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胃薬のラニチジンに発がん性物質混入のおそれ ~簡易まとめ

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Tshozoです。今回は自分の興味が反応したため短くまとめてみることにいたしました。きっかけはこちら↓の発表です。

【引用元リンク:こちら アメリカ食品医薬品局から

要約すると”ラニチジン ranitidine[商品名 Zantak] ちゅう胃薬の中にNDMAという、発癌性がある材料が入っとったから気ぃつけてくださいな“という内容です。正直あんまりおだやかな話ではない。

もっともこのStatementは「回収命令」ではなく「使用を止めて変更した方がよいか相談すべき」(…The FDA is not calling for individuals to stop taking ranitidine at this time; however, patients taking prescription ranitidine who wish to discontinue use should talk to their health care professional about other treatment options….) というもので、法的拘束力を持ったものではなく注意喚起&勧告のレベルに留めています。ただ結局各社クラスIまたはクラスⅡに基づいた回収(回収クラス分類はこちらを参照→リンク)に走っているようなので、比較的早い対応が為されたのは良いことかと。

また日本国内の各社が調べた結果では管理指標(0.32ppm・これ以下ならまぁ健康上OKとするレベル)を越えたケースが上記の勧告どおり見つかったらしいのですが、実際に何ppm入っていたかは声明内では明らかにしていませんね。ただ以下に書くようにNGO団体が調べた値はかなりな量だったため結構な騒動になったものと推定されます[この項リンク:(CBニュース厚労省発表]。

んで今回、この発癌性を示す材料(NDMA)がどういう経緯で見つかったのかをざっと調べてみました。お付き合いを。

【発癌性物質 NDMAとは】

英語のWikiがかなり充実していますので今回はそちらから引用します。

N-nitrosodimethylamine 略してNDMA

NDMAはN-ニトロソジメチルアミンといい、基本的には揮発性の黄色液体でトリメチルアミンのメチル基1個がニトロソ基に入れ替わった形状をしており、大気中では紫外線などで比較的早く分解する比較的不安定な材料です。このNDMAは随分昔からヒトやネズミを含む幅広い生物に対し発がん性有とされており、例えば1989年の米国CDCによる報告書では完全にクロ=carcinogenicと指定しています[文献1]。それ以外にも結構昔からアカン材料として認識されていたような文献はチラホラ見受けられましたし、英語版Wikiの一部に記載されているように1978年にドイツで毒薬として使用されてしまい、肝臓をヤラれて死亡した例があったみたいです。

じっさい芳香族・脂肪族問わずアミン系溶媒・材料は健康への影響が大きいものが多数あり、筆者が居たとある現場でも結構嫌がられていたように思います(場合に依ります/ただ芳香族アミンの中にはこういう事件も引き起こしているなどの材料が多く、正直関わりたくないです)。しかもさらに嬉しくないニトロソ基がついてる。こうした物騒な材料がなんで胃薬に混入したのか。それを次にみていきます。

【ラニチジンとは ~初代胃酸ブロッカー~】

ラニチジン Ranitidine は下記のような分子構造(英語版Wikiより引用)をもつ胃薬で、発売されたのは1981年グラクソスミスクライン GSKによって商品名”Zantac”として発売されました。いわゆる第一世代の胃酸抑制剤で、開発したのはさらに遡って1976年、イギリスの製薬会社Allen & Hanburys Ltdによるものです(同社は2013年にGSKに吸収合併されています[文献2])。

実際にはHClと塩酸塩になっている
またNO2のところでE/Zが発生するらしいが
両方とも薬効があるらしく混ざっている

特許が切れた現在はジェネリック薬品として扱われており、世界中で生産されています。その合成も比較的簡単、フルフラール→還元してフルフリルアルコール、を出発点にあれこれして下図のように合成しているものと思われます。

[文献3][文献4]より引用 旧来からの合成法のもよう
合成法と使用しているMannich反応についてはこちらの記事を参照

ここまで読んできて、「NDMAが混入した問題はこの合成法にあり、その薬を合成した工場は**という国だった、けしからん」という話になると思った人は心根が腐っている可能性があります。

そういうことではなく、実は問題はこの分子構造そのものがNDMAを発生させた原因だというのが今回のオチです。Ranitidineの分子構造をよくみてみますとNDMAに化けそうなのがいますね。今回NDMAを検出するのに重要な役割を果たしたコネチカット州の団体Valisure(主に医薬品の安全性を調査するNGO・リンク)の調査に依りますとこのRanitidineはそもそもがあまり安定でなく、たとえば130℃あたりで容易に両端が切れてNDMAに変化してしまうというのです[文献5]。

[文献5]より引用

通常、反応に伴う不純物は反応制御とか晶析で発生量・混入を最小限にしたあと、カラムだったりなんやかんやで徹底的に除去することで管理指標以下に抑える対応をとるのはずなのですが、いくら分離しても本体が分解してしまうのは何をやっても止められません。同じくNGO団体Valisureの主張によるとRanitidineの不安定さは熱だけではなく、たとえば2002年に発表された[文献6]によれば

[文献6]より引用

このようにモノクロルアミン(NH2Cl)の存在下だと紫外線などの影響が無い状態でもかなり速くNDMAへ分解してしまう、ということを主張しています。モノクロルアミンなんてどこにあんねん、と思われるかもしれませんが水道水の殺菌に使ったりしているケースがあるため、水道水と一緒に飲むとNDMAが存在してしまうおそれは非常にごくわずかながら存在するわけで。

あと、モノクロルアミンとの接触以外に例えば日光(紫外線)の当たるようなところに置いておくとガンガン分解してしますし[文献7・2012年]、[文献8・2016年]に至ってはRanitidineを飲むと尿内のNDMAが増えるというなかなかに恐ろしい結果を出しているという・・・これらのことを考えるとNDMAを何らかの形で発生させてしまっている犯人の本体は本人のRanitidineである、という状況証拠はそろっていることになります。

ということで今まであちこちから懸念が上がっていたのに対し、同NGOによるジェネリック品を含むRanitidine製品からの↓表のような大量のNDMAが検出されたことを受けて(1日の許容量:96ngに対して10000倍以上・・・)大規模回収に追い込まれることになったわけです。

[文献5]より引用 FDA(アメリカ食品医薬品局)が認める許容量は96ngなのに対し・・・

ただ最初に述べたとおり公文書を見る限りほとんどが勧告レベルに留めていることから、急激な体調不良や数年でガンが大量に発生する、とかいうことではなさそうではあります。また過去にデンマークで調べた大規模なRanitidine服用者の体調調査でもガン発生の明確な証拠はない、とする報告になっており[文献9]、基本的にはそうヒステリックになるような話ではないと考えてよいでしょう。「販売禁止」としたのは今のところ某国だけのようですし。一方で、2004年にアメリカの国立がん研究所(NCI)で行われた比較的大規模な追加調査では(使用群に目立った健康被害はないとしたものの)結論に「まぁガンのリスクあるから気を付けたほうがええで(意訳)」[文献10]的な書き方をしてるので、かなりグレーな印象を持ってしまいます。

ということでやっぱり気分は悪いので、出来れば服用したくはない、というのが昔から胃痛持ちの筆者の正直な感情ということになりました。こういう話があると色々製薬会社の陰謀とか云々言われたりするのですが、まずは冷静になって科学的な視点で、しかもリスクはどんなもんにもあるものだという踏ん切りをつけた上で物事を考えて頂きたいもんです。

【おわりに】

実はこの記事を書こうと思ったのが”The reaction may have led to impurities found in valsartan heart drugs”という ACS C&E(記事リンク)を見かけたのがきっかけです。詳細はまた別途まとめるとしまして、要は高血圧治療薬バルサルタン(商品名ディオバン・ノバルティス社がデータ改ざんなどで色々やらかしてしまったあの薬)において、この原体を作っていた中国の薬品メーカZhejiang Huahai Pharmaceuticalが改良した合成工程で発がん性物質NDMAなどが発生してしまって、それが実際の薬に混入したという事件でした。この件でも結構な種類の薬が回収されているはずです。

上記で述べたとおりこのNDMAはRanitidineでも発生した材料でしたので、はやとちりな筆者はこの記事と紐付て「Ranitidineもこのメーカと何らかの関係性があるはず、だから原体合成は高い品質意識を持ったところでやんなくちゃいけねぇんだ」というものすごい妄想をぶん回そうとしていました。

・・・ですが今回見てきたとおり、それは完全な思い込みと偏見によるものであったことを告白いたします。反省いたします。結局どんなことにおいても優先しなくてはいけないのは事実であり、それを幅広く調べるスタイルは継続していきたい所存であります。

という事で短いですが今回はこんなところで。

[主要文献]

  1. “TOXICOLOGICAL PROFILE FORN-NITROSODIMETHYLAMINE”, CDC, 1989年レポート, リンク
  2. “Analogue-based Drug Discovery”, Wiley, リンク
  3. “Ranitidine”, Analytical Profiles of Drug Substances, Volume 15, 1986, Pages 533-561, リンク
  4. “Heterocyclic Chemistry”, Professor J. Stephen Clark, University of Glasgow リンク
  5. “Valisure Citizen Petition on Ranitidin”, Varisure, リンク
  6. “NDMA Formation by Chloramination of Ranitidine: Kinetics and Mechanism”, Environ. Sci. Technol.2012,46, 20, 11095-11103, リンク
  7. “Photochemical fate of pharmaceuticals in the environment: Cimetidine and ranitidine”, . Environ. Sci. Technol. 2003, 37 (15), 3342−3350., リンク
  8. “Oral intake of ranitidine increases urinary excretion of N-nitrosodimethylamine”, Zeng et al, Carcinogenesis 2016, 37:625-34 リンク
  9. “Use of N-nitrosodimethylamine (NDMA) contaminated valsartan products and risk of cancer: Danish nationwide cohort study”, BMJ, 2018;362:k3851 リンク
  10. “Peptic ulcer disease and the risk of bladder cancer in a prospective study of male health professionals.”, Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. Vol. 13, 2, p. 250-254, リンク
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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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