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高純度フッ化水素酸のあれこれまとめ その2

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Tshozoです。前回のつづき。これまではフッ化水素の背景と合成について主に述べましたが、後半は用途の特殊性について少々追加して述べてまいります。

【フッ化水素 用途の特殊性の続き】

前回は半導体製造でのフッ化水素の役割と重要性について述べてきましたが、もう一つの特殊性は原子力用途。軍事関係技術であるため、あくまで文献ベースの話になりますことはご理解ください・・・何が問題かと言うと、あれこれして出来た二酸化ウランと無水フッ化水素を混ぜ、そこからフッ素ガスをあてて六フッ化ウランガスUF6をつくり遠心分離機にかけて濃縮すればあっという間に()高濃度放射性ウランU235F6、つまり原発や原爆に使える高純度材料の出来上がり、という点です(詳細はANLのこちらのリンクを参照)。

ウラン原石のイメージ [文献1]より引用
黄色いところがウラン濃度が高いところで、ブラックライトで光らせることができる

六フッ化ウランまでの一般的なルート [文献2,3]より引用
酸化ウランのアンモニウム塩(いわゆる”イエローケーキ”)を経由する

後ほど言及するUO2+4HF→UF4+2H2Oのところ
無水フッ化水素(AHF)を使ってるのが明記されている[文献4]

そしてガス化した六フッ化ウランを遠心分離するルート
同じく[文献1,2]と英語版Wikiより 収率向上のため加熱とか仕切り板とか
様々な工夫をしているらしいが一体誰が考えたんだか・・・

もちろんこの他の特殊な設計手法や技術が無いと実際の爆弾は作れませんが、どこかの国からスカウトするかコソッと教えてもらうか**するかで無理矢理作れてしまっているケースがあるため、結局無水フッ化水素を含む上記の反応に関わるリアルな材料がややこしい国に流れるのを防止できるかが重要になるわけです。

ここでUF6製造についての重要性を示す事例をひとつ。2010年前後イランで稼働していた遠心分離機が、ジーメンス製PLC(コントローラ)をスタンドアロンで利用していたにも関わらず、イスラエルの諜報機関とアメリカのNSAが開発したUSB経由で感染するウイルス”Stuxnet”により沿革的に乗っ取られて遠心分離機の回転数制御を狂わされ稼働を停止せざるを得なかったという事件が発生しました(TEDのこのリンクが面白い→リンク)が、結局この遠心分離機を止める=U235の高純度化を止める、ということがいかに核開発の核心で、イスラエル等の西側がいかに警戒していることなのかを如実に示すものであると言えるでしょう。

【今回の問題点と疑問】

今回の問題の根本と施策の根拠は安全保障(経産省発表資料:リンク)(わかりやすいCISTECによる解説:リンク)。要は軍事に関わる材料が北朝鮮やイランなどに流れるのはまかりならん、監視せんといかんという懸念が背景にあるわけで。その結果輸出チェック厳格化の対象になるのは3レジスト、(透明)フッ化ポリイミド、そして無水/非無水フッ化水素の3種類の材料。ただ対象となるのはこのうちごく一部で、前者はプレ量産レベルのEUV(極紫外光)露光用レジストのみ、透明フッ化ポリイミドについては戦闘機等への軍事転用可能な特殊グレードだけらしいです。まぁこの2種類は先端素材だしイランとかに流れても困るし管理しないとね、で一応リクツはつくかと思います。それに今のところ東京応化、JSR、三菱系化学会社、信越化学系化学会社といった極一部の日本企業とベルギーのIMECくらいしか合成出来ないみたいで、これを第三国に流されて悪用されては西側諸国の一員として立つ瀬が無くなるという大義名分がありますので、多面的に見ても十分腑に落ちる気がします。

問題はフッ化水素。これはどういう理屈で管理リストに挙がったのか。経産省発表資料によると

・「もともと化学兵器などへの転用が可能である材料に関する国際的な規制枠組み(オーストラリアグループ)があり、基本的にはそれにフッ化水素の全部のグレードがひっかかるのでそれに倣っただけ

・「で、韓国が信義上微妙な取引を行ったため管理を厳格にした

というリクツのようで(筆者解釈)、この微妙な取引というのはUF6製造やサリン等の毒ガス、化学兵器製造につながる密輸などを意識したものでしょう。

しかしどうもひっかかるのが、超高純度フッ化水素はそのほぼ全てが半導体製造に使用されているはずという点(ガラス・金属用エッチングは高純度でなくてもいい)。実際、ざっとみたところ化学兵器、つまりサリンなどの一部にフッ素原子を含む毒ガス類は含水フッ化水素だとまず反応が進まないか、たとえ合成出来ても酸/アルカリ環境では加水分解してしまう可能性が高いものがかなり多いため、おそらく使用には不向きと見込まれます。

またUF6合成はどうか。上図でも加熱しながら無水フッ化水素を二酸化ウランに流し込んでますからおそらく吸熱反応で、一般的にこの状態で水が大量に介在していたらUF6は加水分解を起こして元に戻り、収率が極めて悪くなってしまうでしょう。また一般的な文献を調べたところ上記のとおりほとんどのケースで無水フッ化水素を使っており今回調べた限りでは含水フッ化水素を使ったケースは1件も見つかりません。であるとすると市場に出回ってる超高純度フッ化水素の含水25%品とか50%品とか、使えっこありません。

ということで雑な言い方ですが含水フッ化水素は悪用するのに相当不適な材料であることが推定されます。また前回示したマテリアルフローのトップに再生するには水を除去しなくてはいかんのですが、それには専用の高度な化学的分離プロセスを通じてしか出来ないので再生もかなり面倒。

ということでなんでこれを規制対象に挙げたのかは結局「オーストラリアグループ規制に一律に合わせた」という、大義があんまり無い点に至ってしまうことになります。これがレジスト・ポリイミドに比してどうにも腑に落ちなかったわけで。要は半導体以外に転用が難しく、本気で困る人が出る超高純度フッ化水素(含水ふくむ)だけは対象外とするとかの外交上の気遣いが足らなかったんじゃねぇか、という違和感が拭えなかった、というのが今回色々調べた動機です。国際政治の専門家や一部の新聞記者ですらこうした無水フッ化水素と含水超高純度フッ化水素の違いを認識せずごっちゃにして語っているケースがあるのはなんだかなぁという気がします。

ちなみに無水フッ化水素はどうなんだ、ですがこれは日本以外から購入できる余地は十分あります。古いデータしか見つからないのですが、2002年の時点で下記のレベルで作れてますから[リンク]、仮に日本が禁輸したとしても他から買ってこれるレベルの量が世界で出回っているわけです。ではその純度は、ですが、これもロシアで昔から無水フッ化水素と濃縮ウラン製造を生業として軍需産業の一角を担っているロスアトム子会社のこの会社この会社などが1970年代から既にプラントを稼働させていて、その無水フッ化水素の純度レベルは6Nくらいまでの純度までは上げているのは確実なもよう。またドイツのBayerなどは9Nくらい。なのでウランや化学兵器などの化学反応用途にはこっちから買えば十分悪用できてしまいますね。そもそも旧ソビエト含むロシアが色々核系のあれこれを作れているのですから。

単位は千トン/年 Dupontなどは合併しているので注意
米国立衛生研究所(NIH)下の医学図書館(NLM)の一部門である

生物工学情報センター(NCBI)で管理されているデータなので信憑性はあるはず(リンク)

少し話が逸れますがロシアではフッ化水素保存時に金属容器に対しPTFEコーティングなどを使わず、純鉄に近い軟鉄で保管しているとか。表面に強固なフッ化物の皮膜が出来てそれ以上の腐食を抑制してくれるというのがその理屈だそうで、経験的にそうやってるのでしょうしコストもすげぇ安くできるかもしれませんが頼まれても絶対にその容器に近寄りたくないあたりがおそロシア。

例:ロシアでのUF6関係のプラントの場所[文献5]

ともかく、9Nくらいまでならイ〇ンとか北〇鮮とかの国々は中国やロシアなどの旧共産国ルートで瀬取り・密輸などを通じてウランや化学合成用途に色々準備して作れてしまう可能性があるわけです、別に韓国を通さなくても

ということで、やっぱり規制対象にする大義がわからない。韓国が確実にあっちへ流していたという証拠をこちらが確実に持っていて明示出来るのなら十分大儀にはなるのでしょうが、それが表に出てこない時点でもはやよくわからないのが正直にこの話に向き合った感想です。実際色々ちぐはぐなところがあり日本側もむこうも実はプロレスやってるだけじゃねぇかと思わずにおられません。どっちの政権も背景にめんどくさそうな団体がいるので邪推してしまいますが、せめて下図のようにわかりやすく笑える形でやってもらいたいなぁというのが筆者の本音です。

トランプ現大統領のWWEでの一幕(2008年・Youtubeより引用 リンク)
毛刈りに遭ってるのは当時WWE社長のVince McMahon

【おわりに】

そもそもが、本当に国益考えてたらもっと他にやることあるだろと心から思うのですがこういうハデなトラブルっぽいことが表に出てくるときは何らかの目くらまし、というのが一般的かと。お互い一時的に支持率が上がったりしてるみたいですから実はそういうプロレスなんじゃないでっすかねぇ。

・・・邪推はともかく、大義がどこにあるかあんまりわからない国家的対応によってマジメに商売している化学メーカ各位がめーわくを被っていることが一番の問題である点は決して蔑ろにすべきではないと思います。筆者はどっちの国が正しいとか興味が無いのですが、旧共産主義圏と資本主義圏の狭間に居る国々である以上、どこまでいっても”どっちの国も何かのサラリーマンだ”と思って立ち回るしか選択肢が無いことをあらゆる方々が認識しなくちゃいかん気がします。平たい話がどっちかのサブ植民地っぽい形になっているわけですよ。

個人的には今回の出来事は「企業の技術が政治のカードに利用されうる前例を作った」という点で警戒すべき事案ではないかと思います。第二次世界大戦前に多く見られたように産業や技術は政治のおもちゃになる可能性を含んでいることは歴史が示すとおりで、いい時代への傾向ではないのかもしれんのがちょっと不安なところです。

しかし筆者が知っている各国の方々はどの人も能力的に優れた良い人が多いのに、集団化するとどっちも奇妙な方向に行こうとするというのは本当に不思議で、こりゃもう社会システム自体が本質的に持つバグみたいなものなのかもしれません。結局のところ技術者としては自分らが関わっている案件がなにかの不幸せになることの確率が減ることを願うことしか出来ないのですが。

ということで今回はこんなところで。

【参考文献】

  1. “Fluorine: a key enabling element in the nuclear fuel cycle”, The Journal of The Southern African Institute of Mining and Metallurgy, VOLUME 115, OCTOBER 2015,  リンク
  2. “Uran: Vom Erz zum Brennelement”, FH Münster, リンク
  3. “Uran: Vom Erz zum Brennstab”,  Sonja Schütte, Christoph Schlüter, FH Münster,  リンク
  4. “Radiochemistry Group of the Royal Society of Chemistry”, the Royal Society of Chemistry Radiochemistry Group, RSC, リンク
  5. “海外ウラン濃縮企業動向”, 2013年, JAEA, リンク
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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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