第206回のスポットライトリサーチは、立命館大学生命科学部応用化学科・羽毛田洋平 講師 にお願いしました。
羽毛田先生の所属する前田研究室では、新規π電子系を用いる研究展開、特にπ電子系イオン集積体が生み出す新しい機能開拓を精力的に行っていることが持ち味です。今回の研究成果もその一環であり、iScience誌上掲載およびプレスリリースとして公開されています。
“Liquid Crystals Comprising π-Electronic Ions from Porphyrin–AuIII Complexes”
Haketa, Y.; Bando, Y.; Sasano, Y.; Tanaka, H.; Yasuda, H.; Hisaki, I.; Maeda, H. iScience 2019, 14, 241. doi:10.1016/j.isci.2019.03.027
研究室を主宰されている前田大光 教授から、羽毛田先生について以下の人物評を頂いています。
羽毛田君は13年前にラボの3期生として配属されたドクターの第1号で、今はスタッフとして活躍していますが、長期間具現化できなかった課題をようやくまとめるに至りました。僕自身はπ電子系イオン、その集合体の化学の可能性を信じて研究を指揮していますが、羽毛田君を中心にしたラボメンバーの努力でサプライズを含む大きな展開も見えつつあり、同時に羽毛田君自身の研究者としての真の実力もこれから開花するものと信じています。
それでは今回も現場からのインタビューをご覧ください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
π電子系はπ–π相互作用をはじめとした分子間相互作用によって積層構造からなる集合体を形成します。集合体の構成ユニットに電荷を付与することを考えると、これまで、電荷的に中性のπ電子系の側鎖にイオン性ユニットを組み込んだπ電子系からなる集合体は多数の研究例があるのに対し、π共役系骨格に電荷を組み込んだπ電子系イオンからなるイオンペア集合体に関する研究例は少数です。とくに、イオンペアを構成するアニオンとカチオンの両方がπ電子系イオンからなる集合体の研究は限られていました。われわれは、π電子系イオンの積層モードの極限構造として、「電荷積層型集合体」と「電荷種分離配置型集合体」を提唱しており(図1中段)、π電子系イオンの電子状態と形状の精密なチューニングによって多様なイオンペアからなる次元制御型集合体(結晶・液晶・ゲルなど)の創製を展開しています。[1]
本研究では、–2価4座配位子であるポルフィリンのAuIII錯体をπ電子系カチオンとして用い、適切な対アニオンを選択することで、π電子系カチオンとπ電子系アニオンが交互に積層したカラムナー構造を基盤とした集合体を形成することを見出しました(図1)。とくに、対のアニオンとしてπ電子系アニオンであるPCCp–(ペンタシアノシクロペンタジエニルアニオン)を組み込んだ脂溶性ポルフィリンAuIIIイオンペアは、〜300 ℃の広い温度範囲で液晶中間相を発現することを明らかにしました。過去の他の研究例では、π電子系カチオン、あるいはπ電子系アニオンのどちらかが集合体のコアとなっているケースがほとんどであるのに対し、本研究で明らかにしたπ電子系イオンからなるイオンペアの集合体では、π電子系アニオンとπ電子系カチオンの両方が静電相互作用によって規則配列した構造が集合化のキーとなっていることが特徴です。π電子系イオンの配置を明確に把握し、ソフトマテリアルへ展開した研究は今回が初めての例と言えます。この研究を契機とし、ポルフィリンAuIII錯体における電子求引性置換基の導入パターンに依存したイオンペア集合化、[2] また、ポルフィリンアニオンを組み込んだイオンペア集合体の展開も行っています。[3]
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
テトラフェニルポルフィリン(TPP)AuIII錯体のCl–イオンペアの結晶構造は、1977年にTulinskyらにより報告され、当時の論文ではCl–はAuIIIに対して配位していることが記されています(論文中の図においてもClとAuの間は実線)。[4] 実際には、AuIIIはd軌道に8つの電子を持つため、ジアニオン配位子であるポルフィリンのAuIII錯体は軸配位子が不要な+1価のカチオンです。これまで様々な場所で研究発表していますが、あまりこのことは認識されていない気がします。研究を進める中で、TPPAuIII錯体のCl–イオンペアの単結晶X線構造解析を詳しく評価し、Cl–は軸配位していないこと、そしてCl–はさまざまな他のアニオンへイオン交換できることを見出しました。実は、ポルフィリンAuIII錯体をπ電子系カチオンとして集合体の構成ユニットに用いる試みは、前田グループの10年来のターゲットの一つでした。また、ポルフィリンAuIII錯体誘導体の合成は坂東勇哉博士(2017年4月より企業にて勤務)の協力のもと展開したチーム戦でした。上述のとおり、ポルフィリンAuIII錯体自体の歴史は古いものの、適切なアニオンとの組み合わせによって新しいイオンペアを形成することで、興味深い集合体物性の発現に成功しました。これらの点においても、とても思い入れのある研究です。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
拡張されたπ電子系カチオンからなるイオンペア液晶の研究は過去にいくつかありますが、対アニオン種に依存した集合体形成挙動についての研究はこれまでほとんど評価されてきませんでした。その理由の一つとして、イオン交換やイオンペアの精製を極めることが容易ではないことが挙げられると思います。しかし、ポルフィリンAuIII錯体は化学的に高い安定性を有し、また、対アニオンの種類に依存した極性を示すため、多くの誘導体でシリカゲルカラムによる精製が可能でした。本研究以外にもラボではさまざまなイオンペア形成とそれらの精製を行っていますが、これまで卒業生が残した様々なノウハウ、そして、現メンバーとのディスカッションは研究展開において欠かせません。精製が中途半端だとしばしば相転移挙動が安定せず、物性評価に多大な影響が出ます。様々な困難はありますが、チームワークで乗り越えたものだと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
僕の趣味はおもに登山ですが、登山をするときはいつも人が少なそうなマイナーなルートも組み込んで歩きます。登山者が多いメジャーなルートは美しい景色が見えるのかもしれません。でも、僕はマイナーなルートにも季節やその日の天候、歩き方によっては誰もまだ見ぬ発見があると思い、それを探すことが好きです。分子集合体形成にも似たところがあると考えており、とくに、分子の集合形態は環境に依存して多種多様です。分子集合体の機能を発現するためには、基礎の分子修飾はもちろんですが、環境を適切に整える必要があります。これまでよくやられているような方法にこだわらず、自由な発想をもとにちょっと変な(?)ことを試すこと(冒険)が大切だと思います。分子がもつ能力を最大限に引き出し、それを利用した、周囲があっと驚くような機能を示す集合体(素材)を開拓していきたいと思います。そして、化学を通してすこしでも人のために役立てるように精進していきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
残念ながら最近は週末にまとまった時間がとれず登山へ行けていませんが、ピアノ演奏も趣味にしています。夜帰宅してから音を出して弾くことはできないので、電子ピアノを弾いています(おもにクラシック)。研究に没頭することは大切ですが、何でもいいので、一日の中で自分の好きなことにすこしでも集中して時間を使い気分転換することで、それまでになかった別の発想がうまれると思います。
僕は博士学位を取得したあと、3年間企業に勤務しました。当時は新しい素材の開発に携わり、それを世の中に広めたいという考えがありました。しかし、ゼロから何かを生み出す基礎学術研究は化学産業の発展においても極めて重要であると実感し、また、将来研究で活躍できる学生の育成を目指し、現在は大学で勤務しています。日々の研究活動では、その日にできることを精一杯やって、何事にも興味をもってチャレンジしていくことが大切だと思います。幸い様々な方のサポートをいただきながら現在研究活動を続けることができていますが、とくに前田先生には研究に限らず多岐にわたるご指導をいただき、深く感謝しております。
最後になりますが、今回このようなかたちで研究をハイライトしてくださったChem-Stationスタッフの方々に厚く御礼申し上げます。
参考文献
- Haketa, Y.; Maeda, H. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2018, 91, 420–436.
- Tanaka, H.; Haketa, Y.; Yasuda, N.; Maeda, H. Chem. Asian J. 2019, 14, 2129–2137.
- Sasano, Y.; Haketa, Y.; Tanaka, H.; Yasuda, N.; Hisaki, I.; Maeda, H. Chem. Eur. J. 2019, 25, 6712–6717.
- Timkovich, R.; Tulinsky, A. Inorg. Chem. 1977, 16, 962–963.
研究者の略歴
羽毛田 洋平(はけた ようへい)
所属:立命館大学生命科学部応用化学科・超分子創製化学研究室(前田研)
講師
研究テーマ:π電子系イオンの集合化を基軸とした機能の発現
略歴:1984年 長野県上田市生まれ。2011年 立命館大学大学院理工学研究科博士課程 修了(短期修了)。博士(理学)。2009年4月日本学術振興会特別研究員DC1。2012年4月 旭化成(株)。2015年4月 立命館大学R-GIRO専門研究員。2017年4月 立命館大学生命科学部応用化学科 助教。2019年4月より現職。