第210回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院分子工学専攻光有機化学分野(今堀研究室)修士課程(研究当時)の楜澤佑真さん、二村晋平さん、辻幸大さんの3名にお願いしました。
研究室では有機材料を用いる光化学の研究に取り組んできており、今堀博先生には以前ケムステでインタビューさせていただいております(「有機化学と光化学で人工光合成に挑戦」)。今回の研究は、新たな分子設計指針で縮環ポルフィリン色素を合成し、色素増感太陽電池において高エネルギー変換効率(10%超)を達成したというもので、JACSに掲載されるとともにプレスリリースされています。
“Renaissance of Fused Porphyrins: Substituted Methylene-Bridged Thiophene-Fused Strategy for High-Performance Dye-Sensitized Solar Cells”
Kurumisawa, Y.; Higashino, T.; Nimura, S.; Tsuji, Y.; Iiyama, H.; Imahori, H. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 9910-9919. doi:10.1021/jacs.9b03302
今回の記事にあたって、今堀先生からこのようなコメントを頂いています。
この記事を執筆してくれた3名の学生さん達が粘り強く取り組んでくれた結果、着想から4年の年月を経て素晴らしい研究成果を出してくれました。良い結果が短期的に得られなくても、研究の方向性が正しいと信じて研究を継続すれば、最終的に報われる良い例になったと思います。
それでは研究について質問していきましょう。
Q1. 今回の論文・プレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?
現在、ポルフィリン色素の中で世界最高のエネルギー変換効率を示す色素(GY50)を上回る性能をもつ、新規ポルフィリン色素(DfZnP-iPr)を開発することに成功しました(下図)。ポルフィリンに芳香環を縮環した縮環ポルフィリンは、高い光捕集能を持つ一方で、平面性の高さなどが原因で外部回路への電子の取り出しが効率的に行われないという問題により、エネルギー変換効率は低く、研究が下火になっていました。そこで本研究では、ポルフィリンに直接芳香環を縮環せずに、炭素原子を一つ挟み込んで芳香環を縮環させた色素を開発することで、高性能化を目指しました。縮環位置による性能の違いや色素の立体の影響を分析し、分子構造の再設計を繰り返すことで、世界で初めて縮環ポルフィリン色素で10%を超えるエネルギー変換効率を達成し、GY50に匹敵する性能を示しました。この結果は、縮環ポルフィリン色素に再びスポットライトを当て、色素増感太陽電池の新たな分子設計指針を与えたと言えます。さらに、LEG4という有機色素を組み合わせることで、今回開発した色素がGY50を上回る性能を示すことを明らかにしました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
(楜澤)色素増感太陽電池を作製し性能を評価する際には、各増感色素に対して10を超えるパラメータの最適化を行うことになりますが、その最適化過程は特に思い入れがあります。初期条件では性能が悪くても、少しパラメータを変えるだけで性能が大幅に良くなるということもあります。これが色素増感太陽電池の研究において最も苦労する部分であり、最も楽しい部分でもあると思います。先輩方から引き継いだ研究ということもあり、必ず参照色素を超えるような性能を出すという強い想いを持って取り組んでいたので、参照色素を超える性能を達成できた際には、大きな達成感と喜びを感じたことを覚えています。
(二村)増感色素の分子設計においては、置換基の選択が非常に重要になります。私が合成した色素は、置換基のわずかな嵩高さの差が決め手で、参照色素より電池性能が劣るという結果となり、非常に悔しい思いをしました。しかし置換基を変更した後続の色素が、参照色素を超える性能を示したことで、自身の研究も無駄ではなかったな、と感じることができました。素晴らしい研究にしあげてくれた後輩に感謝しています。
(辻)最も思い入れがあるのは、sp3炭素を介してポルフィリンに他の芳香環を縮環した点です。平べったい分子であればあるほど太陽光を効率良く吸収できます。しかし平べったい分子ほど分子同士が重なってしまい、色素増感太陽電池には向きません。この矛盾を解決するためには、平面性を維持しつつも分子同士の重なりを阻害しなければなりませんでした。そしてそれを叶えたのがsp3炭素を介した縮環でした。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
(楜澤)合成した色素を色素増感太陽電池へ応用し性能が思い通りにならない場合、その原因をどのように解明し、次の分子設計にどのようにつなげるのかというのが課題でした。電子移動過程や酸化チタン膜上での色素の様子など、「目に見えない」ものを測定結果から想像し分析することになるので、改善できると考えて設計したにも関わらず性能が悪化してしまうということが何度もありました。測定結果だけでなく実験を行う中での小さな気づきを大切にしたこと、可能性をひとつひとつ丁寧につぶしていく地道な努力を続けたこと、これらが成功の要因だったように思います。
(二村)前述のように、色素の構造のわずかな差が大きな電池性能の差に繋がるところが、難しくもあり、また興味深い所でもありました。わずかな差がプラスにもマイナスにも働き得る為、色素の電池性能が低かった場合でも、長所と短所を整理し短所を改善すれば、実は素晴らしい色素だった、ということもあります。ひとつの結果が悪くても、全てを否定するのではなく、地道に問題点を潰し改良していくことが大切である、という研究の基本姿勢を学べたように思います。
(辻)sp3炭素を介して他の芳香環と縮環されたポルフィリンというのはほとんど報告例がなく、手探りで10ステップ以上ある有機合成を進めました。幸い、今堀研にはポルフィリン誘導体の合成・物性に関する知見が蓄積されていますので、何通りもの反応条件をしらみ潰しに試し、sp3炭素上のアルキル鎖の長さも少しずつ変えることで、ようやく炭素4つ分の長さで縮環させることに成功しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
(楜澤)化学の一番の魅力は、今まで存在しない新しい物質を自分の手で自由につくることができる点だと思います。現在私は企業で化学を使った研究に携わっていますが、化学の持つこの本質的な面白さを忘れることなく、化学の力で世界を変えるような研究を成し遂げたいと考えています。
(二村)私が携わった縮環ポルフィリン色素は、分子構造を眺めているだけでワクワクするような構造をしていました。現在は化学メーカーに勤務していますが、これからも好奇心を失わず、当時を超える「ワクワク感」を感じるような研究をしていきたいと思います。
(辻)「エネルギーの形態を変化させて使えるエネルギーにする・より少ないエネルギーで同じことができるようにする・使わないエネルギーを貯蔵する」これらの技術を全て可能にするためには化学の力が必要不可欠で、私は化学の知識を生かして、エネルギーを今よりもっと上手く使える社会の実現に少しでも貢献したいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
(楜澤)失敗してもあきらめず根気強く努力し続けることが研究において最も大切なことだと思います。研究に失敗はつきものです。思わしくない結果、想定外の結果にも誠実に向き合うことで、成功につながる何かがきっと見えてきます。
(二村)研究をしていれば良い結果にも悪い結果にも、たくさん遭遇するかと思いますが、ひとつの結果にめげずに、前向きに分析することが大切だと思います。
(辻)化学という学問は多様性に富んだ学問であり、割と簡単に世界初のモノや現象に出会うことができます。しかし、その世界初のモノや現象に意味を見つけるのは自分自身ですので、色んなことを学び、経験して発想力を養ってください。
ご指導いただきました今堀先生、東野先生、梅山先生をはじめとする、研究に携わっていただいた皆様に、この場を借りて感謝申し上げます。
関連リンク
研究者の略歴
名前:楜澤 佑真(くるみさわ ゆうま)
所属:富士フイルム株式会社
略歴:2017年3月 京都大学工学部工業化学科 卒業
2019年3月 京都大学大学院工学研究科分子工学専攻 修士課程修了
名前:二村 晋平(にむら しんぺい)
所属:株式会社 日本触媒
専門:無機触媒
略歴:2016年3月 京都大学工学部工業化学科 卒業
2018年3月 京都大学大学院工学研究科分子工学専攻 修士課程修了
名前:辻 幸大(つじ ゆきひろ)
所属:JFEスチール株式会社
専門:コークス製造
略歴:2015年3月 京都大学工学部工業化学科 卒業
2017年3月 京都大学大学院工学研究科分子工学専攻 修士課程修了