グラム陰性菌に対するプロドラッグにジグリシンを結びつけると、細菌内加水分解が劇的に加速することが見出された。細菌内で迅速に抗生物質が生成するため高い抗菌活性を示す。
多剤耐性グラム陰性菌
抗生物質耐性をもつグラム陰性菌が引き起こす感染症は公衆衛生上大きな脅威となり、時に我々の生命に危険を及ぼす。
これまで多くの抗グラム陰性菌剤が開発されてきたが、細菌の薬剤耐性発現の速度に、効果的な解決策の開発が追いついていないのが現状である。そのため、多剤耐性グラム陰性菌に対する新規治療法の開発が求められている[1]。近年、新薬開発と異なるアプローチとして、既存の抗グラム陰性菌剤に別の機能をもつ化合物を連結して、抗菌活性の向上や、副作用の低減を図るアプローチが注目されている。例えば、抗グラム陰性菌薬であるシプロフロキサシンに対して、Nolanらはシデロホアを、Yanらはペルフルオロアリール基を連結させることで、それぞれ種選択性、抗菌活性の向上に成功している(2)。
一方で、本論文の著者であるXu教授らは、一般的に細胞内に取り込まれにくいD–ペプチドにタウリンを連結すると、哺乳類のがん細胞への取り込み効率が上がることを報告している(Figure 1A)(3)。このコンジュゲートは細胞内エステラーゼの加水分解を受け自己集積性のD-ペプチドを生じる。
今回、ブランダイス大学のXu教授、Lovett教授らは、細菌のタンパク合成阻害剤クロラムフェニコール(1:CL)のプロドラッグ(2:CLsu)とジグリシン(GG)とのコンジュゲート(3:CLsuGG)が、グラム陰性菌のオリゴペプチドトランスポーターを介して細胞内に取り込まれば、多剤耐性グラム陰性菌への有効なアプローチになると考えた。
詳細な検討の結果、3はグラム陰性菌内のエステラーゼによる加水分解を受け迅速に1を生成することで、大腸菌株に対し2のおよそ10倍の抗菌活性を示すことを見出した(Figure 1B)。
“Diglycine Enables Rapid Intrabacterial Hydrolysis for Activating Anbiotics against Gram-negative Bacteria ”
Wang, J.;Cooper, D. L.; Zhan, W.; Wu, D.; He, H.; Sun, S.; Lovett, S. T.; Xu, B. Angew. Chem., Int. Ed.2019, 58, 10631-10634.
DOI: 10.1002/anie.201905230
論文著者の紹介
研究者:Bing Xu
研究者の経歴:
1987–1990 M.S., Nanjing University
1991–1996 PhD., University of Pennsylvania (Timothy Swager)
1996–1997 Postdoctoral Fellow, Massachusetts Institute of Technology (George Whitesides)
1997–2000Postdoctoral Fellow, Harvard University (George Whitesides)
2000–2005Assistant Professor, The Hong Kong University of Sci & Technol.
2006–2008Associate Professor, The Hong Kong University of Sci & Technol.
2008–2010 Professor, The Hong Kong University of Sci & Technol.
2009– Professor, Brandeis University, Department of Chemistry
研究内容:細胞内自己集積型超分子薬の開発、自己輸送薬の開発
研究者:Susan T. Lovett
研究者の経歴:
1973–1977 B.A., Cornell University
1977–1983 Ph.D., University of California, Berkeley
1989–1995Assistant Professor, Brandeis University
1995–2003 Associate Professor, Brandeis University
2003–Professor, Brandeis University, Department of Biology
研究内容:DNA損傷修復および突然変異回避の研究
論文の概要
著者らはまず、CL(1)、CLsu(2)及び、グリシンコンジュゲート3–5の大腸菌K12株に対する抗菌活性を評価した(Figure 2A)。その結果、複数のグリシンをもつ3、5のMIC値が単純なCLと同等であることが明らかとなった。
続いて、カルボキシエステラーゼ(CES)の添加による3の抗菌活性の変化を調べたところ、CESの有無は抗菌活性にほとんど影響を与えず、細菌内で3が加水分解されていることが示唆された。実際に大腸菌の細胞抽出物を用いて2–5の加水分解速度を比較した結果、3および5の加水分解が非常に速いことが分かった(Figure 2B)。
この結果からオリゴグリシンコンジュゲートが細菌内でエステラーゼにより迅速に加水分解され1を生成することで、高い抗菌活性が発現していることが考えられる。なお、エステラーゼ遺伝子を欠損させた複数の変異体を用いた実験から、種々のエステラーゼが3の加水分解に関与することが示唆されている。詳細は論文を参照されたい。
タンパク合成阻害剤である1は強力な抗菌活性をもつものの、哺乳細胞に対して骨髄抑制などの重篤な副作用を示す。コンジュゲートとした時の副作用を明らかにするため、ヒト骨髄間質細胞HS-5に対する1–3の細胞毒性を調査した(Figure 2C)。
1はHS-5細胞の生存率を低下させたのに対し、2および3はHS-5細胞に対してほとんど無害であった。この結果から、GGの結合によってCLの副作用を減らせる可能性が示唆されている。さらに、本手法は異なる抗菌剤にも適用できた。シプロフロキサシン誘導体6、およびそのコハク酸エステル7、GG複合体8(Figure 2D)の抗菌活性を評価したところ、8が6と同等の活性を示した(Figure 2E)。
さらに、6–8のHS-5細胞への毒性評価ではジグリシンコンジュゲートがもっとも毒性が低いことが分かった(Figure 2F)。
以上、単純なジグリシンを既存のプロドラッグに結合させることにより、抗菌薬の活性化と副作用の抑制を行える新規手法が開発された。本手法が多剤耐性菌に対する新規治療法として実用化されることに期待したい。
参考文献
- Butler, M. S.; Blaskovich, M. A.; Cooper, M. A.; J. Antibiot .2013, 66, 571. DOI: 10.1038/ja.2013.86
- (a) Neumann, W.; Sassone-Corsi, M.; Raffatellu, M.; Nolan, E. M. J. Am. Chem. Soc.2018, 140, 5193. DOI: 10.1021/jacs.8b01042 (b) Xie, S.; Manuguri, S.; Proietti, G.; Romson, J.; Fu, Y.; Inge, A. K.; Wu, B.; Zhang, Y.; Häll, D.; Ramstrçm, O. Proc. Natl. Acad. Sci. USA.2017, 114, 8464. DOI: 10.1073/pnas.1708556114
- Zhou, J.; Du, X.; Li, J.; Yamagata, N.; Xu, B. J. Am. Chem. Soc. 2015,137, 10040. DOI: 10.1021/jacs.5b06181