第218回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究員・阿南静佳 博士にお願いしました。
阿南さんの所属する佐田研究室では、金属―有機構造体(MOF)を鋳型として用いる材料創製研究を、一つのテーマとして取り組んでいます。今回の研究では、MOFが極めて規則正しい構造を保っていることに着目し、柱となる有機化合物を連結させて制御された高分子材料を作り出すという、新たな考え方の提案を行っています。本成果はAngew. Chem. Int. Ed.誌原著論文およびプレスリリースとして公開されています。
“Step‐Growth Copolymerization Between an Immobilized Monomer and a Mobile Monomer in Metal–Organic Frameworks”
Anan, S.; Mochizuki, Y.; Kokado, K.; Sada, K. Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 8018-8023. doi:10.1002/anie.201901308
現場で研究を指揮された小門憲太 助教から、阿南さんについての人物評を頂いています。
阿南さんは、博士後期課程から私のグループに来て、学士、修士のいずれの分野とも違う分野の研究に従事してもらうことになりましたが、合成や測定の技術を非常に貪欲に吸収し、多くの結果を残してくれました。決して挫けない強靭な意志の持ち主であり、曖昧さを排除する徹底した姿勢で、”結晶の構成要素を繋いでいくと重合度がある値に収束する”という、一見すると不思議に思われる実験結果に潜む学理の解明に挑み続けてきました。その不断の努力が独自の高分子成長のモンテカルロシミュレーションの開発などに結実したと言えます。これからアカデミックの道に進むとのことですので、今後の成果に乞うご期待です。
それでは今回も現場のリアリティをご堪能下さい!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
この研究は高分子の新しい合成法に関する研究です。高分子合成では、溶液中に溶解したモノマーを重合する溶液重合や、液体のモノマーをそのまま重合するバルク重合や、結晶など固体状態のモノマーを重合する固相重合などが一般的です。今回の研究では、溶液重合と固相重合を組み合わせることで、重合度を制御可能な新しい合成手法を開発しました。反応点を2点ずつ有する二種類のモノマーを用いた重合である、A-A/B-B型の逐次重合(AとBが1:1で反応)において、A-Aモノマーを金属-有機構造体(MOF)の有機配位子として規則的に固定し、B-Bモノマーは溶液中および結晶の細孔中を運動可能な状況下で重合を行いました。結晶の中に、徐々にB-Bモノマーが取り込まれて、一方のBが反応によって固定化されますが、もう一方のBはB-Bモノマーの長さに応じて反応できる相手が周囲のいくつかのA-Aモノマーに制限されます。未反応のA-Aモノマーが周囲にいるときは、高分子が伸長しますが、すでに反応したモノマーしか周囲にいない場合、末端が生成します。この末端が生成する確率は、A-Aモノマーの並び方によって決定されるため、固定された方のモノマーの並び方で重合度を制御できることが見出されました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
重合機構の証明のために、シミュレーションを自分で作った点です。重合度があまり伸びない原因は、従来の重合のような反応の不完全さやモノマーの当量比の違いなどではなく、反応できる相手が制限されているけれど自由度があることが原因と考えました。最初は他の機構ではないことを示すような実験のデータを集めましたが、それだけでは先生方にあまり納得してもらうことはできませんでした。そこで、モンテカルロシミュレーションを自作し、モノマーが固定されていると重合度が伸びないことを示すことで、重合機構を納得してもらうことができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
結晶の中への侵入速度や結晶中での反応速度解析をしたところです。反応速度が侵入速度と比較して遅いため、結晶全体で反応が進行しているのだろうと考えていましたが、なかなかそれを示すことができませんでした。学生実験のTAで酵素反応を扱ったときに、結晶の中に取り込まれた分子が中で反応を起こすという系は、酵素反応に似ていると思いつき、同様の実験と解析を試みることで、速度の比較を行うことができました。また、この実験で小さな結晶中に取り込まれた分子を定量するのが難しく、結晶の周囲についた溶液のふき取り方など試行錯誤しながら行いました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
これまでに、タンパク質、磁性ナノ粒子、結晶、高分子と幅広い分野で研究を行ってきました。いろんな分野を学んだからこそ、今回の重合機構の着想に至ったと考えています。今後も特定の分野にこだわらず、新しい知識や技術を積極的に学ぶことで、誰も思いつきもしなかったような面白い発見をしていきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
数学科の先生のランダムウォークの講演を聞いたことや、学生実験TAで酵素反応を扱ったことなど、様々なことがきっかけとなって研究が進みました。新しい研究をするとき、すぐにはわからないことだらけですが、わからないことを常に頭の片隅に置いておいて、周囲にアンテナを張っていれば、「あ!自分の系もこうなっているんじゃないか?」と、理解につながるきっかけが得られることがあります。今回の研究を通じて、理解することをあきらめずに、データを積み重ねながら考え続けることが大事だと感じました。
最後になりましたが、ご指導くださっている佐田先生、小門先生をはじめとするお世話になった皆さま、そして研究を紹介する機会をくださったケムステのスタッフの方々に御礼申し上げます。