[スポンサーリンク]

ケムステしごと

【日産化学】画期的な生物活性を有する新規除草剤の開発  ~ジオキサジン環に苦しみ、笑った日々~

[スポンサーリンク]

 

日産化学は、コア技術である「精密有機合成」や「生物評価」を活かして自社独自開発の農薬を数多く有している。

中でもメタゾスルフロン(愛称:アルテア®)は、日産化学が開発した“新世代”のスルホニルウレア(SU)系除草剤だ。これまでの除草剤にはないその優れた効果から、国内外で広く使用されている。

アルテア含有の除草剤

 

一般に同じ除草剤を繰り返し使用すると、除草剤に耐性を持った枯れにくい雑草(抵抗性雑草)が顕在化する。日本国内でも2000年代に入るとSU抵抗性雑草が全国的に報告されるようになり、抵抗性雑草に打ち勝つ新たな除草剤(メタゾスルフロン)の開発がスタートした。

培った知見をフルに動員、新たな化合物の創出に挑む

新剤の創製に向けて、すでに自社で製品化していたSU系除草剤2剤(ピラゾスルフロンエチル、ハロスルフロンメチル)(Fig.1)の創製研究時に構築したSU化合物ライブラリの再評価に着手。先行2剤は抵抗性雑草に対する効果低下が比較的少ないことが知られていた。そのため、このライブラリの中に抵抗性雑草に対して実は高活性な化合物が眠っているのでは、と開発担当者は考えたのだ。すると、予想通り先行2剤に近い構造の化合物A(Fig.2)が抵抗性雑草にも高い効果を有することが分かった。

Fig.1 ピラゾスルフロンエチルとハロスルフロンメチル

 

Fig.2 リード化合物A

 

しかしこの化合物Aは、作物である水稲にも影響を及ぼしてしまう。そのため、抵抗性雑草にも効果が高く、かつ水稲に影響のない化合物の創出を目指し、化合物Aをリード化合物として、合成展開を進めることとした。

これまでの創製研究で培った合成法や構造活性相関などの知見もフル活用して多数の化合物を探索したところ、ピラゾール環上4位にジオキサジン環を有する化合物に高い除草活性があることがわかった。さらに詳細な構造最適化により、ピラゾール環上1位にメチル基、3位にクロロ基、4位にジオキサジン環を有し、さらにジオキサジン環上5位にメチル基を導入した化合物が除草効果、水稲への安全性いずれにおいても最良の結果を得た。これがメタゾスルフロン(Fig.3)である。

Fig.3 新規化合物「メタゾスルフロン」

環上に置換基を有するジオキサジン環をいかにして構築するか

メタゾスルフロンは特徴的な化学構造としてジオキサジン環を有しているが、実は合成過程において、このジオキサジン環の構築に技術的なハードルがあった。

ジオキサジン環の構築法として、塩基を用いたN-(2-ハロエトキシ)アミド化合物の分子内環化反応(Fig.4)などが知られているが、この方法ではジオキサジン環上に置換基を有する化合物の合成が極めて困難であった。

Fig.4 塩基を用いたN-(2-ハロエトキシ)アミド化合物の分子内環化反応

 

当時、ジオキサジン環上に置換基を有するジオキサジン化合物を選択的に合成できる例はごく数報に限られていた。また、社内にも活用できる合成情報がほとんどなく、新たな合成法の開発が必須であった。そこで、開発担当者はジオキサジン環だけでなく、様々なヘテロ環合成に関する文献を徹底的に調査。その中からハロゲンを活用したヘテロ環構築反応に注目、地道に合成検討を行った結果、ジオキサジン環上5位置換体の合成法としてヨウ素を用いた環化反応を見出した。本反応を利用することで収率よくヨードメチルジオキサジン化合物を得ることができ、続けて、水素化ホウ素ナトリウムで容易に脱ヨウ素化できることもわかった。

メタゾスルフロンはジオキサジン環上5位にメチル基を有する化合物であり、このヨウ素を用いた環化反応を活用することで、メタゾスルフロンの合成を達成した。(Fig.5)

Fig.5:探索合成時に編み出したメタゾスルフロンの合成方法

 

苦心の末、新たな技術を生み出せたことは、開発担当者にとって研究者冥利に尽きる出来事であった。

またしてもジオキサジン環が行く手を阻む

さて、新たにジオキサジン環構築法を見出したことがドライビングフォースとなり、メタゾスルフロンが誕生したわけだが、次は安全で、安定的で、効率のよい製造のための合成プロセスの確立が必要になる。ラボでの合成法をそのままスケールアップするだけでは、必ずしも製造に適さない。

製造プロセス検討で最大の課題となったのは、なんと、またしてもジオキサジン環の構築であった。先ほどの構築法には、スケールアップする上で大きな課題が二点あった。ひとつは環化反応におけるヨウ素の過剰使用であり、十分な収率で環化反応を進行させるためにはヨウ素を3当量以上添加する必要があった。もう一点は脱ヨウ素化の反応条件であり、溶媒N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)と水素化ホウ素ナトリウムの組み合わせに起因する反応暴走事例が知られていたことから、新たな還元条件の開発が必須であった。

そこで、これらの課題を解決したより安全な製造プロセスの確立を目指して、環化および還元方法を検討し直すことにした。その結果、Nブロモスクシンイミド(NBS)による環化反応とパラジウム-炭素(Pd-C)を用いた還元方法を見出すに至った。

本合成法では、N-アリルオキシアミド化合物に対して小過剰量のNBSを作用させることで収率よく環化体を得た後、カリウムtert-ブトキシドによる脱HBr化によってexo-メチレン化合物へと誘導し、続けてPd-C存在下、水素添加反応を行うことで5-メチルジオキサジン化合物を得た。この合成法を利用し、メタゾスルフロンの安全な製造プロセスを確立することができた。(Fig.6)

Fig.6 製造に適したメタゾスルフロンの合成方法

 

数えられないほどの検討・実験の中からこの合成法を見出し、安全、安定、高効率な製造プロセスとして確立できた時は、開発担当者にとって思わず声が出るほど感動を覚えた瞬間だった。

世界の農業になくてはならない化学メーカーを目指して

こうして生み出されたメタゾスルフロンは、「アルテア®」と名付けられた。アルテアは非常に若い恒星で、七夕の彦星としてよく知られている。アラビア語で「飛翔する鷲」の意味があり、大きく羽ばたいてほしいという願いから命名された。

今後もこのアルテア®のように、世界の食糧生産を支える新たな農薬の創出にまい進していく所存である。

関連リンク

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 塩にまつわるよもやま話
  2. ワサビ辛み成分受容体を活性化する新規化合物
  3. 自由研究にいかが?1:ルミノール反応実験キット
  4. 知られざる法科学技術の世界
  5. おまえら英語よりもタイピングやろうぜ ~初級編~
  6. NMRの測定がうまくいかないとき(2)
  7. ビュッヒ・フラッシュクロマト用カートリッジもれなくプレゼント!
  8. 医薬品への新しい合成ルートの開拓 〜協働的な触媒作用を活用〜

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. サミュエル・ダニシェフスキー Samuel J. Danishefsky
  2. ピレスロイド系殺虫剤のはなし~追加トピック~
  3. 水素化ホウ素ナトリウムを使う超小型燃料電池を開発
  4. 岸 義人 Yoshito Kishi
  5. 三中心四電子結合とは?
  6. とある化学者の海外研究生活:イギリス編
  7. C-H活性化触媒を用いる(+)-リゾスペルミン酸の収束的合成
  8. 暑いほどエコな太陽熱冷房
  9. 有機配位子による[3]カテナンの運動性の多状態制御
  10. 東レ科学技術賞:東京大学大学院理学系研究科奈良坂教授受賞

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年12月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

分子は基板表面で「寝返り」をうつ!「一時停止」蒸着法で自発分極の制御自在

第613回のスポットライトリサーチは、千葉大学 石井久夫研究室の大原 正裕(おおはら まさひろ)さん…

GoodNotesに化学構造が書きやすいノートが新登場!その使用感はいかに?

みなさんは現在どのようなもので授業ノートを取っていますでしょうか。私が学生だったときには電子…

化学者のためのWordマクロ -Supporting Informationの作成作業効率化-

「化合物データの帰属チェックリスト、見やすいんですが、もっと使いやすくならないですか」ある日、ラ…

酢酸ウラニル(VI) –意外なところから見つかる放射性物質–

酢酸ウラニル(VI) (UO2(CH3COO)2·2H2O) はウラニル (二酸化ウ…

機械学習と計算化学を融合したデータ駆動的な反応選択性の解明

第612回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学 大学院理工学府(五東研究室)博士課程後期1年の坂…

超塩基配位子が助けてくれる!銅触媒による四級炭素の構築

銅触媒による三級アルキルハライドとアニリン類とのC–Cクロスカップリングが開発された。高い電子供与性…

先端領域に携わりたいという秘めた思い。考えてもいなかったスタートアップに叶う場があった

研究職としてキャリアを重ねている方々の中には、スタートアップは企業規模が小さく不安定だからといった理…

励起パラジウム触媒でケトンを還元!ケチルラジカルの新たな発生法と反応への応用

第 611 回のスポットライトリサーチは、(前) 乙卯研究所 博士研究員、(現) 北海道大学 化学反…

“マブ” “ナブ” “チニブ” とかのはなし

Tshozoです。件のことからお薬について相変わらず色々と調べているのですが、その中で薬の名…

【著者に聞いてみた!】なぜ川中一輝はNH2基を有する超原子価ヨウ素試薬を世界で初めて作れたのか!?

世界初のNH2基含有超原子価ヨウ素試薬開発の裏側を探った原著論文Amino-λ3-iodan…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP