です。有機金属若手の会の研究室紹介で山下のマネをしている車田君を見かけた人もいると思います[ある方面から動画が回ってきました(笑)]。とはいえ、意外と丁寧な実験をして着実に研究を進めるという一面もあります。そんな車田君ではありますが、研究室に配属されてきた時には、決して優秀な学生ではありませんでした。日々の研究室生活において指導されたことを少しずつこなしていくうちに、徐々にではありますがレベルの高い研究者へ成長して行っています。ケムステを見ているみなさんもどこかで車田君を見かけたら、イジると共に化学の議論を吹っかけて、共に成長して行ってください。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回の報告では炭素が置換したAlアニオン1の単離に成功し、この化合物が求核性と非常に高いブレンステッド塩基性を持つことを明らかにしました(図1)。
Alアニオンは電気的に陽性なAl原子が負電荷をもつ高反応性の化学種であり、これまでに3例のみが報告されていましたが、いずれも電気的に陰性な窒素原子が置換、またはルイス塩基がAlに配位することで電子的に安定化を受けていました。1はこの安定化が全くないために既報のAlアニオンよりも高反応性であり、本報告はAlアニオンの真の性質を明らかにできたことになります。実際に1はベンゼンを室温下2.5時間という穏やかな条件で活性化することができます。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

工夫したところは反応条件です。1のような低酸化数の化学種の合成には還元反応が必要となりますが、Al化合物の持つルイス酸性のために極性溶媒の使用には制限がありました。合成ステップ最後の1を発生させるところでは、トルエン中では反応が進行しない一方で、THF中ではAlアニオンが生成した後に分解しているのではないかという結果が得られていました。これを元に最適化をし、トルエン/THF(100/1)混合溶媒条件を見つけ出すことができました。
思い入れがあるのは1結晶構造解析です。赤い結晶が得られたので、もしかしたらと思っていたのですが、構造が現れたときは思わず雄叫びを上げてしまいました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

データ集めです。1の生成を確認できてすぐの頃は、実験の再現性が低くデータ集めに必要なサンプル量の確保が難しい状態でした。また、中間体の合成に重要なLiディスパージョンがメーカー生産中止になってしまい、1が全く作れなくなった時期もありました。しかし、再度反応条件の検討をしたり、Liディスパージョンを自分達で作ったり、可能なものは別途合成したりとあの手この手を使ってサンプルをかき集めて乗り越えました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

将来は化学を娯楽としていきたいです。化学の力で何かを成し遂げる等といった大層なことは畏れ多いので言えないです。自分が楽しんでいる中で何か発見をすることができたら最高だな、といったくらいの楽観的な思いです。このように考えるようになったのは、山下先生が「化学は趣味」と断言していることの影響かもしれません。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

初めに、記事を読んで下さった事に感謝致します。
私が研究活動で大切であると感じていることはコミュニケーションです。私は研究に行き詰まったとき、とにかくその旨を人に話します。先生、先輩方に相談という形で教えを乞う時もありますが、後輩や他研究室の友達に話すと思わぬ解決策が浮かんでくる時もあります。自分の研究には、どうしても凝り固まった考え方をしてしまうので、そういった方からの純粋な疑問に気づかされるのです。
少しでも参考になればということで、試しに自分の研究のことをたくさん話してみるのは如何でしょうか?何か新しいアイデアが見つかるかもしれませんよ。

研究者の略歴

[左:部下(D3, 彼女募集中), 右:車田]

名前:車田 怜史
所属:名古屋大学大学院・工学研究科・有機元素化学研究室(山下研究室
研究テーマ:炭素置換Alアニオンの性質の解明と応用

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. ケムステタイムトラベル2011~忘れてはならない事~
  2. 有機反応を俯瞰する ーエノラートの発生と反応
  3. 【速報】2015年ノーベル生理学・医学賞ー医薬品につながる天然物…
  4. 化学者のためのエレクトロニクス入門① ~電子回路の歴史編~
  5. 米国へ講演旅行へ行ってきました:Part III
  6. MEDCHEM NEWS 30-3号「メドケムシンポ優秀賞」
  7. プロジェクトディレクトリについて
  8. アルキンメタセシスで誕生!HPB to γ-グラフィン!

注目情報

ピックアップ記事

  1. マテリアルズ・インフォマティクスの推進成功事例セミナー
  2. 有機光触媒を用いたポリマー合成
  3. 中西香爾 Koji Nakanishi
  4. スケールアップのポイント・考え方とトラブル回避【終了】
  5. アルケンでCatellani反応: 長年解決されなかった副反応を制御した
  6. シュプリンガー・ネイチャーより 化学会・薬学会年会が中止になりガッカリのケムステ読者の皆様へ
  7. 工程フローからみた「どんな会社が?」~OLED関連
  8. ティム・ジャミソン Timothy F. Jamison
  9. 電流励起による“選択的”三重項励起状態の生成!
  10. 【追悼企画】水銀そして甘み、ガンへー合成化学、創薬化学への展開ー

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年2月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
242526272829  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP