第235回のスポットライトリサーチは、立命館大学 民秋研究室で博士研究員をされていた、庄司 淳(しょうじ すなお)さんにお願いしました。庄司さんは現在は北海道大学 長谷川研究室で研究員を務められています。
民秋研究室では、天然光合成の主役の色素であるクロロフィル分子に注目し、有機化学、光化学、生化学など多様な科学の観点から幅広い研究を展開されています。
今回紹介いただける内容は、クロロフィルをうまく修飾することにより集積形態を制御して二次元のナノシートを形成できたといった成果です。民秋研では以前にはクロロフィルでナノチューブを作った成果を発表されていましたが(J. Am. Chem. Soc. 141, 1207-1211 (2019))、今回はナノシート! 精密合成からの匠の技を披露されています。人工光合成の創成・天然光合成の機構解明に向けての新しいアプローチの可能性を感じさせていただける素晴らしい成果で、Sci. Rep.誌に公開されており、立命館大学からプレスリリースもされています。
“Bioinspired supramolecular nanosheets of zinc chlorophyll assemblies”
Sunao Shoji, Tetsuya Ogawa, Shogo Matsubara & Hitoshi Tamiaki,
Sci. Rep., 9, 14006 (2019) DOI: 10.1038/s41598-019-50026-1
民秋均 教授からは、庄司さんと本研究テーマについて以下のようなコメントをいただきました。
今回の庄司さんの研究成果は、人工光合成アンテナ研究から展開されたものです。最初から意図して行ったのではなく、色々なモデル化合物を合成して、その自己会合体の超分子構造を片っ端から観察している中で、偶然面白いものが見つかった結果をまとめたものです。庄司さんは粘り強く研究を行うことで、素晴らしい成果をあげることができました。「山師」的な研究ですが、自然界の近辺には、金脈がまだまだゴロゴロ隠されていることを示す好例です。このような「ショットガン」的研究も、当たればでかい。コツコツと地道に研究を進めていくことが、とても大事であることを示してくれた成果でした。
それでは、庄司さんからのメッセージをご覧ください!
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどのような研究ですか?
クロロフィル分子(葉緑素)が集積したナノシートを人工的に世界で初めてつくった研究です。
立命館大学生命科学研究科の民秋先生の研究室では、光合成色素であるクロロフィル分子(葉緑素)をケミストリーの視点で研究しています。光合成をする生物は、地球上に降り注ぐ太陽光を効率よく吸収して、その光エネルギーを化学エネルギーに変換しています。クロロフィル分子は、光合成の最初の過程である光吸収・励起エネルギー伝達・電子移動の役割を担う重要な色素分子です。
光合成する生物には、クロロフィル色素(バクテリオクロロフィル-c, d, e分子)の自己集積体を光捕集アンテナ(Light-Harvesting Antenna)に使うもの(緑色光合成細菌)がいます。この細菌は、太陽光がほとんど届かない場所(深いところで水深150 m)でも、光合成して生育する驚異的な生物です。そのクロロフィル集積体は、複数の分子間相互作用(配位結合・水素結合・p-pスタッキング)でJ会合体を形成しており、ナノチューブ状やナノシート状の超分子構造体であると想定されています。
今回合成したクロロフィル誘導体は、固体状態の集積体を非極性溶媒中で熟成することによって、熱力学的により安定な構造へと変化し、ナノシートが形成することを見出しました。天然系を模倣したモデルとして、光合成の機能解明や人工光合成への応用が期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究では、クロロフィル分子のp共役には影響を与えない位置(17位)に水素結合性のアミド基とウレア基を導入しました。過去の研究で、自己集積するクロロフィル分子の17位上に長鎖アルキル基を修飾すると、ナノチューブを形成することがわかっていました1–3)。この位置は、クロロフィル分子のJ会合には直接関わりませんが、ナノ構造を形成する上で重要だと考えられています。今回合成したクロロフィル誘導体は、アミド基とウレア基の強い水素結合に引っ張られて、自己集積体のナノ構造が変化すると予想しました。
クロロフィルの単量体は青緑っぽい色で、J会合体は濃い緑色をしています。本研究で調製した固体のクロロフィル集積体は、調製直後は青緑色をしていたので、当初は秩序正しい集積体を形成しないものかと思いました。しかし、時間が経つと濃い緑色に変化していました。実験する時は、サンプルを注意深く観察することをいつも心がけているのですが、熟成することで色の変化(超分子構造の変化)があることに気付けたのが良かったと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
天然の光合成系で見られるような光機能性のナノ構造体を人工的に作りたいと何となく思っていました。過去にクロロフィル分子の集積体でナノチューブを作っていたので、次はナノシートを作ろうと考えていました。しかし、分子の集積体がどのようなナノ構造を形成するか予測することは難しいので、いろんな論文を参考にしながら実際にサンプルを調製してみることにしました。ナノシート構造をつくる手がかりは何もありませんでしたが、アルキル基や水素結合性の置換基をもつクロロフィル分子を合成して集積化挙動を調べている時に、アミド基とウレア基の2つをもつクロロフィル誘導体がきれいに並ぶことが偶然わかりました4)。系統的にクロロフィル分子を合成して物性を調べたことが、本研究の成功につながったと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
単分子の物性にも興味がありますし、複数の分子から出来上がる超分子にも興味があります。天然では、様々な分子が相互作用することで、機能を発現しているものがたくさんあります。1分子では達成できない機能も複数の分子から構成される超分子系なら解決できる可能性があります。将来的には、系全体として優れた機能をもつ超分子系を作りたいと考えています。私は現在、工学部に所属していますので、学術的に重要な研究と社会に貢献できるような研究の両方をしっかりと行いたいと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私は何事もチャレンジして経験することが大事だと思っています。研究室に所属して、様々な機会を与えていただいたので、より化学の楽しさを学び、人生が変わったと思います。昨年はドイツで研究させていただく機会があり、世界トップレベルの研究を知るとても良い経験でした。自分の知らない世界を体験することは、新しい価値観が得られてとても良いと思います。学会等で発表することも素晴らしい経験になると思います。たくさんの研究を知り、いろんな方と出会う良い機会です。今回、スポットライトリサーチのお話をいただけたのもシンポジウムがきっかけで、記事の執筆はとても良い経験になりました。この記事を読んでいただいた方とも、学会などでお会いできるのを楽しみに思っています。
参考文献
- Shoji, T. Hashishin, H. Tamiaki, Chem. Eur. J., 18, 13331–13341 (2012).
- Shoji, T. Ogawa, T. Hashishin, S. Ogasawara, H. Watanabe, H. Usami, H. Tamiaki, Nano Lett., 16, 3650–3654 (2016).
- Sengupta, F. Würthner, Acc. Chem. Res., 46, 2498–2512 (2013).
- Shoji, T. Ogawa, T. Hashishin, H. Tamiaki, ChemPhysChem, 19, 913–920 (2018).
関連リンク
- 立命館大学 民秋研究室
- プレスリリース:葉緑素だけからできたナノシートの合成に成功 – 人工光合成のための新たな材料として期待 –
研究者の略歴
庄司 淳(しょうじ すなお)
所属:北海道大学大学院 工学研究院 応用化学部門 先端材料化学研究室
専門:有機化学、超分子化学
略歴:2014年9月 立命館大学大学院 生命科学研究科 生命科学専攻博士課程 修了 (民秋研究室)
2014年4月 日本学術振興会 特別研究員(DC2)
2014年10月 日本学術振興会 特別研究員(PD)
2016年4月 立命館大学 総合科学技術研究機構 博士研究員 (民秋研究室)
2018年1~3月 ウルツブルク大学 客員研究員 (Frank Würthner研究室)
2019年4月 北海道大学大学院 工学研究院 応用化学部門 博士研究員 (長谷川研究室)