第233回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院理学系研究科・四坂 勇磨さんにお願い致しました。
四坂さんの所属している荘司研究室(旧・渡辺研究室)では、緑膿菌のもつヘム結合型タンパクの特性を活かした研究を長年続けておられます。特に今回はこの機構を通じて、光増感剤となるガリウムフタロシアニンを緑膿菌選択的に取り込ませることにより、光照射による選択的な殺菌に成功しています。ACS Chemical Biology誌原著論文およびプレスリリースとして公開され、一般メディアでも紹介されています。
“Hijacking the Heme Acquisition System of Pseudomonas aeruginosa for the Delivery of Phthalocyanine as an Antimicrobial”
Shisaka, Y.; Iwai, Y.; Yamada, S.; Uehara, H.; Tosha, T.; Sugimoto, H.; Shiro, Y.; Stanfield, J. K.; Ogawa, K.; Watanabe, Y.; Shoji, O. ACS Chem. Biol. 2019, 14, 1637-1642. doi:10.1021/acschembio.9b00373
研究を現場で指揮された荘司長三 教授から、四坂さんについての人物評を下記のとおり頂いています。既に大変アクティブな超若手研究者として活躍中であり、今後さらなる飛躍が期待される一人です。
今回の研究成果は、論文の執筆も含めて四坂君の奮闘なしでは到底達成できなかったものです。多剤耐性菌の光殺菌実験や膜蛋白質の発現と精製など、はじめての実験についても独学で見識を深めながら、適宜、共同研究者に相談しつつ的確に実験を前に進めてくれました。四坂君の研究遂行能力は圧倒的で、実験の立案、実施、考察だけでなく、論文執筆や文献調査なども卓越しており、そろそろ教えることが無くなってきているような気がします。研究室を主催するにあたり、私は「出藍の誉」を意識して研究の指導をしているのですが、早々に「出藍の誉」となり嬉しい限りです。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
緑膿菌が栄養を獲得する機構を活用して、緑膿菌選択的に抗菌薬を運搬する手法を開発し、高効率かつ高選択的な緑膿菌の殺菌を達成しました。
緑膿菌は、ヒトに感染する病原菌であり、増殖に必要な鉄分を得るために、HasAという蛋白質を分泌し、鉄分のヘムを宿主から奪い取ります(図 1)。ヘムの代わりに光増感剤のガリウムフタロシアニンを取り込ませた人工HasA(図 2)を緑膿菌に投与すると、緑膿菌はヘムと誤ってガリウムフタロシアニンを獲得します。これは、HasAからヘムを受け取る緑膿菌の受容体蛋白質HasRが、ヘムを内包したHasA(本物)とガリウムフタロシアニンHasA(偽物)を識別できないためです(図 2)。近赤外光を照射すると、緑膿菌の細胞内に蓄積したガリウムフタロシアニンによって一重項酸素が発生し、99.99%以上の緑膿菌を選択的に死滅させることができます(図 3)。本手法は、世界保健機関(WHO)が最も危険視する、既存の抗菌薬が効かない薬剤耐性緑膿菌にも有効です。また、特定の病原菌のみに作用する抗菌薬の開発例は非常に少なく、どれも煩雑な調製法を要したのに対し、今回開発した手法では、一段階合成で安価に入手できるガリウムフタロシアニンを、緑膿菌が分泌する天然蛋白質に混合するだけで調製可能です。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
HasAからヘムを受け取る緑膿菌の外膜受容体、HasRには随分手を焼きました。今回の光殺菌システムや、HasAを用いて緑膿菌の増殖を抑制する手法1の作用機序を解明するために、人工的に大量のHasRを発現させることが、私の初めての研究テーマでした。HasRの発現に用いる宿主の菌種、導入する遺伝子配列、宿主細胞の培養方法など、最適な条件の組み合わせを片っ端から探しました。その中で、組み換え蛋白質の発現系としては一般的でない、緑膿菌そのものにHasRを発現させるシステムが、HasRを人工的に過剰発現できる唯一の方法でした。初めてHasRのUV/Visスペクトルを観測できた時は、鳥肌が立ったのを鮮明に覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
殺菌メカニズムの検証に時間がかかりました。先行研究の成果も相まって1−3、新幹線や道路標識の塗料に用いられるような水に全く溶けないフタロシアニンが、緑膿菌の細胞内に取り込まれるとは、当初誰も予想していませんでした。しかし、緑膿菌のヘム獲得(図 1)を調査する要領で、1) ガリウムフタロシアニンHasAとHasRの複合化、2) HasAからHasRへのガリウムフタロシアニンの受け渡し、3) ガリウムフタロシアニンの緑膿菌内への取り込みとHasAの解離、という3段階の検証を進めたところ、HasAに内包されたガリウムフタロシアニンを、緑膿菌がヘムと誤って取り込むことを突き止めました(図 3)。ガリウムフタロシアニンまでも獲得する緑膿菌の強欲さを示すことができ、達成感を覚えました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
自分が楽しめて、たくさんの人々に面白いね、と言ってもらえるような自分の化学を探していきたいと思っています。唯一無二の異端化学を目指して、真摯な姿勢で化学と向き合っていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
このブログを最後まで読んでいただき、ありがとうございました。今回の研究では、生理的な条件において抗菌薬としての使い道は無いとされてきたフタロシアニンを、病原菌が分泌する蛋白質に内包することで、特定の病原菌に選択的な殺菌剤として活用することができました。この研究を通して、意外な分野の組み合わせが、化合物の秘めたる有用性の発見に繋がる面白さを知りました。
最後になりましたが、日頃ご指導いただいている荘司長三先生、昨年度までご指導いただいた渡辺芳人先生をはじめ、荘司研究室、旧渡辺研究室のみなさま、共同研究者のみなさま、そして研究を紹介する機会を与えてくださったChem-Stationのスタッフのみなさまに感謝申し上げます。
関連文献
- C. Shirataki, O. Shoji, M. Terada, S. Ozaki, H. Sugimoto, Y. Shiro, Y. Watanabe, Angew. Chem. Int. Ed., 53, 2862–2866 (2014). DOI: 10.1002/anie.201307889
- H. Uehara, Y. Shisaka, T. Nishimura, H. Sugimoto, Y. Shiro, Y. Miyake, H. Shinokubo, Y. Watanabe, O. Shoji, Angew. Chem. Int. Ed., 56, 15279-15283 (2017). DOI: 10.1002/anie.201707212
- E. Sakakibara, Y. Shisaka, H. Onoda, D. Koga, N. Xu, T. Ono, Y. Hisaeda, H. Sugimoto, Y. Shiro, Y. Watanabe, O. Shoji, RSC Advances, 9,18697-18702 (2019). DOI: 10.1039/C9RA02872B
研究者の略歴
【名前】 四坂 勇磨(しさか ゆうま)
【所属】 名古屋大学大学院 理学研究科 物質理学専攻 荘司長三研究室 博士後期課程3年
【略歴】
2017.3 名古屋大学大学院 理学研究科 物質理学専攻 博士前期課程修了(渡辺芳人研究室)
2018.4〜 JSPS特別研究員(DC2)
【研究テーマ】 合成金属錯体を用いた蛋白質の新規機能開拓