[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アンモニアを用いた環境調和型2級アミド合成

[スポンサーリンク]

アンモニアを窒素源として、ベンジルアルコールを用いた脱水素カップリングによる、アミドの合成に成功した。化学量論量の塩基により、イミンではなく選択的に2級アミドを合成できる

アミド合成法

アミドはポリマー、生物活性物質や医薬品合成に広く用いられるため、効率的なアミド合成法開発の波及効果は多岐にわたる。

頻用されるアミド合成法は、縮合剤を用いるカルボン酸とアミンとの脱水縮合だが、この手法では多量の共生成物の排出は避けられない(図1A)[1]

原子効率に優れる手法として、2007年にMilsteinらがピンサー型Ru触媒を用いて、アルコールとアミンの脱水素カップリングによるアミド合成を報告した(図1B)[2]。ピンサー型金属触媒をはじめて脱水素カップリングに用いたことが反応の鍵であった。

この反応が報告されて以降、様々なピンサー型金属触媒を用いたアミドの合成が報告されてきた。2009年には、Grützmacherらがピンサー型Rh触媒を用いてアルコールとアンモニアから一級アミド合成法を開発した(図1C)[3]。しかし、窒素源をアンモニアとした手法はこの反応のみである上に、触媒に貴金属を用いるという課題があった。卑金属を触媒とするアミド化として、Mn触媒によるアミド合成法も知られる(図1B)。しかしアルコールとアミンを用いた合成法であり、窒素源にアンモニアを用いることはできていなかった。
今回、Milsteinらはピンサー型Mn触媒1を用いて、アルコールとアンモニアの脱水素カップリングにより2級アミドを合成することに成功した(図1D)。反応の鍵は、化学量論量の塩基を用いることであった。

図1. (A) 縮合剤を用いたアミド合成 (B) 脱水素カップリングによるアミド合成 (C) NH3を用いた1級アミド合成 (D) 今回の反応

 

 Direct Synthesis of Amides by Acceptorless Dehydrogenative Coupling of Benzyl Alcohols and Ammonia Catalyzed by a Manganese Pincer Complex: Unexpected Crucial Role of Base

Daw, P.; Kumar, A.; Espinosa-Jalapa, N. A.; Ben-David, Y.; Milstein, D. J. Am. Chem. Soc.2019, 141, 12202.  
DOI:10.1021/jacs.9b05261

論文著者の紹介

研究者:David Milstein

研究者の経歴:

1976 Ph.D, Hebrew University of Jerusalem, Israel(Prof.J. Blum)
1977-1978 Posdoc, Colorado State University (Prof. J. K. Stille)
1979-1982 Senior Research Chemist, Central Research and Development Department, DuPont Co.
1983-1986 Group Leader, DuPont Co.
1987-1992 Associate Professor, Department of Organic Chemistry, Weizmann Institute of Science
1993- Full Professor, Department of Organic Chemistry, Weizmann Institute of Science
1996-2005 Head, Department of Organic Chemistry, Weizmann Institute of Science
1996- The Israel Matz Professorial Chair of Organic Chemistry, Weizmann Institute of Science
2000-2017 Founder and Head, Kimmel Center for Molecular Design, Weizmann Institute of Science

研究内容:選択的官能基化の開発、環境調和的な均一性触媒の開発と応用

論文の概要

本反応は、トルエン溶媒中、Mn触媒1を用いてベンジルアルコール2と化学量論量の水素化カリウムおよびアンモニアを150度で反応させることで、アミド3が良好な収率で得られる(図2A)。

オルト位に置換基をもつベンジルアルコールでは収率は中程度に留まるものの(3b)、メトキシ基(3c)およびジメチルアミノ基(3d)を有するベンジルアルコールが本反応に適用できる(図2A)。
用いる塩基の量が重要であり、触媒量の塩基を使用した場合イミン4が主生成物として得られた。

なお、Mn触媒存在下、イミン4を1,4-ジオキサン/水溶媒中反応させても2級アミド5は得られなかった(図2B)。この結果と種々の実験結果から、以下の反応機構が提唱されている(図2C)。まず当量の塩基とアルコールAから、アルコキシドBが生成する。高温、多量アンモニア存在下では、BからAの再生を伴って、カリウムアミドが生成する。次にAがMn触媒と反応し、β–水素脱離を経て対応するアルデヒドとなる。このアルデヒドにカリウムアミドが付加してアミノアルコキシドCを生成する。ここで、Mn触媒がCとβ–水素脱離を起こし、1級アミド塩Dが形成する。最後にアルデヒドとアミド塩DがMn触媒の作用により脱水反応をし、目的の二級アミド塩Eが生成する。本反応機構において、著者らはCおよびその等価体Fが望みの二度目のβ–水素脱離の進行に重要な中間体であると言及している。すなわち、CおよびFの脱水(ヒドロキシ基の脱離)は遅く、副反応経路であるイミン形成が抑制されている。

図2. (A) 基質適用範囲 (B)塩基量の異なる条件下での比較対照実験 (C) 推定反応機構

 

窒素源としてアンモニア、触媒として卑金属のマンガンを用いたこの反応は、安価かつ原子効率の良いアミド合成としての応用が期待できる。

あとがき:議論

本論文の種々の比較対照実験とそこから導かれる結論に関して。
①Scheme 2bではMn触媒1と化学量論量のKHを用いて、ベンジルアルコールとベンジルアミンから目的のアミドが得られている。しかし、この条件にアンモニアガスを加えて行った場合、アミドが微量しか得られなかった(Scheme 3A)。このことからベンジルアミンは中間体ではないと結論づけている。この議論に矛盾を感じる。
②Scheme 2cでMn触媒存在下、イミン4を1,4ジオキサン/水溶媒中反応させても2級アミド5は得られなかったことからイミンは中間体ではないと結論づけている。しかし、本反応では水は最大で1当量しか生成せず、水が大過剰加わっている条件では本脱水素アミド合成反応が進行するかどうかの確認はされていない。「H2O大過剰条件でのイミンの加水分解が早いからアミドが得られなかった」という可能性が排除できないため、イミンが中間体ではないと結論づけるのは時期尚早ではないか。
以上の2点を踏まえると、本論文で提唱されている反応機構以外にも有効な反応機構が存在する可能性が考えられる。
参考文献

  1. Montalbetti, C. A. G. N.; Falque, V. Amide Bond Formation and Peptide Coupling. Tetrahedron2005, 61, 10827DOI: 10.1016/j.tet.2005.08.031
  2. (a) Gunanathan, C.; Ben-David, Y.; Milstein, D. Direct Synthesis of Amides from Alcohols and Amines with Liberation of H2. Science 2007, 317, 790.DOI:1126/science.1145295(b) Kumar, A.; Espinosa-Jalapa, N. A.; Leitus, G.; Diskin-Posner, Y.; Avram, L.; Milstein, D. Direct Synthesis of Amide by Dehydrogenative Coupling of Amines with either Alcohols or Esters: Manganese Pincer Complex as Catalyst. Angew. Chem., Int. Ed. 2017, 56, 14992. DOI: 10.1002/anie.201709180
  3. Zweifel, T.; Naubron, J. V.; Grüetzmacher, H. Catalyzed Dehydrogenative Coupling of Primary Alcohols with Water, Methanol, or Amines. Chem., Int. Ed. 2009, 48, 559. DOI: 10.1002/anie.200804757
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. ぼっち学会参加の極意
  2. 日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン P…
  3. 転職を成功させる「人たらし」から学ぶ3つのポイント
  4. この窒素、まるでホウ素~ルイス酸性窒素化合物~
  5. リモートワークで結果を出す人、出せない人
  6. 子育て中の40代女性が「求人なし」でも、専門性を生かして転職を実…
  7. 第99回日本化学会年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part…
  8. 植物毒の現地合成による新規がん治療法の開発

注目情報

ピックアップ記事

  1. 第117回―「感染症治療を志向したケミカルバイオロジー研究」Erin Carlson准教授
  2. 第88回―「新規なメソポーラス材料の創製と応用」Dongyuan Zhao教授
  3. アメリカ大学院留学:博士候補生になるための関門 Candidacy
  4. NMRの基礎知識【原理編】
  5. 徒然なるままにセンター試験を解いてみた(2018年版)
  6. ユネスコ女性科学賞:小林教授を表彰
  7. GRE Chemistry
  8. バルビエ・ウィーランド分解 Barbier-Wieland Degradation
  9. 相田卓三教授の最終講義をYouTube Live配信!
  10. ニキビ治療薬の成分が発がん性物質に変化?検査会社が注意喚起

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年10月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

医薬品設計における三次元性指標(Fsp³)の再評価

近年、医薬品開発において候補分子の三次元構造が注目されてきました。特に、2009年に発表された論文「…

AI分子生成の導入と基本手法の紹介

本記事では、AIや情報技術を用いた分子生成技術の有機分子設計における有用性や代表的手法について解説し…

第53回ケムステVシンポ「化学×イノベーション -女性研究者が拓く未来-」を開催します!

第53回ケムステVシンポの会告です!今回のVシンポは、若手女性研究者のコミュニティと起業支援…

Nature誌が発表!!2025年注目の7つの技術!!

こんにちは,熊葛です.毎年この時期にはNature誌で,その年注目の7つの技術について取り上げられま…

塩野義製薬:COVID-19治療薬”Ensitrelvir”の超特急製造開発秘話

新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類移行となり、昨年はこれまでの生活が…

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー