普段、実験で使う溶媒には、試薬特級や試薬一級といった”グレード”が記載されている。一般的には、特級の方が高価であるため品質が良いように思えるが、どのように品質が異なるかは単純でない。実際のところグレードは、ある品質規格に基づいて名前が付けられていて、今回はこの試薬や製品の規格について紹介する。
規格とは
国内外のあらゆる規格を取り扱う日本規格協会グループによると、規格とは標準化によって決められた、ある「取り決め」(標準)を文章に書いたものである。規格といってもいくつかの種類があり、
- 基本規格:用語、記号、単位、など基本的事項を規定した規格(Kg, L, min)
- 方法規格:試験、分析、検査及び測定方法、作業方法などを規定した規格(石油製品-成分試験方法-第2部:ガスクロマトグラフによる全成分の求め方, 塗料中の揮発性有機化合物(VOC), フェノール樹脂試験方法)
- 製品規格:製品の形状、寸法、材質、成分、品質、性能、耐久性、安全性、機能などを規定した規格(一般用メートルねじ, アセトン(特級), 2極コンセント 15A 125V)
製品規格を決めるために方法規格があり、その単位や用語は基本規格で定義されているため、三つの種類の規格が関連しあうことで成り立っている。
実のところ、私たちは規格に囲まれて生活している。家の中には規格に則って作られた部品を使った家具や家電、PCがあり、自家用車やバスの燃料や油脂類も規格に則って作られている。研究室の試薬やガス、機器に対しても規格がある。スマホのWIFIや4G通信も規格に基づいた通信である。身近なところでは規格があるからこそ、製造メーカー関係なしに家電のプラグをコンセントをつなげることもできるし、どの会社のスマホでも不自由なく通信することができる。
試薬の規格
化学に限った話をすれば、試薬の規格が一般的である。試薬会社から試薬を購入する時、複雑な有機化合物には純度の選択肢はないが、一般的な溶媒や無機試薬にはグレードがあり価格が異なる。グレードによって品質が異なることは容易に想像できるが、具体的には試験項目と規格値が異なることで違いが出る。以下、富士フイルム和光純薬株式会社で売られているアセトンを例にすると現在、15種類のアセトンが販売されている(製造元が異なるもの、重溶媒、混合物は除く)。一般的だと思われる上位三件の試薬特級、医薬試験用、和光一級について見ていくと、概要にはそれぞれの製品の特長が書かれているが、他の製品と比べることは難しい。そこで重要になるのが製品規格書であり、これによって検査項目と制限値がわかる。
最も安価な和光一級は、キャピラリーカラムで純度が99.0%以上で、水分が0.3%以下、密度と屈折率が規定範囲であることのみを保証している。次に安価な試薬特級は、JIS規格K8034:2006に準拠している製品であるため、規格に定められた試験法で測定項目を保証している。各項目の測定法もJISによって決まっていて、例えば純度の測定するGCは、下記の条件あるいは同等の性能でなくてはならない。さらに試験に使う試薬、ガスもJIS規格品でなくてはならない(ガラスウール:JIS K8251 窒素:JIS K1107など)。
検出器の種類:水素炎イオン化検出器
固定相液体名:メチルシリコーン
固定相液体の膜厚:5.0µm
カラム用キャピラリーの材質,内径及び長さ:石英ガラス,0.53 mm,30 m
温度設定:カラム槽:40 ℃で 5 分間保持した後,毎分 5 ℃の割合で 90 ℃まで昇温して,2 分間保持する。
検出器槽:150 ℃
試料気化室:150 ℃
キャリヤーガスの種類及び流量:ヘリウム,5 ml/min
試料量及び試料導入方法:0.2µl,直接注入法
和光一級の場合は、富士フイルム和光純薬株式会社で決めた方法で測定しているため、試薬特級と測定方法が異なる可能性があり単純な比較はできない。
最も高価な医薬品試験用は、JIS規格K8034:2006(日本薬局方)に加えて米国薬局方 (USP)、欧州薬局方 (EP)の試験規格に適合するため、 それぞれの試験項目を検査し基準範囲内であることを確認している。
ではその他のアセトンにはどのような違いがあるのだろうか。名前を見れば推奨される使い方がわかるが、実質的な違いは試験項目によって判明する。
- 電子工業用:キャピラリーカラムで純度が99.7%以上、金属含有量が規定ppbレベル以下、パーティクル数
- 高速液体クロマトグラフ用:キャピラリーカラムで純度が99.7%以上、330, 340, 350-400 nmの吸光度が規定以下、蛍光試験
- 分光分析用:毛管カラムGCで純度が99.9%以上、330, 340, 350-400 nmの吸光度が規定以下、蛍光試験
- インフィニティピュア:キャピラリーカラムで純度が99.8%以上、銅、鉛、鉄、アルデヒドが規定ppbレベル以下、蛍光試験
- プロテオミクス用:キャピラリーカラムで純度が99.5%以上、DNA加水分解酵素とRNA加水分解酵素、プロテアーゼが試験適合
- RoHSⅡ対応用:GC純度が99.5%以上で、RoHS対象物質が規定ppm以下
- 残留農薬・PCB試験用(JIS K8040):GC純度が99.5%以上で残留農薬・PCB試験が試験適合
- 超脱水:キャピラリーカラムで純度が99.5%以上、水分が0.001%以下
このように目的に応じて試験項目が異なることがわかる。1の電子工業では、パーティクルと金属不純物が著しく性能低下を引き起こすため、ICPによる元素分析値とパーティクル数を保証している。2と3の用途ではバックグラウンドの吸光度を気にするため吸光度が低いことを保証し、4から7も、使われる用途の測定で問題ないこと保証している。有機合成で多用する脱水溶媒は確かに極めて低い水分量を保証しているが、GC純度は液クロ用のほうが高い値を保証している。そのため、脱水溶媒が万能であるわけではない。
これらの製品について、ただ検査項目が多いだけなのか個別のプロセスで精製しているかは分からないが、記載されていない試験項目については保証しない。そのため、これらの製品を使ったプロセスで何か問題が起きても、それが保証されていない不純物に起因するものである場合、試薬会社には責任がない。
標準規格
上記のJIS(Japanese Industrial Standards)、日本産業規格は、日本の産業製品に関する規格や測定法などが定められた日本の国家規格であり、試薬だけでなく日本のすべての工業製品の規格が集められている。最初のアルファベットが下記のような分野を表し、4桁の数字でそれぞれの規格を分類している。:の後の数字は改正された年を意味していて、K8034:2006ということは、2006年に改正された規格に準拠しているということになる。
A: 土木および建築 B: 一般機械 C: 電気・電子(コンセント:C8303) D: 自動車 E: 鉄道 F: 船舶 G: 鉄鋼 H: 非鉄金属 K: 化学 L: 繊維 M: 鉱山 P: パルプ及び紙(トイレットペーパー:P4501) Q: 管理システム R: 窯業 S: 日用品 T: 医療安全用具 W: 航空 X: 情報処理 Z: その他(案内用図記号:Z8210)
上記の試薬特級アセトンは、K8034:2006に準拠しているため、他の試薬会社から販売しているK8034を準拠したアセトンと同じ試験項目をクリアしている=同じ品質だといえる。しかしながら他のアセトンに関しては名前が似ていても検査品目、検査方法が異なる可能性があり品質が同じかどうかわからない。なお規格のルールに従っただけではJISマークを付与することはできず、製造工場において産業標準化法・JIS マーク省令に規定された基準に適合し、かつ当該工場で製造された製品が該当JIS の要件を満たしていることについて、国により登録された民間の第三者機関(登録認証機関)の厳格な評価・審査を受ける必要がある。
規格によっては、世界中で共通であったほうが良いこともある、それを司るのがISO(International Organization for Standardization)であり、多くの国が会員となっている。例えば、ISO 7810は、クレジットカード、パスポート、SIMカードの規格であり、これを準拠しているため世界中でサイズが同じである。化学のISO規格は、用語の定義や測定方法が多く例えば、プラスチックの水分含有量の求め方はISO 15512で規定されている。JISにもISO規格が含まれていてISO 15512はJIS K7251として登録されている。ISOのほかにも、国や分野によって様々な規格がありJISとISOのように関連性がある規格もあれば、日本薬局方、米国薬局方、欧州薬局方のように個別で動いている規格団体もあり、関連性がないと同様の測定項目でも試験方法が異なるため、別々に測定を行う必要が出てしまう。
規格の意義
規格の仕組みを考えた上で、化学における規格の意義を考える。製品を選ぶ際には、品質に関する規格があることでサプライヤーを選びやすくなると考えられる。アセトンの例でいえば、規格がないと「A社:うちのアセトンは純度99.5%(GC測定)です。」「B社:うちのアセトンは純度99.3%(HPLC測定)です。」「C社:うちのアセトンは純度99.9%(NMR測定)です。」となってしまい、条件がそろった比較ができなくなる。すると買う側としてはサンプルを入手して自分たちで純度の比較をしなくてはならず手間がかかってしまう。このように規格があることで産業の効率化が図られている。一般消費者に対しても便利な規格もあり、省燃費タイヤの規格や、窓ガラスの省エネ建材等級ラベルなどは、商品スペックをわかりやすくしている規格である。ただし、規格を作るには大変な時間がかかる。規格は、業界内の議論で作られるが、個々の企業としては自社の製品に有利な規格にして製品をたくさん売れるようにしたいので、調整に時間がかかることがある。また、規格があることで規格にない特長を出すことが難しくなる。このように規格は、産業の中である程度の統一性を確保するために働いている重要なシステムである。
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