有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2019年8月号がオンライン公開されました。
ひとによって期間の違いはあれど、夏休みがあるひとも多いかと思います。涼しい室内で有機合成化学協会誌を読んで、最新研究を学びたいものです。
今月号も充実した内容となっています。キーワードは、「パラジウム-フェナントロリン触媒系・環状カーボネート・素粒子・分子ジャイロコマ・テトラベンゾフルオレン・海洋マクロリド」です。今回も、会員の方ならばそれぞれの画像をクリックすればJ-STAGEを通してすべてを閲覧することが可能です。
追悼:森 謙治先生を偲ぶ
東京大学大学院農学生命科学研究科 滝川浩郷 教授による追悼記事です。
フェロモンの合成研究に代表される数々の偉業で大変著名な森先生。有機合成をやっていて知らない人はいないかと思います。平成31年4月16日にご逝去されました。心よりご冥福を御祈り致します。
本追悼記事はオープンアクセスです。
巻頭言:有機合成化学協会;情報・知恵の融合と創発の場で育てていただいて
今月号は慶應義塾大学薬学部 須貝 威 教授による巻頭言です。
パラジウム-窒素系二座配位子錯体触媒を用いる芳香族複素環の炭素−水素結合直接官能基化反応
本総合論文は,パラジウム-フェナントロリン触媒系によるイミダゾールやチエニルチオアミドなどの複素芳香族化合物の炭素-水素結合を位置選択的にアリール化する反応が記されています.本触媒系の特徴と既存系との比較,一部の触媒系については反応機構についても合わせて議論されています.
環境調和型環状カーボネート合成を志向した触媒反応系の構築
長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科 中村 巧、岡田めぐみ、白川誠司*
本論文は、エポキシドと二酸化炭素の反応による工業的に重要な環状カーボネートの合成について述べています。独自の触媒設計について丁寧に説明されているだけでなく、大気圧下での二酸化炭素の使用にこだわって研究を進めてきた裏話なども書かれています。ぜひご覧ください。
素粒子を用いる有機分子の反応解析:開殻一重項複素環化合物のミュオンスピン分光研究
素粒子ミュオンとそれを利用したミュオンスピン分光法について、背景や解析の具体例がまとめられています。有機合成化学者にとってミュオンスピン分光法は馴染みが薄いため、化学者の立場から書かれた本総合論文は新鮮に映るのではないでしょうか。また、読者がミュオンスピン分光法に触れる際にも有用です。
大規模カゴ型アルキル骨格内にπ電子系が架橋した「分子ジャイロコマ」の合成構造化学
首都大学東京 大学院都市環境科学研究科 瀨髙 渉*、稲垣佑亮
結晶中で回転運動する分子マシン「分子ジャイロコマ」についての論文です。回転子の構造や外枠となる架橋鎖の長さの違いによる回転挙動、物性の違いが、その評価法とともに大変わかりやすく紹介されています。結晶中でも分子は動いている!と改めて実感するとともに、物性の理解には静止構造(のスイッチング)だけでなく“動き”も重要という、分子マシンの本質を示した内容でもあり、読みごたえがあります。
π拡張フルオレン(テトラベンゾフルオレン)の構造、反応そして特異な光物性
兵庫県立大学大学院工学研究科 川瀬 毅*、井上翔悟、西田純一
フルオレンは多岐にわたり研究されている。本稿で紹介するテトラベンゾフルオレンは、シンプルなフルオレン誘導体にも関わらず、これまで注目されていなかったが、置換基の導入によって興味深い様々な光学機能を発現した。シンプル過ぎるがゆえに、見落とされていた有用な材料骨格であろう。
海洋マクロリド天然物iriomoteolide-2aの全合成:複雑な天然物の構造決定と生物活性評価における全合成の役割
海洋マクロリドiriomoteolide-2aの全合成と構造改訂に関する論文です。Chemical shift deviation analysisという手法を駆使して真の化学構造を導き出すストーリーが分かりやすく述べられており、本稿を通して、天然物の立体配置の決定において全合成が未だに重要な役割を担っていることを再認識することができます。
Rebut de Debut
今月号のRebut de Debutは3件あります。すべてオープンアクセスです。
・芳香族ニトロ化合物の生体分子との共有結合形成反応(理化学研究所生命機能科学研究センター)渡辺賢司
・ジケトピロロピロール誘導体の合成と機能材料への展開((公財) 相模中央化学研究所・電子材料化学グループ)山縣拓也
・多置換インドール骨格を有するNodulisporic Acid類の全合成研究(富山大学大学院理工学研究部)岡田卓哉
感動の瞬間:キラルリン酸触媒の開発
今月号の感動の瞬間は、学習院大学理学部 秋山 隆彦 教授による寄稿記事です。
今や誰もが知っているキラルリン酸触媒が、秋山先生の元で如何にして生まれ、そして育ったかを知ることができます。オープンアクセスです。
これまでの紹介記事は有機合成化学協会誌 紹介記事シリーズを参照してください。