有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2019年7月号がオンライン公開されました。
夏ですね。余談ですが最近筆者の研究室では、ドクターの学生がReview de Debutの形式に倣って独自にmini reviewを作成し、それを用いた勉強会を行っています。勉強会の方法としてはまだまだ試行錯誤中ですが、Review de Debutを書くこと自体は、簡潔に内容をまとめることや最新のアツい研究に目をつけることのいい訓練になっているのではないかなと感じます。参考に有機合成化学協会誌をたくさん読むことで有機合成化学の勉強にもなりますし、おすすめです。
今月号も盛りだくさんです。キーワードは、「ジアステレオ選択的Joullié-Ugi三成分反応・(-)-L-755,807 の全合成・結晶中構造転移・酸素付加型反応・多孔性構造体」です。今回も、会員の方ならばそれぞれの画像をクリックすればJ-STAGEを通してすべてを閲覧することが可能です。
巻頭言:7合目にて思うこと
今月号は京都大学大学院工学研究科 大江 浩一教授による巻頭言です。
古典や大江教授ご自身の体験から、「なぜ、何のために行うのか」という研究の原点を私たちに問いかけています。
オープンアクセスですので、必見です。
追悼記事:中西香爾先生のご逝去を悼む
東北大学 原田宣之教授による追悼記事です。
ジアステレオ選択的Joullié-Ugi三成分反応を鍵とするプラスバシンA3の全合成
従来ジアステレオ選択性の制御が難しいとされてきたJullié-Ugi反応を詳細に検討して、スマートにジアステレオ選択性を制御することに成功し、天然物合成にも使用できる信頼性の高い方法に仕上げています。これを基盤としたプラスバシンA3の全合成と人工アナログを用いた活性評価、三次元構造と活性の相関まで行い、創薬における有機合成化学の重要性を体現した読み応えのある総合論文です。
(−)-L-755,807の全合成およびアミロイドβ凝集阻害活性
明治薬科大学大学院薬学研究科 田中耕作三世、小林健一*、古源 寛*
立体選択的な Darzens 縮合を鍵とした(-)-L-755,807 の初の全合成と、全立体構造の解明についてスマートに述べられています。複数の立体異性体を合成して初めてわかることがある、という有機合成化学の醍醐味を改めて思い知らされます。本化合物はブラジキニン B2受容体拮抗作用とAβ凝集阻害活性を併せ持つということで、今後のアルツハイマー型認知症治療薬への応用展開が期待されます。
結晶固体中で有機分子は動く:緩やかな構造転移とスピン転移/クロスオーバー
電気通信大学大学院情報理工学研究科 嘉代 敦、京田幸也、岡澤 厚、石田尚行*
有機磁性体は難しい、と感じる方が多いかと思います。しかし、有機合成の研究者の合成力と発想で分子設計・結晶設計に新しい風を吹き込むことができるのです。結晶中の構造転移を伴うスピン転移に関して、丁寧でわかりやすい解説と共に、その可能性について述べられています。
空気中の酸素分子を用いる二重結合の触媒的酸素付加型二官能基化反応の開発
空気中の酸素を基質に取り込む「酸素付加型反応」は、最も理想的な酸化反応の1つではないでしょうか?本稿では、空気中の酸素を酸化剤として用いる二重結合の酸素付加型二官能基化について、筆者らの最近の研究が大変分かりやすくまとめられています。
カルボン酸の水素結合で組み上げた多孔質有機フレームワーク
水素結合のみで安定な多孔性構造体(HOF)を構築する秘訣(分子設計、結晶化のコツ)が述べられています。有機結晶に深く取り組んでこられた著者らの集大成というべき内容になっています。幾何学的に美しい結晶構造を眺めるもよし、その構築原理を想像するもよし、物性や機能に思いを馳せるもよしといった想像力がかき立てられる内容です。
Rebut de Debut
今月号のRebut de Debutは4件あります。すべてオープンアクセスです。
・自己組織化ペプチドの分子設計戦略と再生医療への応用(東京工業大学生命理工学院)佐藤浩平
・ジアリールスルフィド類の新規合成手法の探索(北里大学理学部化学科)上田将史
・オキセタニル骨格を活用したペプチドミメティック化学への展開(東京医科歯科大学生体材料工学研究所)小早川拓也
・後周期遷移金属錯体のβ-炭素脱離による炭素-炭素結合の活性化反応(大阪大学大学院薬学研究科)大野祥平
ラウンジ:Stanford大学 Eric T. Kool研究室への留学 ―核酸のケミカルバイオロジー―
今月号のラウンジは、味の素株式会社の田原 優樹博士の執筆記事です。
非常に興味深い研究内容とともに、研究留学にかけた想いや体験談がアツく語られています。私ももう一度留学に行きたくなりました。
Message from Young Principal Researcher (MyPR):ある若手PIの回想
今月号のMyPRは、金沢大学医薬保健研究域薬学系 大宮 寛久教授の執筆記事です。
記事にある大宮先生の「駆け出しの頃」は、筆者の世代の研究者の学生時代にあたります。当時の有機合成化学のライジングスターとして大変有名で、当時から筆者もとても憧れています。
大宮先生の生の声が聞けた気がします。必読です。
感動の瞬間:感動のきっかけを与えてくれた人とのつながり
今月号の感動の瞬間は、横浜薬科大学薬学部 高橋 孝志教授による寄稿記事です。
多くの化学者とのつながりと、つながりの中で経験した驚き・感動について詳細に記されています。オープンアクセスです。
これまでの紹介記事は有機合成化学協会誌 紹介記事シリーズを参照してください。