緑膿菌の代謝産物であるPseudomonas quinolone signal(PQS)を有機合成化学によって構造最適化をすることで、Maraxella catarrhalisに強力な活性と種選択性をもつ新規抗生物質が開発された。
緑膿菌とPQS, HHQ
ヒトの病原体である緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)は様々なアルキル鎖や不飽和度をもつ多様な2-アルキル-4-キノロンを代謝産物として生産する。中でも、クオラムセンシングシグナル分子であるPseudomonasキノロンシグナル(PQS)とその生合成前駆体である2-へプチル-4-キノロン(HHQ)は緑膿菌の有毒因子であることがわかっている(図1A)(1)。このクオラムセンシングを通じて、緑膿菌は細菌間での情報授受を行い様々な機能・活性を発現している。その一例として、PQSやHHQはグラム陽性菌の一種黄色ブドウ球菌やグラム陰性桿菌の阻害作用をもち、これら外部の菌と緑膿菌は競合することができる。活性ベースタンパク質プロファイリングから、PQS, HHQが緑膿菌中の多くの推定標的タンパク質と相互作用することがわかっているものの、具体的にPQSやHHQがどのように機能・活性発現をしているかは未解明である(2,3)。これはすなわち、PQSやHHQの構造を基盤として様々な構造類縁体を合成し、これらの機能を解明することで新たな抗生物質の創生につながるチャンスが大きいとも捉えられる。実際に、今回の論文著者であるコンスタンツ大学のBöttcherらは、これまでに2-アルキル-4-キノロンN-オキシドがブドウ球菌に対する抗生剤となることを見いだしている(4)。
今回コンスタンツ大学のBöttcherらはPQSのグラム陰性菌に対する抗菌活性を調査した。その結果PQSはグラム陰性病原菌Moraxella catarrhalis選択的に活性を示すことが判明した。著者らはさらなる活性の向上を目指し、PQSのキノロン骨格を改変した誘導体を合成した(図1B)。その結果、キノロン骨格をチオクロメノン骨格(1-S-PQS)とすることで活性が大きく向上した(図1C)。この1-S-PQSの構造活性相関(SAR)研究を行うことで、強力な活性と種選択性をもつ新規抗生剤の開発に成功した。
“A thiochromenoneanitibiotic derived from Pseudomonas quinolone signal selectivity targets the Gram-nagative pathogen Maraxella catarrhalis”
Szamosvári, D.; Schuhmacher, T.; Hauck, C.; Böttcher, T. Chem.Sci. 2019, Advance article
DOI: 10.1039/c9sc01090d
論文著者の紹介
研究者:Thomas Böttcher
研究者の経歴:
–2006 B.S.,LMU Munish, Germany
2006–2009 Ph.D., LMU Munich (Prof. Stephan A. Sieber)
2010 Postdoctoral research, LMU Munich (Prof. Stephan A. Sieber)
2011 Co-founder of AVIRUGmbH and project leader of the EXIST
2011–2014 Postdoctoral research, Harvard Medical School (Prof. Jon Clardy)
2014– Independent research group, University of Konstanz, Germany
研究内容:細菌代謝産物のケミカルバイオロジー
論文の概要
著者らはPQSのチオクロメノン改変体(1-S-PQS)のSARを通じて、C3位の水酸基が必須であることと、C2に長鎖アルキル基(デシル基)をもつ化合物1がM. catarrhalisに対して高い抗菌活性をもつことを明らかにした(図2A)。1のM. catarrhalisに対する抗菌作用は全ての臨床分離株(血液培養体や傷口から採取した固体など)において確認された(図2B)。特筆すべき事に、1の抗菌活性は、M. catarrhalisに密接に関連した他の共生種には活性を示さなかった(図2B)。この高い種選択的な抗菌活性はグラム陰性病原体には珍しく、前例はない。一方で、1のヒトの細胞(肺がん細胞および腎臓がん細胞)に対する毒性を評価したところ、その細胞毒性はM. catarrhalisに対する抗菌活性よりはるかに低いものであった。これは、1がM. catarrhalisによって引き起こされる感染症の強力な薬剤候補となりうることを示唆する。
次に1のM. catarrhalisに対する作用機序を調査した。まず、3H標識されたチミジン、ウラシル、ロイシンの取り込み実験により、1がDNA、RNA、タンパク質の生合成を阻害するか確認した。その結果、1の処理によっていずれの放射線前駆体の取り込み量も減少し、1がDNA、RNA、タンパク質全ての生合成を阻害することが示唆された(図2C)。続いて、1を暴露させた細菌の生存率を調べたところ、2.5 µM以上の濃度において細菌数が著しく減少した。この結果から1は静菌剤ではなく殺菌剤であると考えられる。また、1を高濃度で処理すると、M. catarrhalisは小型のコロニーを形成した。この現象は電子伝達系の異常やATPの枯渇と関連していることが知られている(5)。実際、1を添加して培養したM. catarrhalisのATP濃度は、暴露した1の濃度に依存して減少した(図2D)。このことから著者らは、1がATP産生に関わる因子を阻害することで抗菌活性を示したと結論づけた。
以上、緑膿菌の代謝産物を起点として、強力な活性と顕著な種選択性をもつ抗生物質1が発見された。今後、1が薬剤や微生物研究のための化学的ツールとして利用されることが期待される。
以上、緑膿菌の代謝産物を起点として、強力な活性と種選択的性をもつ抗生物質1が発見された。今後、1が薬剤や微生物研究のための化学的ツールとして利用されることが期待される。
参考文献
- Huse, H.; Whiteley, M. Chem Rev.2011, 111, 152. DOI:10.1021/cr100063u
- Dandela,;Mantin,D.;Cravatt,B. F.;Rayo,J.; Meijler,M. M. Chem. Sci. 2018,9,2290. DOI: 10.1039/c7sc04287f
- Lin, J.; Cheng, J.; Wang, Y.; Shen, X. Front Cell Infect Microbiol. 2018,8, 230. DOI: 3389/fcimb.2018.00230
- Szamosvári, D.; Böttcher, T. Angew. Chem., Int. Ed. 2017, 56, 7271. DOI: 10.1002/anie.201702944
用語の説明
- 緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)
生活環境に広く分布している代表的な常在菌の1つである。ヒトに対して病原性をもつものの、健常者に感染しても発症させることはほとんどない。抗菌薬に耐性を示す傾向が強い。
- クオラムセンシング
細菌が放出する化合物の濃度を感知することで、周囲に存在するその細菌の個体数を認識する機能。名前は定足数(quorum)にちなむ。
- M. catarrhalis
モラクセラ属の真正細菌の1つで、ヒトの肺炎・気管支炎などの呼吸器感染症の起炎菌として知られる。薬剤耐性を示すことが多い