[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

生命の起源に迫る水中ペプチド合成法

[スポンサーリンク]

原始地球の環境に類似した条件下でペプチド合成可能なアミノニトリルライゲーションが発見された。極めて化学選択性が高く、タンパク質を構成する20種のアミノ酸全てに対して適用できる。

生命の起源

生命活動の中心を担うアミノ酸、ペプチドは生命が誕生する前に存在していたはずである。
生命が誕生したとされる舞台は海中であり、そこでどのように前生物的(prebiotic)にアミノ酸やペプチドが合成されたのか、その起源に迫る研究はロマンに溢れる。ユーリー・ミラーのアミノ酸合成が生命の起源に迫る実験として有名であるが、それらアミノ酸からどのようにペプチドを形成するかについての論争は耐えない。その一つの答えとして注目されていたのがα-アミノニトリル(AA-CN)である。
AA-CNは重合など、ニトリル部位の変換を経てペプチドとなりうると期待されてきた。しかし、この変換には強酸性や高熱などの厳しい条件を要し、自然界の中性条件下でアミノニトリルからペプチドを形成する手法は明らかではなかった(図1A)[1]
一方で、Orgelらは以前、α-アミノチオカルボン酸(AA-SH)が生合成におけるチオエステルの前駆体であると提唱した[2]。AA-SHは求電子的もしくは酸化的活性化によりライゲーション可能であると期待できるが[3a]、海中のような中性pH条件下ではライゲーションに対して不活性であった。
より重要な課題として、AA-SHの前生物的な合成の解明は完全ではない。N-カルボキシル無水物(NCAs)からAA-SHを合成する手法が報告されたが、水中では加水分解が進行してしまう(図1B)[3b,c]
今回、ロンドン大学のPowner教授らは、Orgelらも以前提唱していたAA-CNとH2Sとのチオリシスによるチオアミドを経由するAA-SH合成法に着目した。AA-CNをアシル化したAc-AA-CNを用いて、原始環境下でも存在していたフェリシアニド(K3[Fe(CN)6])などのチオカルボン酸活性化剤存在下H2Sを反応させることで、水中でα-ペプチドを生成するAA-CNライゲーションが進行することを発見したので紹介する(図1C)。

図1. (A) アミノニトリルのポリマー化 (B) NCAからAA-SHの合成 (C) 今回のAA-CNライゲーション

 

“Peptide ligation by chemoselective aminonitrile coupling in water”
Canavelli, P.; Islam, S.; Powner, M. W. Nature 2019,571, 546.
DOI: 10.1038/s41586-019-1371-4

論文著者の紹介


研究者:Matthew W. Powner
研究者の経歴:
-2005 BSc, MChem University of Manchester (Prof. David J. Proctor)
2005-2009 Ph.D, University of Manchester (Prof. John Sutherland)
2009-2011 Posdoc, Harvard Medical School (Prof. Jack W. Szostak)
2012-2015 Senior Lecturer at University College London
2015- Reader at University College London
研究内容:生命の起源に関する研究、光化学、多成分反応

論文の概要

本AA-CNライゲーションにおいて重要となるのが、まずアシルα-アミノニトリル(Ac-AA-CN)を用いることである。このAc-AA-CNはフェリシアニド存在下AA-CN (1)とチオ酢酸から簡便に合成できた(図2A)。
このアシル化体を用いることで①H2Sを用いたニトリルのチオリシスによるチオアミドの生成、②チオアミドの加水分解と、続くチオカルボン酸の活性化剤存在下でAA-CNのライゲーションが円滑に進行する。
①に関しては、詳細な議論はされていないものの、H2Sを用いて水中(pH 9)でAc-Gly-CNとGly-CNやMeCNなどの競争実験を行った結果、高化学選択的にAc-Gly-SNH2が得られたことから、アシル基の有用性が強調されている(図2B)。
②に関して、チオアミド(AA-SNH2)の加水分解の際、アシル化体ではチオカルボン酸(Ac-AA-SH)が良好な収率で得られる(図2C)。これに対し、アシル基がない場合ではチオカルボン酸は得られず、ジケトピペラジン(DKP)などが副生した。このAc-AA-CNを用いることで、著者らは計9種のAc-AA-SHの合成に成功した。
このようにして生成したAc-AA-SHは、酸化剤(フェリシアニド)を用いて活性化することでAA-CNやアミノ酸などとライゲーションできる(図2D)。
特筆すべき点は高い化学選択性である。例えばアミノ残基をもつAc-Lys-SHとAA-CNのライゲーションにおいて、側鎖上のアミノ基は反応せず、AA-CNのアミノ基での化学選択的なライゲーションができる。このときに重要となるのが、pHとアミノ基共役酸のpKa(pKaH)との相関であるが、詳細は論文を参照してほしい。この高い化学選択性により、AA-CNだけでなく20種の必須アミノ酸(AA)自体もAc-AA-SHとライゲーション可能である。いずれのAAも保護基を必要とせずともライゲーションできる。また、フラグメントライゲーションも可能であり、最大で11残基をもつペプチドの合成にも成功している。
以上、原始環境下に近い条件下(水中、中性)、ペプチド合成が可能なAA-CNライゲーション法が開発された。議論の耐えない生命の起源に関して、一石を投じる報告である。

図2. (A)AA-CNのアシル化 (B)チオリシスの化学選択性(競争実験) (C)チオアミドの加水分解 (D) Ac-AA-SHと各AA-Xのライゲーション

参考文献

  1. Hanafusa, H.; Akabori, S. Bull Chem. Soc. Jpn.1959, 32, 626. DOI: 10.1246/bcsj.32.626
  2. [a] Liu, R.; Orgel, L. E. Nature1997, 389, 52. DOI: 1038/37944[b] Maurel, M. C.; Orgel, L. E. Orig. Life Evol. Biosph. 2000, 30, 423. DOI: 10.1023/A:1006728514362
  3. [a]Okamoto, R.; Haraguchi, T.; Nomura, K.; Maki, Y. Izumi, M.; Kajihara, Y. Biochemistry 2019,58, 1672. DOI: 1021/acs.biochem.8b01239[b] Leman, L.; Orgel, L.; Ghadiri, M. R. Science2004, 306, 283. DOI:10.1126/science.1102722[c] Leman, L. J.; Ghadiri, M. R. Synlett 2017,28, 68. DOI: 10.1055/s-0036-1589410
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. チェーンウォーキングを活用し、ホウ素2つを離れた位置へ導入する!…
  2. 分析技術ーChemical Times特集より
  3. 味の素グループの化学メーカー「味の素ファインテクノ社」を紹介しま…
  4. 材料開発の未来とロードマップ -「人の付加価値を高めるインフォマ…
  5. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑦(解答編…
  6. ポリセオナミド :海綿由来の天然物の生合成
  7. ADC迅速製造装置の実現 -フローリアクタによる抗体薬物複合体の…
  8. 構造式から選ぶ花粉症のOTC医薬品

注目情報

ピックアップ記事

  1. 離れた場所で互いを認識:新たなタイプの人工塩基対の開発
  2. 研究者1名からでも始められるMIの検討-スモールスタートに取り組む前の3つのステップ-
  3. 今年も出ます!!サイエンスアゴラ2015
  4. 中皮腫治療薬を優先審査へ
  5. テクノシグマのミニオイルバス MOB-200 を試してみた
  6. ビニグロールの全合成
  7. 親子で楽しめる化学映像集 その1
  8. ストライカー試薬 Stryker’s Reagent
  9. 国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ
  10. 二刀流のホスフィン触媒によるアトロプ選択的合成法

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年9月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  

注目情報

最新記事

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

有機合成化学協会誌2025年3月号:チェーンウォーキング・カルコゲン結合・有機電解反応・ロタキサン・配位重合

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年3月号がオンラインで公開されています!…

CIPイノベーション共創プログラム「未来の医療を支えるバイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第105春季年会(2025)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「未来の医療…

OIST Science Challenge 2025 に参加しました

2025年3月15日から22日にかけて沖縄科学技術大学院大学 (OIST) にて開催された Scie…

ペーパークラフトで MOFをつくる

第650回のスポットライトリサーチには、化学コミュニケーション賞2024を受賞された、岡山理科大学 …

月岡温泉で硫黄泉の pH の影響について考えてみた 【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい! というわけで、硫黄系温泉を巡る旅の後編です。前回の記事では群馬県草津温泉をご紹…

二酸化マンガンの極小ナノサイズ化で次世代電池や触媒の性能を底上げ!

第649回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院環境科学研究科(本間研究室)博士課程後期2年の飯…

日本薬学会第145年会 に参加しよう!

3月27日~29日、福岡国際会議場にて 「日本薬学会第145年会」 が開催されま…

TLC分析がもっと楽に、正確に! ~TLC分析がアナログからデジタルに

薄層クロマトグラフィーは分離手法の一つとして、お金をかけず、安価な方法として現在…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー