第216回のスポットライトリサーチは、富山大学大学院医学薬学研究部(松谷研究室)・高山 亜紀 助教 にお願いしました。
今回紹介する内容は、Diels-Alder反応に用いられる高活性化学種としても知られる「オルトキノジメタン」を生成する新手法の開発です。大抵のケースでは高温が必要でなかなか制限が多かったのですが、独自の着想からこの発生を室温下に実現し、生体適合な応用にも目が向けられるようになったというものです。Chem. Commun.誌原著論文、およびプレスリリースとして公開されています。
“Facile o-quinodimethane formation from benzocyclobutenes triggered by the Staudinger reaction at ambient temperature”
Kohyama, A.; Koresawa, E.; Tsuge, K.; Matsuya, Y. Chem. Commun. 2019, 55, 6205. doi: 10.1039/C9CC01679A
研究室を主宰されています松谷 裕二 教授から、高山先生について以下の人物評を頂いております。
高山さんが東北大で博士(薬科学)の学位を取得して、私の研究室に助教として着任してから、3年と少しが経過しました。当ラボでは、それまでの研究経験を生かして、これまで私には思い付かなかった切り口から新知見の発掘に挑み続けてくれています。今回の研究成果は、当ラボで扱い続けてきた「ベンゾシクロブテン」の新たな活用に道を拓くものであり、今後の大きな展開が期待されます。私は「ベンゾシクロブテン」を合成のツールとしてしか見てきませんでしたが、高山さんはケミカルバイオロジー的な視点から見つめ直して、今回の新発見に結び付けています。当ラボに新しい風を吹き込むような、斬新なアイディアに今後も期待が大です。
それでは今回も、現場からのコメントをお楽しみ下さい!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
歪んだ四員環をもつベンゾシクロブテン (BCB) は,四員環開裂を起こし高反応性化学種であるオルトキノジメタン (OQM) を生成することから,合成化学的に有用な化合物です。しかし,通常BCBの四員環開裂は加熱や強塩基性といった激しい条件を必要とします。
今回我々は,加熱や強塩基を要しない温和なOQM発生法を開発しました。この方法では,Staudinger反応を引き金とし,室温で不活性な四員環 (アジドBCB) を活性型 (イミノホスホランBCB) に変換することで“室温下でのOQMの発生”が達成できました(冒頭図)。本論文では,反応機構解析に加え,その応用の一端として,室温下における2分子連結反応を報告しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
はじめに「生体直交型反応を開発したい」という気持ちがあり,「室温条件で高反応性化学種を発生させる方法をまず開発しよう」と考え研究に着手しました。過去の研究から,BCB四員環上の電子供与性置換基は,環開裂の反応性を高めることが知られています (下図)。研究当初は,25 °Cで環開裂すると考えられていたアミノBCBを利用しようと試みました。しかし,モノによっては環開裂に加熱が必要である等,アミノBCBは使いにくい基質であると分かりました。
「そもそも室温で高反応性化学種に変わるくらい不安定な化合物を基質に設定したのはナンセンスだったか?」と落ち込みましたが,その後,アジドBCBのStaudinger反応が使えるのではないかと気づきました。中間体のイミノホスホランBCBは報告例がありませんでしたが,アミノ基よりも強い電子供与能をもつイミノホスホラン置換基によって,室温での環開裂が可能になることが予想されました。予想通りの結果が得られたとても嬉しかったことを覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
「イミノホスホランBCBが,室温で四員環開裂を起こしている」と証明するための実験が難しかったです。OQMの生成を確認する実験では,通常,マレイミドなどを共存させて捕捉させる方法が用いられます。しかし,我々の系では,マレイミドが試薬として用いるホスフィンと反応するために,そのような方法がとれませんでした。結局,用いる基質の構造を上手く設定することで,2通りの方法(1,5-水素移動,分子内Diels-Alder反応)でOQMを捕捉することができました。この証明実験や反応機構解析については,修士の是澤さんに粘ってもらった部分が大きいかと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
今回の研究のモチベーションは「生体直交型反応開発のための化学的土台をつくる」ことでした。これには,学生時代に分子生物学実験に携わる機会をいただいたことが駆動力となっています。有機化学の力を使い,分子生物学研究で(化学者にとって)ブラックボックスだった部分を明らかにすることが,私の大きな目標です。2つのギャップを埋めて,次の世代につながるような研究を行っていきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回は,論文の内容に加えて何を考えながら研究を行ったかについても紹介させていただきました。私の見出した反応は,応用という意味ではまだまだ未熟な反応ですが,これから学生とともに育てていきたいと考えています。毎日の研究生活は,いいことも悪いことも自分の血肉となるはずなので,もっともっと貪欲に研究したいと思います。ぜひ,私と一緒に研究を楽しみましょう!
最後に,本研究の遂行にあたり,多大なるご助言をいただきました松谷裕二教授をはじめとし,是澤恵莉修士,柘植清志教授に深く感謝申し上げます。また,杉本健士准教授には,身近で研究者として刺激をいただいています。この場を借りて深く感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:高山 亜紀(こうやま あき)
所属:富山大学大学院医学薬学研究部(薬学)
薬品製造学研究室(松谷裕二 教授)助教
研究テーマ:生物有機化学,創薬化学,有機合成化学
略歴:2011年3月東北大学薬学部創薬科学科卒業(指導教員:岩渕好治)
2016年3月東北大学大学院薬学研究科博士後期課程修了(指導教員:岩渕好治)
2016年4月〜現在 富山大学大学院医学薬学研究部(薬学)助教