先月、ScienceとNatureに、ほぼ同コンセプトの論文が別々のグループから発表されました。内容は、大まかに言うとCRISPRとトランスポゾンを用いて、遺伝子を目的の位置に挿入できるという論文です。何がすごいのかというと、これまでのCRISPR-Cas9技術では難しかった「遺伝子の挿入」を、より簡単・正確・高効率に、幅広い細胞においてできる可能性を見出した、という点です。CRISPR、トランスポゾンってそもそも何?という人も多いと思うので、基礎知識も交えつつ2つの論文を紹介しようと思います。
“RNA-guided DNA insertion with CRISPR-associated transposases” Strecker, J; Ladha, A.; Gardner, Z.; Schmid-Burgk, J. L.; Makarova, K. S.; Koonin, E. V.; Zhang, F. Science 2019 (DOI: 10.1126/science.aax9181)
“Transposon-encoded CRISPR–Cas systems direct RNA-guided DNA integration” Klompe, S. E.; Vo, P. L. H.; Halpin-Healy, T. S.; Sternberg, S. H. Nature 2019 (DOI: 10.1038/s41586-019-1323-z)
- Feng Zhang(MIT, Broad Institute):言わずと知れたCRISPR/Cas9ゲノム編集技術のパイオニア。
- Sam Sternberg(コロンビア大学):UCバークレーのジェニファー・ダウドナ研出身
1. これまでのCRISPR-Cas9によるゲノム編集
まず、これまでのゲノム編集技術CRISPR-Cas9について説明します。ゲノム編集とは、狙った位置でDNAを切断し、DNAを取り除いたり、新しいDNAを挿入したりする技術のことです。そのためにまず必要なのは、DNAを標的の位置で切断できる酵素です。2012年に、ダウドナ教授・シャルパンティエ教授らによって報告されたCRISPR-Cas9システムでは、Cas9という酵素を使ってDNAを切断します(図1)。Cas9を、標的のDNA切断部位に導くために、ガイドRNAと呼ばれるRNA分子も同時に導入します。ガイドRNAの一部を、標的DNAと相補的な配列にしておくことで、Cas9を目的の位置で働かせることができます。
切断されたDNAは、細胞がもともと持っているDNA修復機構によってつなぎ合わされます(図2)。この際に、挿入したいDNAを供給しておけば、そのDNAを使って修復が起こり、結果として新しいDNA配列が挿入されたDNAを作製することができます。しかしながら、現状では、挿入効率があまり高くなかったり、細胞の種類や周期によって修復方法が限定されるなどの問題があり、より良いDNA挿入手法の開発が求められています。
2. トランスポゾンとCRISPR
さて、今回ScienceとNatureに報告された技術は、前項で説明したCRISPR-Cas9システムとはかなり異なっています。大きな違いは、DNAを分解するための酵素であるCas9を用いないことです。Cas9無しでどうやってDNAを挿入するのかというと、ここで鍵となるのがトランスポゾンです。
トランスポゾンというのは、ゲノム上を動くことができる遺伝子のことで、転移DNAとも呼ばれています。トランスポゾン自体はDNAでできていて、そのDNAの両端に、転移を起こすタンパク(転移酵素)から認識されるための配列を持っています。転移酵素の働きにより、トランスポゾンはゲノムDNAから切り出され、別の位置へと移動していきます(図3)。
トランスポゾンの転移先は、(i) ランダムに移動、もしくは (ii) 転移酵素によって定められた特定の位置、のいずれかです。転移先は、標的DNAの塩基配列だけでなく、DNAの高次構造やDNAに結合しているタンパクとの相互作用によって決まります。それなので、トランスポゾンの転移先を狙い通りにコントロールすることは困難です。
ところが、2017年、コーネル大学のPeters教授らにより、トランスポゾンについて興味深い仮説が発表されました。[1] 彼らは、原核生物のゲノム解析の結果から、(ある種の)トランスポゾンは、CRISPRを使って転移先を決めていると予想をしました。この仮説が正しければ、「トランスポゾンは、CRISPR用のRNA分子(crRNA)を用いて行き先を決めている」ということになり、crRNAの配列を変えるだけで、トランスポゾンの転移先をコントロールすることが可能になるはずです(図4)。(※crRNA≒ガイドRNA)
この様な仮説を立てるに至った理由は、細菌や古細菌でのゲノム解析の結果です。Peters教授らは、Tn7様トランスポゾンというトランスポゾンが、CRISPR関連遺伝子を持っていることを発見しました(図5)。しかも、CRISPRに必要な遺伝子を全部持っているわけではなく、いくつかは欠けていました。特に、Cas9のようなDNAを切断する酵素が欠けているため、このCRISPRは本来の役割を成し得ません。「CRISPRがトランスポゾン内にある。しかも、そのCRISPRは完全形ではない。」ということは、CRISPRがトランスポゾンの一部として機能していると予想されます。このような考察から、Peters教授らは、前述のような仮説「Tn7様トランスポゾンは、CRISPRを使って転移先を決めている」を提唱しました。
3. トランスポゾンとCRISPRを使ったDNA挿入
さて、この仮説に着目し、実証を行ったのが、今回のScience・Natureの論文の著者、Zhang教授らのチームとSternberg教授らのチームです。彼らは、それぞれ、シアノバクテリアとコレラ菌のTn7様トランスポゾンを大腸菌に導入し、実験を行いました(図6)。導入した遺伝子は、(i) 挿入用DNA(ドナー)、(ii) Tn7様トランスポゾンの遺伝子(cas遺伝子・crRNA・トランスポゾン遺伝子)です。
それぞれの論文において、PCRやシーケンシングにより、挿入用DNAが、crRNAの配列に応じた標的部位に挿入されることが確認されました(図7)。Zhang教授らが用いたシアノバクテリアのCRISPRはV-k型、Sternberg教授らが用いたコレラ菌のCRISPRはI-F型という違いがあるため、DNAの挿入効率や正確性などに少し違いが見られます。Zhang教授らの論文では、ある標的部位においては挿入効率が80%と高い一方で、成功したのは48箇所中29箇所で、DNAがうまく挿入されない標的部位も多く見られました。挿入位置の正確性に関しても、on-targetが50-60%程度で、残りは標的位置以外へ挿入されていました。一方で、Sternberg教授らの論文では、挿入効率は40-60%程度、試した16箇所のうち全てで挿入に成功、正確性(on-target)は95%程度という結果が得られています。実験に用いた挿入用DNAの大きさや測定方法、大腸菌株などにも多少の違いがあるので、単純に優劣はつけられませんが、いずれの論文でも、crRNAの配列に合わせて、狙った位置にDNAを挿入する、という大きな目標が達成されています。
4. おわりに
両論文で示された手法は、ゲノム編集において「遺伝子を標的位置に挿入する」という目標を大きく前進させる技術です。今後の方向性は、真核生物、特に哺乳類細胞への応用だと考えられます。従来のCRISPR-Cas9技術に比べると、トランスポゾンやCRISPRに関わるタンパクを複数導入しなければならないという難しさはありますが、今後の発展が期待されます。
参考文献
- Peters, J. E.; Makarova, K. S.; Shmakov, S.; Koonin, E. V. PNAS 2017, 114, E7358 (DOI: 10.1073/pnas.1709035114)
- Hille, F.; Richter, H.; Wong, S. P.; Bratovič, M.; Ressel, S.; Charpentier, E. Cell 2018, 172, 1239 (DOI: 10.1016/j.cell.2017.11.032)
関連リンク
- トランスポゾン:wikipedia
- トランスポゾンとは何ぞや – researchmap
- DNAを切らずにゲノム編集-一塩基変換法の開発:ケムステ記事
- CRISPRで薬剤分子-タンパク相互作用を解明する:ケムステ記事