[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

励起状態複合体でキラルシクロプロパンを合成する

[スポンサーリンク]

触媒-基質複合体が光励起したのち巧みに立体化学を制御するエナンチオ選択的シクロプロパン骨格構築法が開発された。筆者らが開発した本触媒系においてHATが進行する初めての例である。

光触媒を用いた不斉ヘテロDiels-Alder反応

光を利用した不斉触媒反応では光化学過程は立体選択性決定段階に含まれず、ラジカル連鎖反応の開始だけを担うことが多い。このとき発生するラジカルは不斉触媒によって制御され立体選択性が発現する[1]。この機構とは対照的に、触媒サイクルに不斉を誘起する光励起状態が含まれるような例が知られている。

以前筆者らは、2-アシルイミダゾールもしくはN-アシルピラゾール部位をもつ基質と自身らが開発したキラルRh錯体が複合体を形成した後、光励起された複合体が立体化学を制御する不斉付加環化反応を報告している[2,3]。しかし、この触媒-基質複合体の励起状態が立体制御に関わる反応形式はこれまで炭素–炭素結合形成もしくは電子移動に限られていた[4]
一方で、近年Xiaらは(E)-ethyl 3-(2-formylphenyl)acrylateに紫外光を照射すると、分子内水素移動を経てシクロプロパンが生成することを見出した(図1B)[5]。しかし本反応の生成物はラセミ体であり、高圧水銀ランプによる紫外光照射が必要であった。

今回、筆者らはN-アシルピラゾール部位をもつベンズアルデヒド誘導体とキラルRh触媒を利用することで、可視光照射下エナンチオ選択的にシクロプロパンを合成できることを示した(図1C)。

図1. (A) 光触媒を用いた不斉環状付加反応、(B)分子内HATを介した三員環形成反応、 (C)今回の反応

 

Asymmetric Photocatalysis by Intramolecular Hydrogen-Atom Transfer in Photoexcited Catalyst–Substrate Complex
Zhang, C.; Chen, S.; Ye, C.-X.; Harms, K.; Zhang, L.; Houk, K. N.; Meggers, E.Angew. Chem., Int. Ed. 2019, 58, 14462–14466.
DOI:10.1002/anie.201905647

論文著者の紹介

研究者:Eric Meggers

研究者の経歴:
–1995 Diploma in Chemistry, Institute of Organic Chemistry, University of Bonn, Germany
1996–1999 Ph. D, University of Basel, Switzerland (Prof. Bernd Giese)
1999–2002 Postdoc, The Scripps Research Institute, USA (Prof. Peter G. Schultz)
2002–2007 Assistant Professor, University of Pennsylvania, USA
2007– Professor, University of Marburg, Germany
2011–2016 Professor, Xiamen University, P. R. China
研究内容:不斉光触媒の開発、金属錯体の創薬研究、生体直交型反応の触媒開発

研究者:Kendall N. Houk

研究者の経歴:
–1964 B. A., Harvard College
–1968 Ph. D., Harvard University (Prof. Robert B. Woodward)
1968–1980 Louisiana State University (Professor in 1976)
1980–1986 Professor, University of Pittsburgh
1986– Professor, University of California, Los Angeles (Distinguished Professor in 1987)
1988–1990 Director of the Chemistry Division of the National Science Foundation
1991–1994 Chairman of the UCLA Department of Chemistry and Biochemistry.
研究内容:計算化学を用いた人工酵素のデザイン、金属/有機分子/生体酵素触媒の反応機構解明

論文の概要

N-アシルピラゾールを有する種々のベンズアルデヒド(1)に対し、ロジウム光触媒Δ-RhS存在下、青色LEDを照射することで高エナンチオ選択的にシクロプロパン骨格を与えた(図2A)。芳香環にメチル基(2a)や嵩高い置換基(2b)、電子求引基(2c)、電子供与基(2d,e)を有する基質において高エナンチオ選択的に反応は進行した。一方、チオフェンをもつ基質では収率ならびにエナンチオ選択性は中程度にとどまった(2f)。本反応はa,b-不飽和N-アシルピラゾールのb位にメチル基を有する基質にも適用できる(2g)。DFT計算の結果、この反応のエナンチオ選択性は基質と触媒配位子のp–p相互作用、配位子がもつ嵩高いtBu基と基質との立体障害に起因することが示唆された(図2C)。
種々の実験結果から次の反応機構が提唱されている(図2D)。基質がロジウム触媒に配位して複合体(I)を形成したのち、光照射によって励起されビラジカルを生じる()。分子内水素引き抜きによりカルボニルa位に水素が移動した後()、ケテン()を経て分子内不斉ヘテロDiels-Alder反応が進行し目的物を与える。

図2. (A)最適反応条件、(B)基質適用範囲、(C) 遷移状態のDFT計算結果、(D)推定反応機構

 

以上、触媒-基質複合体の光励起から始まるエナンチオ選択的シクロプロパン合成法が開発された。この触媒の新たな反応への応用や、本反応の生成物からより複雑な光学活性シクロプロパンへの誘導化が期待される。

参考文献

  1. Nicewicz, D. A.; MacMillan, D. W. C. Merging Photoredox Catalysis with Organocatalysis: The Direct Asymmetric Alkylation of Aldehydes. Science, 2008, 322, 77–80. DOI: 1126/science.1161976
  2. Huang, X.; Quinn, T. R.; Harms, K.; Webster, R. D.; Zhang, L.; Wiest, O.; Meggers, E. Direct Visible-light-excited Asymmetric Lewis Acid Catalysis of Intermolecular [2+2] Photocycloadditions. J. Am. Chem. Soc. 2017,139, 9120–9123. DOI: 10.1021/jacs.7b04363
  3. Huang, X.; Li, X.; Xie, X.; Harms, K.; Riedel, R.; Meggers, E. Catalytic Asymmetric Synthesis of a Nitrogen Heterocycle through Stereocontrolled Direct Photoreaction from Electronically Excited State. Nat. Commun.2017,8,2245. DOI: 10.1038/s41467-017-02148-1
  4. Huang, X.; Meggers, E.Asymmetric Photocatalysis with Bis-cyclometalated Rhodium Complexes.  Acc. Chem. Res.2019, 52, 833–847. DOI: https://doi.org/10.1021/acs.accounts.9b00028
  5. Xia, W.;Shao, Y.;Gui, W.; Yang, C.Efficient Synthesis of Polysubstituted Isochromanones via a Novel Photochemical Rearrangement. Chem. Commun, 2011, 47, 11098–11100. DOI: 10.1039/C1CC14269K
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 窒素固定をめぐって-2
  2. カルコゲン結合でロジウム二核錯体の構造を制御する!
  3. DOWとはどんな会社?-1
  4. シンプルなα,β-不飽和カルベン種を生成するレニウム触媒系
  5. BulkyなNHCでNovelなButadiyne (BNNB)…
  6. 自己修復性高分子研究を異種架橋高分子の革新的接着に展開
  7. 実験ノートの字について
  8. 炭素をつなげる王道反応:アルドール反応 (5/最終回)

注目情報

ピックアップ記事

  1. 重いキノン
  2. 種子島沖海底泥火山における表層堆積物中の希ガスを用いた流体の起源深度の推定
  3. ジェフリー·ロング Jeffrey R. Long
  4. ケムステSlack、開設二周年!
  5. アイディア創出のインセンティブ~KAKENデータベースの利用法
  6. 機能性ナノマテリアル シクロデキストリンの科学ーChemical Times特集より
  7. 「消えるタトゥー」でヘンなカユミ
  8. 炭素-炭素結合活性化反応 C-C Bond Activation
  9. DOWとはどんな会社?-1
  10. ゾル-ゲル変化を自ら繰り返すアメーバのような液体の人工合成

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年10月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

Host-Guest相互作用を利用した世界初の自己修復材料”WIZARDシリーズ”

昨今、脱炭素社会への実現に向け、石油原料を主に使用している樹脂に対し、メンテナンス性の軽減や材料の長…

有機合成化学協会誌2025年4月号:リングサイズ発散・プベルル酸・イナミド・第5族遷移金属アルキリデン錯体・強発光性白金錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年4月号がオンラインで公開されています!…

第57回若手ペプチド夏の勉強会

日時2025年8月3日(日)~8月5日(火) 合宿型勉強会会場三…

人工光合成の方法で有機合成反応を実現

第653回のスポットライトリサーチは、名古屋大学 学際統合物質科学研究機構 野依特別研究室 (斎藤研…

乙卯研究所 2025年度下期 研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

次世代の二次元物質 遷移金属ダイカルコゲナイド

ムーアの法則の限界と二次元半導体現代の半導体デバイス産業では、作製時の低コスト化や動作速度向上、…

日本化学連合シンポジウム 「海」- 化学はどこに向かうのか –

日本化学連合では、継続性のあるシリーズ型のシンポジウムの開催を企画していくことに…

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポ…

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー