[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

強塩基条件下でビニルカチオン形成により5員環をつくる

[スポンサーリンク]

LiHMDSと弱配位性アニオン塩触媒を用いた分子内C–H挿入反応が開発された。系内で調製したリチウム弱配位性アニオン塩触媒により、ビニルカルボカチオンが生じ、ヘテロ原子を含む化合物でもC–H挿入反応が進行する。

カルボカチオンを用いたC–H挿入反応

カルボカチオンは現代有機化学において医薬品や有機材料の合成に重要な役割を果たしてきた(1)。カルボカチオンは古くからルイス酸やブレンステッド酸、また強酸性な「マジック酸」で生成される。最近では、剛直で弱配位性アニオン塩(WCA)を用いたシリリウムイオン(R3Si+)も様々な化合物にカルボカチオンを生成できることが知られている(2)。このような強力な求電子性試薬は炭化水素からも反応性カルボカチオンを生成するが、ヘテロ原子の豊富な複雑な化合物に適用できない(3)
最近UCLAのNelson助教授らはアリール/ビニルカルボカチオンが不活性sp3C–H結合を“活性化”し、その結果高収率でC–H挿入反応が進行することを報告した(図1a,1b)(4)。しかしこれらは、1) 高求電子性のシリリウムイオンを用いる必要がある、2) WCAとして汎用でないカルボランアニオンを用いなければならない、3) 基質一般性が狭いという課題があった。
今回、Nelsonらは強塩基条件下(LiHMDS)、高エネルギービニルカチオンを生成できることを発見した。WCAに市販のテトラキスアリールボラート塩を用いることができ、それを触媒として用いた分子内sp3C–H挿入反応を開発した(図1c)。本反応は、ヘテロ原子を含む基質でも反応が進行する。

図1. カルボカチオンを用いたC–H挿入反応

 

Vinyl Carbocations Denerated under Basic Conditions and Their Intramolecular C–H Insertion Reactions
Wigman, B.; Popov, S.; Bagdasarian, A. L.; Shao, B.; Benton, T. R.; Williams, C. G.; Fisher, S. P.; Lavallo, V.; Houk, K. N.; Nelson, H. M. J. Am. Chem. Soc2019,141, 9140.
DOI: 10.1021/jacs.9b02110

論文著者の紹介


研究者: Hosea M. Nelson
研究者の経歴:
2004B.S. Department of Chemistry, UC Berkeley
2012 Ph.D., Caltech (Prof. Brian M. Stoltz)
2015 Postdoc, UC Berkeley (Prof. F. Dean Toste)
2015– Assistant Professor (Principal investigator), UCLA
研究内容:典型元素の触媒反応、生物活性分子の全合成、ケミカルバイオロジー

論文の概要

シクロオクテニルトリフラート1にトリチリウムテトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボラート触媒存在下、LiHMDSを作用させると分子内C–H挿入反応(渡環反応)が進行し、良好な収率でビシクロオクタン骨格をもつオレフィン2が生成した(図2A)。本反応は、1の3-アリール置換部位に、ヘテロ原子をもつ基質:ベンジルモルホリン体2aとチオエーテル体2bであっても進行し、電子不足なアレーン2cでも良好な収率で生成物が得られる。なお、得られる生成物はオレフィンの異性体の混合物であり(スチレニル型オレフィン、3置換オレフィンおよび4置換オレフィン)、スチレニル型オレフィン体のみ単離可能であった。また、C2位が置換された3を用いた場合、エキソメチレン体(E体:54%、Z体:28%)が良好な収率で得られた。さらに、ヘテロ原子やハロゲンを含むベンゾスベロン誘導体5も高収率で分子内C–H挿入反応が進行した。
著者らは、各種実験とDFT計算、Gutmann–Becket法により反応機構解明を試みた結果、本反応の反応機構を次のように提唱した(図2B)。まず、LiHMDSと弱配位性アニオン塩で形成するルイス酸性のリチウム種がトリフラートを捕捉し、ビニルカチオンが生成する(I)。次に、渡環C–H挿入反応によりビシクロオクタン骨格を形成する(II)。続いて1,2-ヒドリド移動により、三級カチオンとなり(III)、塩基による脱プロトン化によりオレフィンを与える(IV)。
以上、LiHMDSと弱配位性アニオン性触媒を用い、ビニルカチオンを形成させることで、分子内sp3C–H挿入反応が進行することを発見した。入手容易な触媒、簡便の操作と官能基耐性の改善により、材料や医薬品など工業的な応用が期待できる。

図2. (A) 基質適用範囲 (B) 推定反応機構

参考文献

  1. Naredla, R. R.; Klumpp. D. A. Chem, Rev.2013, 113, 6905. DOI: 10.1021/cr4001385
  2. (a) Kehrmann, F.; Wentzel, F. Ber. Dtsch. Chem. Ges.1901,34, 3815. DOI: 10.1002/cber.19010340393 (b) Olah, G. A.; Lukas, J. J. Am. Chem. Soc. 1967,89, 2227. DOI: 10.1021/ja00985a039
  3. (a) Lühmann, N.; Panisch, R.; Müller, T. A. Appl.  Organomet. Chem.2010, 24, 533. DOI: 10.1002/aoc.1658 (b) Biermann, U.; Koch, R.; Metzger, J. O. Angew. Chem., Int. Ed. 2006, 45, 3076. DOI: 10.1002/anie.200504288
  4. (a) Shao, B.; Bagdasarian, A. L.; Popov, S.; Nelson, H. M. Science 2017, 355, 1403.DOI: 1126/science.aam7975 (b) Popov, S.; Shao, B.; Bagdasarian, A. L.; Benton, T. R.; Zhou, L; Yang, Z; Houk, K. N.; Nelson, H. M. Science 2018, 361, 381. DOI: DOI: 10.1126/science.aat5440
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 昇華の反対は?
  2. sp3炭素のクロスカップリング反応の機構解明研究
  3. (-)-ウシクライドAの全合成と構造決定
  4. 高純度フッ化水素酸のあれこれまとめ その1
  5. 創薬・医療系ベンチャー支援プログラム”BlockbusterTO…
  6. 女性科学者の卵を支援―「ロレアル・ユネスコ女性科学者 日本奨励賞…
  7. 不安定な合成中間体がみえる?
  8. ナイトレン

注目情報

ピックアップ記事

  1. グリニャール反応 Grignard Reaction
  2. 研究室でDIY!~エバポ用真空制御装置をつくろう~ ③
  3. タンパク質の構造ゆらぎに注目することでタンパク質と薬の結合親和性を評価する新手法
  4. 化学研究で役に立つデータ解析入門:エクセルでも立派な解析ができるぞ編
  5. 2005年7月分の気になる化学関連ニュース投票結果
  6. 【9月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】有機金属化合物 オルガチックスを用いたゾルゲル法とプロセス制御ノウハウ①
  7. 【第一回】シード/リード化合物の創出に向けて 2/2
  8. 高速原子間力顕微鏡による溶解過程の中間状態の発見
  9. 鈴木 啓介 Keisuke Suzuki
  10. アカデミックの世界は理不尽か?

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年7月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

第57回若手ペプチド夏の勉強会

日時2025年8月3日(日)~8月5日(火) 合宿型勉強会会場三…

人工光合成の方法で有機合成反応を実現

第653回のスポットライトリサーチは、名古屋大学 学際統合物質科学研究機構 野依特別研究室 (斎藤研…

乙卯研究所 2025年度下期 研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

次世代の二次元物質 遷移金属ダイカルコゲナイド

ムーアの法則の限界と二次元半導体現代の半導体デバイス産業では、作製時の低コスト化や動作速度向上、…

日本化学連合シンポジウム 「海」- 化学はどこに向かうのか –

日本化学連合では、継続性のあるシリーズ型のシンポジウムの開催を企画していくことに…

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポ…

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー