アカデミックハラスメントやセクシャルハラスメントは、学業やキャリアの成功に悪影響を与えます。 どんな行為がそれらに該当するかを知っておくことは、大学の職員はもちろんですが、学生にとっても重要です。この記事では、UC バークレーの大学院生向けに行われたセクハラ撲滅講習をもとに、自分自身や身の回りの人々がハラスメントの被害に遭ったとときにどのように対処するべきかをお話しします。
セクハラ撲滅講習とは
アメリカの大学のなかには、新入大学院生向けに、学内で起こりうるハラスメントの定義や対処法を学ぶための講習を実施する学校があります。UC バークレーの場合は、ウェブでテキストを読みながらクイズに答えたりするオンライントレーニングに加えて、実際に教室に集まって具体的な事例について議論をするオフライントレーニングを義務付けています。
なぜこのようなトレーニングが義務化されているかというと、アメリカの大学院生は、分類上は学生ですが、TA という教師としての側面持っているからです (厳密にはUCバークレーでは TA は Graduate Student Instructor (GSI) と呼ばれ、名目的に 教師 (instructor) です)。そのため、クラス内のハラスメントを知ってしまった場合は、適切な機関へ報告する義務が課せられているのです。一方で、自分自身も授業を聴講する一人の学生であるとともに、指導教員とともに研究を進める部下でもあります。部下という表現には少し違和感はありますが、要するに自分自身がハラスメントを受ける可能性もあるということです。さらには、万が一周りがハラスメントの加害者や被害者になりそうだと感じた場合にも、どう振舞うべきかを知っておくことが求められます。
このハラスメント撲滅講習で学んだことは、基本的に道徳的に考えれば常識ばかりでしたが、SNS の使い方などに関する、明確なルールが未だ確立されていない問題についての議論もあったので共有したいと思います。というわけで、ここからはセクハラ撲滅トレーニングを模擬体験できるよう、テキスト調の文体で記事を進めて参ります。(他にどんなオリエンテーションがあるの? と思った方は前回記事も参照ください: 大学院から始めるストレスマネジメント【アメリカで Ph.D. を取る –オリエンテーションの巻 その 1–】)
ハラスメントの定義
学内におけるハラスメントとは、他人の成績や業績に悪影響を与えたり、その環境を不快に感じさせるような言動をさします。そのなかでも、セクシャルハラスメントは、性別に関するハラスメントを指します。学生、教師、スタッフの誰もがハラスメントに関わる可能性があります。また、ある言動がハラスメントになるかどうかは、加害者の意図よりも被害者の受け止め方に重きが置かれます。注意が必要なのは、たとえ悪意がなかったとしても、それによって不快に感じる人がいれば、それはハラスメントになりえることです。
ケーススタディ: これはセクハラに当たる?
ある男性教師が女子学生に対して「その T シャツいいね」と言いました。
これは人間関係に悪影響を与えることはなさそうなので、ハラスメントにはあたりません。しかし、覚えておきましょう。ハラスメントになるかどうかは、発言者の意図ではなくて被害者の受け止め方によって決まるということを。
代償型ハラスメントは学生–教師間で起こりやすいハラスメント
学内で起こる可能性があるハラスメントとして、代償型セクシャルハラスメント quid pro quo Sexual Harassment があります。”代償 quid pro quo”とは、何かを他のものの何かで交換することを指します。代償型ハラスメントは、成績、推薦状、賞などと引き換えに、何かを提供したりお願いしたりする場合に起こり得ます。
ケーススタディ2: これはセクハラに当たる?
ある GSI が、クラスを受講している A さんに「資料についてさらに議論を深めるために授業の後にコーヒーに出かけないか」と誘いました。A さんは、「授業が終わってからも話を続けようとは思わない」と伝えたところ、セメスターの最後に GSI はクラスへの出席·関心を理由に C の成績をつけました。テストや宿題の点数に基づくと、A さんはもっと高い成績がつくはずだと思っていたにもかかわらず。
これはセクハラに当たるでしょうか? もちろん答えは Yes であり、れっきとした代償型セクシャルハラスメントの例です。
同意を得ることは人間関係の維持において重要
同意とは、意識がある状態での 自発的で、断定的で、取り消し可能な約束を指します。あらゆることにおいて、同意を得ることはすべての人間の責任です。例えば、ハグはアメリカでは日本よりも一般的な挨拶 (?) ですが、同意を得てから行う方が望ましいです。
以前に許可されたからといって、次回もそうだとは限りません。また、抵抗しなかったり、反論がないことは、同意とは言えません。酔った状態での言葉や脅迫された状態での承諾は同意とは言えません。特に、教師と学生間の場合だと、教師側には強制性がつきまとうため、同意に関して 一層気をつけなければなりません 。
好ましくない環境と迷惑な行為
教育機関にとって好ましくない環境 (Hostile Environment) は、分別のある人を萎縮させる行為や、学生が教育機関の利益を受けることを阻害するような迷惑な行為によって形成されます。また当事者同士は性的なジョークをわだかまりなく交わしていても、第三者がそれをみて不快に思った場合には、その会話が好ましくない環境を作っていると主張するかもしれません。また GSI と学生が恋愛関係になることは、好まれません (UCバークレーの場合は禁止されています)。特別待遇やえこひいきがあるのではないかと疑われてしまうおそれがあるからです。くわえて、成績を公平につけることができなくなる可能性があります。
ケーススタディ3: これはセクハラに当たる?
ある GSI が授業中に異性の学生といちゃつくように会話をしました。その相手の学生は、その会話を問題に思うことなく楽しんでいました。しかしクラス内の別の二人の学生は、それが授業中の会話としては不適切だと感じて、受講を辞めることを考え始めました。
この GSI の言動は、受け入れられるでしょうか。答えは No です。会話の当事者同士は不快に感じていなくても、周りが不快に感じれば、その会話は好ましくないクラス環境を作っているとみなされます。
オフィスアワーは開放的かつ適切な場所で
基本的にはオフィスアワーの会場は大学内に設けるべきですが、大学付近のカフェなどでオフィスアワーを開催したい人もいるかもしれません。しかし、学生の中にはカフェなどに赴くことは、よりプライベートな面会のように感じて、ためらってしまう人もいるからです。もしカフェでオフィスアワーを開催したいなら、1週間に2回の異なるオフィスアワーを設けて、一方は大学内の適切な場所で行うようにしましょう。そして、1 対1 のオフィスアワーにならないように、2、3人以上の学生を招待するようにしましょう。特に学内であっても、1 対1のオフィスアワーをドアの閉まった教室内で行うことは好ましくありません。オフィスアワーの間はドアを開けておきましょう。
周りがハラスメントに遭っている/起こしていると感じたら?
もしあなたの友人があなたの目の前でハラスメントに遭っていたら、どうするべきでしょうか。その友人の許可なしに、「やめときなよ」と直接加害者に訴えたり、適当な機関に報告することは必ずしも好まれるとは限りません。なぜならそのように事件化することで、当事者間にわだかまりを生む可能性があるからです。もしあなたがその現場に居合わせているなら、ひとまずさりげなく話題を変えたり、被害者と加害者をさりげなく遠ざけるなどしましょう。その後、被害者に遠回しに大丈夫かどうかや、助けが必要かどうか聞くと良いでしょう。 被害者も傷ついている可能性があるので「セクハラに遭ってるみたいだけど大丈夫? 」と直接的に聞くことや「アイツにやめるように伝えてくるよ」と躍起になることは望まれない可能性があります。同情の意を伝えながら、いつでも助けてあげられることを知らせておくと良いでしょう。(なお、記事の冒頭でお話ししたように、クラス内のハラスメントを発見した場合には、適切な機関へ報告する義務があります。)
ケーススタディ4: 友達が加害者になりそうなとき
あなたのある男友達は、クラスの女子学生から、大学院への推薦状を書くようにメールで頼まれました。彼は、「よし、それなら今度レストランへ行ってじっくり話し合おう」と返信したそうです。数日経っても返事がこなかった彼は、「ごめん。この前の話は無しで、今度の授業の後に図書館で話そうか。」を送ったのですが、それでも返事は来なかったそうです。あなたは彼に何と声をかければいいでしょうか。
友人に寄り添いながらも、少し距離を置くように促すのがよいです。 間違っても、もう一度ご飯へ誘うように後押しすることや、「それはセクハラだぞ!」と非難してはいけません。
もしも不快な行為に遭ったら
もしあなたがハラスメントの対象になってしまったときのために、次のことを覚えておきましょう。
自分自身を責めてはいけません。ハラスメントにおいて、被害者に原因があることはありえません。ハラスメントは、加害者が引き起こすものです。あなたに落ち度はありません。自分自身を責めることは、怒りを自分自身に仕向け、鬱をも引き起こす可能性があります。
助けを求めましょう。カウンセラーや他の支援者の存在は、助けになり、力強く感じるでしょう。
具体的な事例について話し合う
次に示すケーススタディは、オフライントレーニングで話し合った議題です。これらの事例が起こった場合、あなたはどう反応しますか?この事例は好ましくないと思いますか? どうすれば、これを防げたと思いますか?
- 熱心な (?) 学生
あなたが教えているクラスの学生の一人は、あなたのオフィスアワーに毎週出席する熱心な学生です。定期的にメールも送ってくるのですが、宿題に関することだけでなく、学業に関係のない雑談も含まれています。セミナーにおいてもあなたの会話に加わろうとします。セメスターが終わりかけた頃、その学生はあなたのインスタグラムとTwitter をフォローして、いくつかの投稿にコメントを残しました。最後の週が終わった時、その学生は丁寧に包装されたチョコレート箱を “My Favorite GSI” という宛名書きで、あなたのメールボックスに残していきました。
実際のディスカッションでは、「どこからアウトになる? 」という議題から始めました。「SNS をフォローされたところくらいかなぁ」という意見もあれば、「メールで雑談をするところ」といった意見もありました。すでにお話ししたように、バークレーではGSI と学生が恋愛関係になることは禁止されていて、プライベートな関わりを持つことも推奨されません。したがって学生のSNS は、フォローしない方がいいし、されない方がいいことになっています。とはいっても、フォロー申請が来ると、拒否するのを躊躇ってしまうのが心情です。また無言でリクエストを拒否することは、感情を逆撫でしてしまうのでよくありません、もしリクエストが来てしまったら「ごめんね、SNS はフォローしたりされたりしてはいけないことになっているんだ」ということを明言しておく方がベターだそうです。
- 外見による評価
あなたは、学部生の化学専攻の Facebook に新しいグループができているのを発見しました。そのグループ内では化学科の GSI を評価しているようなのですが、どうやら教え方や成績のつけ方だけでなく、容姿や外見なども評価項目に入っているようです。いくつかの投稿は、どの GSI が一番かをランク付けしていました。
この事例に対しては、まずこれが好ましいかどうかを話し合いました。「非公式なグループなら口を挟む必要はないし、自分のことを言われていても気にしなければいいだけじゃないか」といった意見や「数人で勝手に話しているだけならいいが、大きなグループなら問題になるのではないか」といった意見がありました。個人的にはグループの規模に関わらず、好ましくないような気がします。GSI は教師とはいえ人間ですから、ネットという公衆の面前で批判されれば傷つくでしょう。それが教え方に関する批判ならまだ反省点として活かせますが、容姿に関することなるとただの悪口になってしまいますから、なんらかの機関に通知した方がよいかもしれないということです。
終わりに
いかがでしたか。UC 系の大学に留学される場合は、似たようなトレーニングを受講することになるはずなので、留学経験のある方は「そんなのあったなぁ」と共感していただけたのではないかと思います。この記事ではかなり端折っていますが、本当はとーっても長いです。学内一般のハラスメント撲滅のトレーニングに加えて、GSI としてのトレーニングなど繰り返し行われるので、いかにハラスメントが問題視されているかが伺えました。日本の大学院では大学院生向きにこのような講習が行われることはないと聞いたので、 アメリカの大学院生活の文化の一種として共有してみても価値があるかなとしました。
次回は研究室選びなどについて書く予定です。すでに kanako さんによるこちらの記事 (アメリカ大学院留学: 研究室選びの流れ) に大まかな流れが記載されておりますので、それと相補的になるように研究室選びにおいて気をつけたいことなどをお話しできれば良いかな、と考えています。
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