第244回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院総合化学院・林 裕貴さんにお願いしました。
林さんの所属されている鈴木研究室では、刺激応答性を備える分子スイッチの開発を一つの柱としています。今回の成果はその新たなファミリーに属する分子の開発であり、光と熱で酸化特性の制御を達成したことが特徴です。J. Am. Chem. Soc.誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。
“Photo- and Thermal Interconversion of Multiconfigurational Strained Hydrocarbons Exhibiting Completely Switchable Oxidation to Stable Dicationic Dyes”
Ishigaki, Y.*; Hayashi, Y.; Suzuki, T.* J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 18293-18300. doi:10.1021/jacs.9b06926
現場で研究を指導されている石垣侑祐 助教から、林さんについて以下のコメントを頂いています。今後は博士課程に進学されるということで、これからもますますの成長が期待されます。それではインタビューをお楽しみください!
林君は,無駄のない実験計画を立案し遂行できる優秀な学生です。その一例として,当研究室に配属されてから最初のテーマをわずか半年でフルペーパーにまとめ上げ,表紙にも選定されました。研究面以外でも計画性は抜群に高く,一秒,一円たりとも無駄にしないよう中長期的な視点で物事を考えているように見て取れます。また,フットワークが非常に軽く,新しいことを見つける嗅覚にも驚かされるばかりです。今回の研究でも,異性体比が光によって変化しているのではないかと考え,TLCチェック用のUVランプ(365 nm)を照射してみたところから始まりました。後でわかったことなのですが,この365 nmというのが異性化を定量的に進行させる絶妙な波長であり,研究に必要な”運”も兼ね備えているようです。博士後期課程での三年間でどのような研究をしてくれるのか,今から楽しみです。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
光/熱で酸化特性の完全スイッチングが可能な分子の創出に成功しました。この分子スイッチは、光/熱による分子の異性化を利用しており、酸化特性を、光照射によって”オン”、加熱によって”オフ”にすることができます。
本研究で開発した分子は、かさ高い置換基を複数有することで折れ曲がり構造をとっており、歪んだ七員環構造により、上下の骨格が外側を向いたアンチ,アンチ(AA)型と一方の骨格が内側を向いたシン,アンチ(SA)型の両方が安定に存在するようにデザインされています。両者は安定な異性体としてそれぞれ合成され、光(波長365 nm)によってAA体からSA体へ、熱によってSA体からAA体へと、完全に相互変換可能なことを見出しました。詳細な調査の結果、AA体よりもSA体の方が酸化されやすいことが明らかとなりました。これにより、光照射によって得られるSA体のみを酸化してジカチオン型色素へと導くことが可能となり、前例のない高度な制御性を実現しました。さらに、AA体とSA体が混合物として存在した場合でも、SA体のみをジカチオン型色素へと酸化し、AA体を定量的に回収することが可能です。
今回設計した分子は、分子式C44H28で表されるように極めてシンプルな炭化水素であり、ヘテロ原子を含む官能基を導入することによって、酸化還元電位や色調を自在に調節できると考えられます。また、中央の七員環上にもう一つベンゼン環を縮環させることで、異性体間の電位差を拡大することにも成功しています。光により酸化特性”オン”へ、そして熱により酸化特性”オフ”へ可逆的にスイッチ可能な、新規材料への応用が期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究では、光/熱異性化の定量的性を実験で示すことが非常に重要でした。このような実験を行うことは、当研究室では初めてであったこともあり、自分なりに様々な工夫を凝らしました。例えば、熱異性化の反応速度定数や活性化障壁を求めるためには、200 °Cを越える高温下で、かつ正確な温度調整が必要でした。そこで、加熱装置としてオイル式の融点測定装置を用い、さらに、小さな反応容器としてNMRチューブを用いました。研究室のメンバーからは、『なんか変なことやってるね。』と驚かれたのをよく覚えています。この実験を試した結果、一次反応に特徴的な原料の減少と、それに伴う生成物の増加を確認することができ、確かな手ごたえを感じることができました。光異性化の調査に関しても、いろいろと工夫しながら実験を行いました。このように、自分で考えながら新しい実験を試行していたので、本研究は非常に思い入れ深いものとなりました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究では、光/熱異性化や、中性体と酸化種との酸化還元相互変換の定量性を実験で示すために、これらの反応の収率が非常に大切です。したがって、実験を行うたびに、化合物をロスしないようにとても緊張しました。特に、二種類の異性体AA体とSA体の混合状態における、SA体のみの選択的酸化を示す実験では、SA体の酸化によって生成する酸化種の定量的な回収と、酸化されなかったAA体の定量的な回収を同時に行わなければならなかったので、これらの分離には苦労しました。試行錯誤した結果、溶媒の比率を調整することで、化合物の溶解性の違いを利用した分離に成功しました。
また、AA体は加熱によってグラムスケールで容易に得られますが、SA体を得るためには、長時間の光照射が必要です。そのため、SA体は数十ミリグラムスケールでしか得られず、必然的に、SA体を用いる実験はかなり小スケールなものとなりました。小さなミスが実験結果や収率に大きく影響する可能性から、苦労もありましたが、結果的に実験技術の向上につながったと実感しています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は、常にいろいろなことに挑戦し続け、そして何事も即行動に移すことが大切であると思っています。本研究を進める上でも、捨てようと机の上に放置していた極少量のサンプルを、念のために再度1H NMR測定した結果、異性体の比率が変化していることがわかり、これをきっかけに研究が飛躍的に進展しました。このように、少しでも気になれば面倒くさがらずにまずはやってみる、ということが時に新しいものを生み出すきっかけになり得るということを実感しました。今後も活発に行動し続け、科学の発展に貢献していきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私は、研究室に所属してから多くの経験をさせていただきました。フランスでの研究留学や、海外の国際学会での発表、そして、所属研究室の鈴木先生が主催された国際学会(ISNA-18)の運営にも関わらせていただきました。もともと英語が苦手であり、将来の研究活動への心配もありましたが、このような機会をたくさん与えて下さり、挑戦することの大切さを学ぶことができました。また、研究活動だけでなく、博士課程教育リーディングプログラム(北海道大学物質科学フロンティアを開拓するAmbitiousリーダー育成プログラム)にも所属し、非常に手厚いご支援のもと、このプログラムでしか得られない多くの貴重な経験をさせていただきました。これらすべてが、本研究の成果に繋がったと思います。
最後になりましたが、このような成果を出すまで導いてくださった鈴木先生、日々研究のご指導をしてくださった石垣先生、そして、いつも鋭いアドバイスやご指摘をしていただいた研究室のメンバーみなさまに深く感謝いたします。また今回の研究紹介の機会をいただいたケムステスタッフの方々にこの場を借りてお礼申し上げます。
研究者の略歴
林 裕貴(はやし ゆうき)
研究テーマ:新規応答性分子の開発
所属:北海道大学大学院総合化学院 有機化学第一研究室(鈴木孝紀 研究室) 修士課程2年(博士後期課程進学予定)
略歴:2018年3月 北海道大学理学部化学科 卒業
2018年4月 北海道大学大学院総合化学院 博士前期課程進学
2018年9月 博士課程教育リーディングプログラム(北海道大学物質科学フロンティアを開拓するAmbitiousリーダー育成プログラム)
2018年10月~11月 リヨン第一大学ICBMS(フランス)短期留学 (Maurice Médebielle教授)
2020年4月~ 博士後期課程進学予定