第215回のスポットライトリサーチは、中部大学総合工学研究所分子性触媒センター助教・村松渉先生にお願いしました。
村松先生の所属する山本研究室は、中部大学で再スタートを切って以来、ペプチド合成にまつわる方法論の開発に注力しています。今回の成果はプレスリリースでも大々的にアピールされているとおり、ペプチド医薬の価格を格段に下げるかもしれない画期的成果です。本成果はJ. Am. Chem. Soc.誌原著論文として公開されています。
“Substrate-Directed Lewis-Acid Catalysis for Peptide Synthesis”
Muramatsu, W.*; Hattori, T.; Yamamoto, H.* J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 12288. doi: 10.1021/jacs.9b03850
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
従来のペプチド合成は、縮合剤を用いる反応剤支配型のペプチド固相法に多くを依存しており、それらは活性エステルを経るため、ラセミ化のリスクを潜在的に有していました。一旦生じた異性体は分離精製が容易ではなく、また大量合成には不向きであることも相まって、ペプチドの生産コスト削減を阻む一要因となっています。今回我々が開発したタンタルおよびチタン触媒を用いる基質支配型のペプチド液相法は、それらの問題点を解決し得る新しい技術として、今後従来法に取って代わると期待しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
先行論文として、山本先生と辻先生(日本大学川面研究室助教)がセリンとスレオニンの水酸基を配向基とするアミド化反応を報告しておりましたが、アミノ酸の基質一般性に欠けていました(JACS 2016, 138, 14218–14221)。そこで、アミノ酸の共通部位を探していたところ、ペプチド合成に汎用されているBoc, Cbz, Fmocの三大保護基には、水酸基と同様に酸素原子が含まれていることに気付きました。そこで、これらが水酸基に代わる配向基とならないかと考え、検討を十分に重ねた結果、最大限に配向基効果を得るための条件として無溶媒が有効であることが分かりました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
当初はアミノ酸のメチルエステルを用い、ペプチド合成を行なっておりました。しかし、一部の嵩高い側鎖を有するアミノ酸を用いた場合にアミド化がスムーズに進行せず、一般性に問題が生じておりました。そんなとき、山本先生が発した「シリルエステルにしてみれば」の一言で、本研究が大きく進展しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
ペプチドや天然化合物の合成、多官能基性化合物の誘導化において、現状保護基の着脱操作は必要不可欠のものとなっています。また、その過程で生じ得る異性体の分離は容易ではありません。これらの問題を抜本的に解決する新しい試みに、化学のみならず様々な分野からアプローチしていきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
これまでお世話になった先生方には、度々「良いアイデアを思いついたら、後回しにせず、直ぐに反応を試しなさい」とご教授いただいてきました。今回はその言葉が功を奏した典型例だと思います。本研究のアイデアは、休日に水泳を楽しんでいる際に思いつき、急いで研究室に戻って実践したことが成功につながったと思います。また、これまでペプチド合成と殆ど縁がなかったことが、ペプチド合成の常識に囚われない無溶媒反応の開発につながったと考えています。経験則も大切ですが、あまりそのことに囚われず、自分のイメージしたことを取り敢えず試してみることが成功の第一歩だと思います。
研究者の略歴
名前:村松 渉(Muramatsu Watrau)
研究テーマ:革新的ペプチド合成法の開発
現職:中部大学総合工学研究所 分子性触媒センター 助教