[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

低分子の3次元構造が簡単にわかる!MicroEDによる結晶構造解析

[スポンサーリンク]

低分子化合物の構造決定法において、最も強力な方法といえば、単結晶X線構造解析(SCDです。質の良い単結晶さえ得られれば、X線の回折データから、分子の3次元構造をはっきりと決定することができます。とは言うものの、質の良い単結晶など、そう簡単に作れるものではありません。結晶作製の過程はひたすら試行錯誤の連続で、膨大な時間がかかるのも普通です。SCDがNMRや質量分析のように広く用いられない最大の理由が、この「単結晶作製の難しさ」にあります。

さて、この技術の大きなブレークスルーと言えば、2013年に東京大学・藤田研から発表された結晶スポンジ法です。(ナノグラムの油状試料もなんのその!結晶に封じて分子構造を一発解析!)多孔質結晶にサンプルを封じ、分子を規則正しく整列させるというこの手法は、SCDの唯一・最大の欠点を解決する強力な手法として、大きく注目を浴びました。

今回は、この結晶スポンジ法に続く新たなブレークスルーとして、UCLAのTamir Gonen教授らによって発表された、MicroEDによる低分子結晶構造解析についてご紹介します。

“The CryoEM Method MicroED as a Powerful Tool for Small Molecule Structure Determination” Jones, C. G.; Martynowycz, M. W.; Hattne, J.; Fulton, T. J.; Stoltz, B. M.; Rodriguez, J. A.; Nelson, H. M.; Gonen, T. ACS Cent. Sci. 2018, 4, 1587. (DOI: 10.1021/acscentsci.8b00760)

1. 電子の回折を用いた微小結晶解析:MicroED

MicroEDは、電子顕微鏡を用い、電子の回折(ED; electron diffraction)によって微小な結晶サンプルから構造情報を得る手法です。電子線回折はX線回折と同じ原理で、サンプルに電子線を当て、得られた回折パターンから物質の構造を解析します。電子線は負電荷を帯びた粒子からなり、原子核やその周りの電子とクーロン力によって強く相互作用するため、電荷を持たず価電子のみと相互作用するX線よりも、強いシグナルを得ることができます(図1)。必要な結晶サイズは100 nm〜1 µm程度と小さく、大きな単結晶を用意する必要はありません。

図1. X線回折法と電子回折法の違い。

電子線回折法自体は、固体物理学や化学分野において古くから使われてきた手法なのですが、測定対象が小さいため電子線によるダメージの影響を受けやすく、有機物質の結晶構造解析を行うのは困難でした。3次元の結晶構造を知るには、サンプルを回転させて異なる角度で回折パターンを測定する必要がありますが、ダメージを受けやすい有機物質では、多方向の測定を行ううちにサンプルが壊れ、回折スポットが消えてしまいます。

ところが、2013年にGonen教授らは、電子線の放射量を減らしてサンプルダメージを低減し、高性能の検出器で電子線回折を記録することで、タンパクの結晶構造を高精度で解析できる手法(MicroED)を発表しました。[1] その後、彼らはこの技術に改良を加え、サンプルを連続的に回転させながら回折パターンを動画で記録するなどにより、タンパクの結晶構造を原子レベルの分解能で得ることに成功しました(図2)。[2, 3]

図2. MicroEDにおけるサンプル測定。

2. MicroEDによる低分子化合物の解析

さて、上記のように、MicroED法は元々はタンパクの構造解析のために開発された技術ですが、Gonen教授らは、これを低分子化合物にも応用できないかと考えました。有機化学の分野でも、結晶構造解析は、キラルの絶対配置の決定、結合長の比較,分子間相互作用の解析などにおいて非常に有用です。今回紹介する論文において、彼らは様々な粉末状の化合物を用いてMicroEDを行い、それらの結晶構造をオングストローム以下の分解能で得ることができることを示しました。

MicroEDでは、大きな単結晶は必要無いので、サンプル調整は至って簡単です。微量のサンプルをTEMグリッドに乗せ、電子顕微鏡に導入するだけで測定を行うことができます(図3)。測定にかかる時間はたった3分、試料ステージを毎秒0.6度ほどの速さで回転させ、異なる角度での回折データを記録します。得られたデータは、X線回折データ用のソフトウェアで同じように解析することができます。

図3. CryoEM MicroEDのサンプル調製。

図4に、彼らがMicroEDで構造解析を行った化合物の一部を示しています。試薬会社からの購入品、カラム精製後の化合物など、様々なサンプルの構造解析ができることが示されています。また、X線はプロトンとほぼ相互作用しないの対し、電子線回折ではプロトンの情報も得ることができます。図4の(+)-リマスペルミジンやカルバマゼビンでは、水素原子の位置(黄緑)が電子密度図に示されています。

図4. MicroEDにより構造解析を行った低分子化合物。(論文より一部改変)

さらに、MicroEDは測定対象となる領域が微小なため、不純物による影響も受けません。X線回折やNMRでは、不純物の混じったサンプルを解析するのは難しいですが、MicroEDでは、グリッド上に異なる化合物の結晶が混在していても、絞りを使って特定領域のみの回折を簡単に測定することができます。結晶同士がグリッド上で数マイクロメートル以上離れていれば、測定結果に影響が出ません。

3. 実際に使ってみて

最近、私も実際にMicroEDを使ってみる機会があったので、その様子を少し述べます。まず、ユーザー視点から言うと、サンプル調整の手間がほぼゼロで簡単、という感じでした(もちろん、サンプルの性質に大きく依存しますが)。TEMグリッドに微量のサンプルを乗せ、顕微鏡下で小さな結晶が見えれば十分です。サンプルを乗せすぎると結晶同士が近すぎて単一の結晶からのデータが得られない、という問題はありますが、濃度を調整するのはそれほど大変ではありません。

測定に関しては、TEMをそれなりに使いこなせる人であれば難しくありません。低放射量モードの設定・試料ホルダーの連続回転などが既にマニュアル化されていたため、決められた手順に従えば測定を行うことができました。低温で観察する場合は、氷の結晶とサンプルの見分けが付きにくいという問題がありますが、慣れてくれば氷の結晶の形や回折パターンが見た目で分かるようになります。また、室温に安定なサンプルであれば、クライオでなく常温でも測定が可能なので、氷によるコンタミの問題は回避できます。得られたデータは、imageJなどで画像ファイルに書き出し、普通の結晶構造解析用のソフト(XDSやMosfilmなど)を利用して解析することができます。

次に、装置管理者の視点でMicroEDを導入することについて述べると、一番のハードルは高性能なカメラが必要なことなようです。その他の要件(低放射量モード設定・サンプルの連続回転・動画撮影)に関してはソフトウェア次第で解決できますが、高性能なカメラを導入するには結構お金がかかってしまいます。また、TEM自体も高価な装置であるため、大きな大学や研究施設でないと、気軽にMicroEDをとることは難しそうです。

4. おわりに

今回は、(私の周りで最近流行っている)MicroED法について取り上げました。MicroEDは、煩雑なサンプル調製無しに結晶構造が高精度で解析できるとてもパワフルな手法です。実際、X線回折用の単結晶作製に1年取り組んで上手く行かず、諦めかけていた友人が、一度目のトライで綺麗なMicroEDパターンを得ることができ、感動していました。導入におけるハードルはありますが、ユーザー側としては、低分子・合成高分子・生体高分子など様々なサンプルの構造解析に有用な技術なので、今後応用が進められることが期待されます。

参考文献

  1. Shi, D.; Nannenga, B. L.; Iadanza, M. G.; Gonen, T. “Three-dimensional electron crystallography of protein microcrystals eLife 2013, 2, e01345. (DOI: 10.7554/eLife.01345)
  2. Nannenga, B. L.; Shi, D.; Leslie, A. G. W.; Gonen, T. “High-resolution 
structure determination by continuous-rotation data collection in MicroED” Nat. Methods 2014, 11, 927–930. (DOI: 10.1038/nmeth.3043)
  3. de la Cruz, M. J.; Hattne, J.; Shi, D.; Seidler, P.; Rodriguez, J.; Reyes, F. E.; Sawaya, M. R.; Cascio, D.; Weiss, S. C.; Kim, S. K.; Hinck, C. S.; Hinck, A. P.; Calero, G.; Eisenberg, D.; Gonen, T. “Atomic-resolution structures from fragmented protein crystals with the cryoEM method MicroED” Nat. Methods 2017, 14, 399–402. (DOI: 10.1038/nmeth.4178)

関連リンク

関連書籍

[amazonjs asin=”478533214X” locale=”JP” title=”X線結晶構造解析 (化学新シリーズ)”] [amazonjs asin=”4807907980″ locale=”JP” title=”X線・中性子による構造解析”]
Avatar photo

kanako

投稿者の記事一覧

アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

関連記事

  1. 付設展示会に行こう!ーシグマアルドリッチ編ー
  2. 誰でも使えるイオンクロマトグラフ 「Eco IC」新発売:メトロ…
  3. 塩基と酸でヘテロ環サイズを”調節する”
  4. 分子集合の力でマイクロスケールの器をつくる
  5. 普通じゃ満足できない元素マニアのあなたに:元素手帳2016
  6. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑦(解答編…
  7. 地方の光る化学企業 ~根上工業殿~
  8. 酵素の分子個性のダイバーシティは酵素進化のバロメーターとなる

注目情報

ピックアップ記事

  1. クロスメタセシスによる三置換アリルアルコール類の合成
  2. 水分子が見えた! ー原子間力顕微鏡を用いた水分子ネットワークの観察ー
  3. 改正 研究開発力強化法
  4. ニッケル触媒でアミド結合を切断する
  5. 林松 Song Lin
  6. 香りで女性のイライラ解消 長崎大が発見、製品化も
  7. カルボニル基の保護 Protection of Carbonyl Group
  8. 「原子」が見えた! なんと一眼レフで撮影に成功
  9. 半導体領域におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用-レジスト材料の探索、CMPの条件最適化編-
  10. テッド・ベグリーTadhg P. Begley

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年6月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

Host-Guest相互作用を利用した世界初の自己修復材料”WIZARDシリーズ”

昨今、脱炭素社会への実現に向け、石油原料を主に使用している樹脂に対し、メンテナンス性の軽減や材料の長…

有機合成化学協会誌2025年4月号:リングサイズ発散・プベルル酸・イナミド・第5族遷移金属アルキリデン錯体・強発光性白金錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年4月号がオンラインで公開されています!…

第57回若手ペプチド夏の勉強会

日時2025年8月3日(日)~8月5日(火) 合宿型勉強会会場三…

人工光合成の方法で有機合成反応を実現

第653回のスポットライトリサーチは、名古屋大学 学際統合物質科学研究機構 野依特別研究室 (斎藤研…

乙卯研究所 2025年度下期 研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

次世代の二次元物質 遷移金属ダイカルコゲナイド

ムーアの法則の限界と二次元半導体現代の半導体デバイス産業では、作製時の低コスト化や動作速度向上、…

日本化学連合シンポジウム 「海」- 化学はどこに向かうのか –

日本化学連合では、継続性のあるシリーズ型のシンポジウムの開催を企画していくことに…

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポ…

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー