第221回のスポットライトリサーチは、東京農工大学大学院工学研究院・小林 翼さんにお願いしました。
小林さんの所属する一川研究室では、分子の自己組織化によって生み出されるソフトマテリアルのジャイロイド構造に着目した研究を展開されています。今回紹介するのは、この特異な構造ならではの材料機能=高速プロトン輸送を見いだしたという成果に成ります。Chemical Science誌原著論文およびプレスリリースとして公開されています。
“Gyroid structured aqua-sheets with sub-nanometer thickness enabling 3D fast proton relay conduction”
Kobayashi, T.; Li, Y.-x.; Ono, A.; Zeng, X.-b.; Ichikawa, T. Chem. Sci. 2019, 10, 6245-6253. doi:10.1039/C9SC00131J
研究室を主宰されている 一川尚広 特任准教授より、小林さんの人物評を頂いています。
小林くんは、2015年に私が立ち上げた研究室に1期生として加わり、研究室の実験室作りから研究テーマ作り・飲み会の雰囲気作りまで一緒に頑張ってくれた学生です。今回の研究では、我々が課した数多くの制約を満たす液晶性分子を創成できるかどうかが鍵となるテーマでした。この分子設計を実現する上で、『有機合成を試行錯誤する粘り強さ』や『直感や過去の液晶研究に基づく分子設計の閃き』『セレンディピティを見逃さないセンス』などが不可欠でしたが、博士課程期間中に見事にやり遂げてしまいました。まだ卒業まで1年ちょっとありますが、今後の成長と活躍も強く期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
格子長が10 nmにも満たない『ジャイロイド構造』から成る高速プロトン伝導膜を開発しました。ジャイロイド構造とは三次元方向の“連続性”と“周期性”を併せ持つ不思議な構造です(図1)。その特異な構造がもたらす優れた機能を期待できることから、近年様々な研究領域で注目を集めています[1]。例えば、物質輸送場として機能化できれば、三次元連続輸送パスを有する材料へと展開できます。我々はプロトン輸送材料としての展開に着目しました。
これまでの当研究室での分子設計指針や様々な先行研究を取り入れ、重合性両親媒性分子(Diene-GZI)を新規に設計・合成しました。Diene-GZIは酸と水の存在下で液晶性を発現し、自己組織的にジャイロイド構造を形成することを見出しました(図2 左)。この粘り気のあるサンプルに光を照射すると、ジャイロイド構造を維持したまま高分子化が進行し、自立性高分子膜を作製することができました(図2 中) [2]。
得られた高分子膜についてシンクロトロンX線散乱測定を行いました。得られた回折パターンを解析し、電子密度分布を算出したところ、ジャイロイド極小界面上に沿ってスルホン酸基が密に配列していることが分かりました(図2 中上)。そこで高分子膜に水を染み込ませてみると、スルホン酸基の強い水和力に導かれて、ジャイロイド界面上に水分子が配列していき、最終的には『厚みが1 nmにも満たない三次元アクアシート』の形成が確認できました(図2 右)。この高分子膜のイオン伝導度を測定したところ、理論的なプロトン伝導現象の上限値に近い 10-1 S cm-1 程度の伝導性を示しました。三次元方向に連続した水素結合ネットワークの形成により、O-H結合の切断/再形成による高速プロトン伝導機構が発現したためと考えられます。
このような高分子膜内部の分子配列・構造を高度に制御した材料設計は、高分子(有機分子)の性能を最大限に引き出しうる重要な分子技術であると考えています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
なんと言っても分子設計です。液晶状態が形成するジャイロイド構造を固定化する研究は、1990年頃から報告されていますが、「重合性官能基を組み込んだ分子設計の難しさ」と「ジャイロイド構造を形成する分子の希少さ」が相まって、成功例は数えるほどしかありません。実際に、合成した分子がジャイロイド構造を形成しなかったり、光を当てても重合しなかったりなど、幾度となく自分が設計した分子に虐められてきました。様々な壁を乗り越えていく過程で、徐々に分子設計が洗練されていき、十数種類の両親媒性分子を合成・評価を経て、ようやくDiene-GZIに辿りつくことができました。ジャイロイド構造の形成を偏光顕微鏡やX線回折測定で確認できた時は、飛び上がる程嬉しかったのを今でも覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
分子設計・合成スキームの確立には多くの時間と労力を費やしましたが、その他の評価は比較的スムーズに行えました。もっとも大変だったのは、論文がアクセプトされるまでの長い道のりです。
初稿時、一川先生の多大なる指導のもと書き上げた自信作を、ワクワクしながら投稿するもエディターキック。論文案の練り直しや追加実験を行い、投稿してもまたエディターキック。そしてその繰り返し。エディターキックを何度も受けているうちに、「自分の研究ってあまり面白くないのかな?」と悲観的になり、自信がなくなった時期もありました。それでも自分達の研究を信じ、と一川先生と「次こそ通る!」と鼓舞し合いながら投稿を繰り返し、なんとかChemical Science誌のエディターを通過。そして、レビュアーの方々から「私の研究室に欲しい分子だ!」とコメントを頂けたり、Coverに選ばれる程の高い評価を頂いた時は自分達の研究を信じ続けてよかったと思いました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
学部時代から4年ほど“液晶”という材料を扱ってきて、なんとなく「液晶分子の気持ち」が分かるようになってきた気がしています。今後は“液晶”という魅力的な材料だけでなく、他の分野の材料(無機材料とか?)も積極的に触ってみたいと思っています。そして、様々な分野で得た知見を基に、誰もが発想しなかったような面白い材料を作ってみたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
自分の研究を論文化するというプロセスは、自分を成長させるエッセンスが詰まっていると思います。仮説、実験、解析、英語力だけでなく、画力(Coverの絵も私が描きました。笑)やストーリーの構想力など普段の生活からは学べないことが沢山あります。学部・修士の学生さんで「データは足りているけれど、論文を書くのは面倒だな」と考えている方はぜひ積極的にトライしてみてください。大変ですが、得られるものも大きいと思います!
宣伝となりますが、我々が開発した特異なナノ構造を持つ高分子膜はオリジナリティが高い材料と考えています。プロトン伝導材料としてだけでなく、他分野への応用も可能と考えていますので、興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ご連絡頂けたら嬉しいです。
最後に、本研究を進めるにあたりご尽力を頂いたシェフィールド大学のLiさん、Zeng博士、そして一川尚広先生、研究室メンバーに深く感謝致します。
参考文献
- L. Wu, W. Zhang, D. Zhang, Small, 2015, 11, 5004-5022.
- T. Kobayashi, Y. Li, A. Ono, X. Zeng, T. Ichikawa, Chem. Sci., 2019, 10, 6245-6253.
研究者の略歴
名前: 小林 翼 (Kobayashi Tsubasa)
所属: 東京農工大学大学院 工学府 一川研究室 博士後期過程2年
研究テーマ: 双連続キュービック液晶構造膜の機能化
略歴:
2017年3月 東京農工大学 工学部 卒業
2018年3月 東京農工大学大学院 工学府 博士前期過程 修了(短縮修了)
2018年4月 東京農工大学大学院 工学府 博士後期過程 入学
2018年4月〜 日本学術振興会 特別研究員 (DC1)