Arcutinidine, arcutinine, 及びarcutineの不斉全合成が達成された。生合成仮説に基づいたWagner–Meerwein型1,2-アルキル転位が鍵反応である
C20ジテルペノイドアルカロイド
Arcutine類(1–3)は、2001年にトリカブトより単離・構造決定されたC20ジテルペノイドアルカロイドに分類される化合物である[1]。
これらは二重に縮環したビシクロ[2.2.2]オクタン骨格や、高度に官能基化されたピロリン部位といった特徴的な構造をもつ。これまで1–3の全合成の報告はなかったが、本年3つのグループ(Qin・Sarpong・Li)より矢継ぎ早に報告された。
Qinらは、アザワッカー酸化と続くIMDAによって、連続的なピロリン部位とビシクロ[2.2.2]オクタン骨格の構築により、arcutine(2)およびarcutinidine(3)の初の全合成を達成した(図1B)[2]。
また、Sarpongらは今回紹介する論文とほぼ同時[3]に3の合成を達成した。彼らは、アクリル酸エステルとアリール基との[4+2]付加環化反応によってビシクロ[2.2.2]オクタン骨格を構築した(図1C)[4]。
一方でSarpongらは以前、hetidine骨格4を経由するarcutine類の生合成仮説を提唱している(図1D)[5]。これは、4の酸化によって生じるhetidine型カルボカチオン6が、1,2-アルキル転位によってarcutine型カルボカチオン7となり、arcutine骨格3’を与えるという主張である。DFT計算により転位後生成物8が転位前の5より2.1kcal/mol安定であることを示したが、本生合成仮説の実証には至っていなかった。
今回、上海有機化学研究所(SIOC)のLi教授は、Sarpongらの生合成仮説に基づいた合成を計画した。すなわちarcutine類(1–3)は、アニオン促進型Diels–Alder反応により構築したhetidine骨格からPrins/Wagner–Meerwein型1,2-アルキル転位により合成できると考えた(図1E)。
“Asymmetric Total Synthesis of Arcutinidine, Arcutinine, and Arcutine”
Zhou, S.; Xia, K.; Leng, X.; Li, A. J. Am. Chem. Soc. 2019 Just Accepted Manuscript
DOI: 10.1021/jacs.9b05818
論文著者の紹介
研究者:Ang Li
研究者の経歴:
2004 B.Sc. Peking University (Prof. Zhen Yang)
2009 Ph. D. The Scripps Research Institute (Prof. K. C. Nicolaou)
2010 Research fellow Institute of Chemical and Engineering Sciences (Prof. K. C. Nicolaou)
2010– Professor Shanghai Institute of Organic Chemistry, Chinese Academy of Science
研究内容:天然物の全合成研究
論文の概要
Liらはまず、容易に合成可能な9および10のDiels–Alder反応によって11を合成した(図2)。
続いて、LiHMDSを用いたエノールの生成に伴うアニオン促進型分子内Diels–Alder反応によってhetidine骨格前駆体となる12へ導いた。
このような合成戦略に基づく12に類似した骨格構築は同著者らが以前にも報告しているため参照されたい(6)。
次に、鍵反応であるPrins反応、およびWagner–Meerwein転位によってarcutine骨格15を得ることに成功した。種々の検討の結果、Lewis酸にSnCl4を用いる場合が最も収率良く目的の15を与えた(entry 5)。なお、転位後のカルボカチオン中間体14を酸素求核剤によって捕捉しようと試みたが、主生成物は脱プロトン化が進行した15のみであった(entry 6)。続いて面選択的な向山水和反応、続く四酸化ルテニウム酸化によって16を合成した。最後に、16のラクトン部位の開環、17からのピロリン部位の形成によりarcutinidine(3)及びarcutinine(2)の合成を達成した。さらに3からarcutine (1)を合成し、1の構造が1’であると構造訂正をした[1]。
以上、今回筆者らは生合成仮説に基づいたPrins/Wagner–Meerwein反応によるarcutine型骨格への変換によって、arcutine類の立体選択的全合成を達成した。これにより、Sarpongらの生合成仮説の妥当性も支持された。今後、類似したC20ジテルペノイドアルカロイドの生物学研究、合成研究への応用が期待できる。
参考文献
- (a) Tashkhodzhaev, B.; Saidkhodzhaeva, S. A.; Bessonova, I. A.; Antipin, M. Y. Chem. Nat. Compd. 2000, 36, 79. DOI: 10.1007/BF02234909(b) Saidkhodzhaeva, S. A.; Bessonova, I. A.; Abdullaev, N. D. Chem. Nat. Compd. 2001,37, 466. DOI: 10.1023/A:1014479628541
- Nie, W.; Gong, J.; Chen, Z.; Liu, J.; Tian, D.; Song, H.; Liu, X. Y.; Qin, Y. J. Am. Chem. Soc.2019, 141, 9712. DOI: 10.1021/jacs.9b04847
- 同日(2019年5月31日)、Sarpongらの論文は00:36に、Liらの論文(本論文)は00:37にChemRxiv™️上で公開された。
- Owens, K. R.; McCowen, S.; Blackford, K. A.; Ueno, S.; Hirooka, Y.; Weber, M.; Sarpong, R. J. Am. Chem. Soc.2019, Just Accepted Manuscript DOI: 10.1021/jacs.9b05815
- Weber, M.; Owens, K.; Sarpong, R. Tetrahedron Lett.2015, 56, 3600. DOI: 1016/j.tetlet.2015.01.111
- Zhou, S.; Guo, R.; Yang, P.; Li, A. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 9025. DOI: 10.1021/jacs.8b03712