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スポットライトリサーチ

生体分子機械の集団運動の制御に成功:環境適応能や自己修復機能の発見

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第242回のスポットライトリサーチは、井上 大介 博士にお願いしました。

井上さんは博士課程で在籍しておられた北海道大学理学研究院にて、本論文研究に取り組まれました。その後は興味深いキャリアを歩まれ、現在は九州大学大学院芸術工学院でPIとして勤務されています。経歴をご覧いただければ一目瞭然ですが、バイオアートなどもご専門であり、極めてユニークな視点から化学を眺めることが可能な方だと見受けられます。今回の成果は分子ロボットの制御に関するものであり、ACS Nano誌原著論文とプレスリリースにて公表されています。

“Adaptation of Patterns of Motile Filaments under Dynamic Boundary Conditions”
Inoue, D.; Gutmann, G.; Nitta, T.; Kabir, A. M. R.; Konagaya, A.; Tokuraku, K.; Sada, K.; Hess, H.; Kakugo, A. ACS Nano 2019, 13, 12452-12460.
doi:10.1021/acsnano.9b01450

井上さんを指導された角五 彰 准教授から、人物評を下記のとおり頂いています。相当に独自性の高い領域を見据えておられるようで、画期的な取り組みが今後とも期待される方かと思われます。

井上君ですが、彼は、何があっても目標を見失わない非常にタフな精神力の持ち主です。失敗してもすぐに立ち直れるだけでなく、失敗から学びの重要性もよく理解しています。また、どんな分野のサブジェクトにも興味をもっており、どん欲に学ぼうという姿勢も高く評価できます。このようなタフさとどん欲さが彼の今の成果に繋がっているのだと思われます。彼には、芸術的なセンスもあり、サイエンティフィックアートから漫画・イラストレーションまで幅広く描ける画才も有しており、サイエンス分野だけでなく芸術分野での活躍も大いに期待できます。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

分子機械は,化学エネルギーで駆動する超小型の機械です。優れたエネルギー変換効率と高い比出力特性を有しているため,分子群ロボットや超小型デバイスの動力源として期待されています。現在、実用化に向け、分子機械の操作技術の確立が求められています。今回、我々は生体工学により分子機械を作り(図1)、自走する約1億個の分子機械に伸張や圧縮などの単純な物理刺激を加えることで、分子機械の集団運動パターンを制御することに成功しました (図2a-d)。この微小管の集団運動パターンは,新たな物理刺激を与えることにより変調することも可能で,微小管の配列に欠陥が生じても自己修復されることも分かりました。(図2e,f)。本成果は,省エネルギーな超小型デバイスの実現を前進させるだけでなく,我々が開発してきた分子群ロボット制御への応用も期待されます。

図1: (a) 本研究で用いた分子機械は,生体工学により作られたタンパク質「キネシン」と「微小管」から構成されている。伸縮可能なソフト基板表面にキネシンを固定し,化学エネルギー(ATP)存在下で微小管を基板上で自走させている。(b) 基板を伸縮させることで,基板表面で自走する約1億個の微小管に伸縮刺激を与え、その運動を制御した。

図2: 様々な伸縮刺激により微小管の集団運動を制御可能。その運動モードに基づき、大規模な幾何学的パターンが創発する。(a) 伸縮刺激を印可する前のウェーブ状パターン。(b-d) 伸縮刺激印可後の微小管パターン形成。(b)伸縮軸に対して垂直方向に配列して動く微小管(一回伸縮, 伸び率:75%,伸縮速度1.2%/s)。(c)対角線上に並んで動く微小管(繰り返し伸縮, 伸び率:20%,伸縮周波数0.5Hz)。黒い両矢印は伸縮軸を示す。スケールバー:50 μm。(d) ソフト基板の中心を突き上げることで、等方的な伸縮刺激を微小管に印可し得られた微小管の同心円状配列。スケールバー:1 mm。(e) 新たな刺激を与えたことによる微小管の運動モードの変調。繰り返し伸縮刺激により,対角線上に並んで動く微小管に対し,より大きな伸縮刺激を与えた。刺激後,微小管は伸縮軸に対して垂直方向に並んで動く。スケールバー:50μm。(f)同心円状配列内に生じた欠陥の自己修復。同心円に並ぶ微小管の一部を削り,破損させた(黒破線の右側)。破損部位は,欠陥部位の周囲の微小管によって時間と共に自己修復された(青破線は修復部位の前線)。スケールバー:250μm。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

蛍光顕微鏡によるイメージングにはかなりこだわりました。本研究の分子機械は、幾何学的で美しいパターンを形成します。人を魅せる画像を取得するため(実験の再現性確認も兼ねて)、同じ実験を1カ月間ひたすら繰り返しました。また、微小管に伸縮刺激を与えるために用いた伸展装置の設計上、顕微鏡に搭載されている自動焦点維持機能が使えなかったため、動画取得の際は4時間以上もの間、顕微鏡の焦点調節ハンドルから手を放さず、手動で焦点を維持し続けました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

過去に分子機械に伸縮刺激を与え、顕微鏡上で観察する系自体が全くなかったため、装置を一から設計し、試験と改良を何度も繰り返し、ようやく実用できるレベルのものを完成させました。
また、研究を始めた当時、キネシンにより微小管の集団運動を得る方法が分かっていなかったため、様々な条件検討を行い、世界で初めて実現しました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私自身は、化学専門ではありませんが、生物学、物理学、デザイン学など化学とは異なる視点からアイディアを提案し、化学分野の新境地を開拓していきたいと思います。逆に、化学から得られたミクロな世界のアイディアを異なる学問分野、特にマクロなスケールのデザインに応用していきたいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私はこれまで、生物学、化学、物理学、水産学と様々な分野の研究に関わってきました。逆に言うと、正直どの分野の専門でもありません。今度は新たにデザイン学の分野に踏み込もうとしています。私がこれまで研究してきた、分子機械の自己組織化から得た知見を基にして、人間社会にも応用可能な新たなデザインを提案したいと思います。前人未踏、うまく行くかどうか、そもそも何ができるのかも分かりませんが、荒野を開拓する気持ちで頑張りたいと思っています。私と同世代の若い研究者の方も、ぜひ、これまでの固定概念や学問分野の壁にとらわれず、自由に各々の世界を作り上げていきましょう!

研究者の略歴

名前:井上 大介 (Inoue, Daisuke)
所属: 九州大学 大学院芸術工学研究院 デザイン人間科学部門 Cytoskeletal Architecture & Bio Assembly Lab
専門分野:生物物理学、マイクロ・ナノテクノロジー、バイオアート
現在のテーマ:マイクロスコピックな生物的自己構築のマクロなデザインへの応用

2015年 北海道大学大学院総合化学院 卒業 博士(理学)
2015年-2016年 北海道大学大学院理学研究院 日本学術振興会特別研究員PD
2015年-2016年 フランス原子力代替エネルギー庁 博士研究員
2016年-2016年 パリディドロ大学(パリ第7大学)・サンルイ病院 博士研究員
2016年-2018年 フランス原子力代替エネルギー庁 博士研究員
2018年-2019年 アリゾナ州立大学バイオデザイン研究所 博士研究員
2019年-現在 九州大学大学院芸術工学研究院デザイン人間科学部門 卓越研究員 助教

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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