私事ですが4月より大学院生になり、最近は生物学を勉強しています。
学部1、2年の頃は化学者が生物なんて…と凝り固まった思考で食わず嫌いをしていましたが、本気でやってみると中々面白いですね、これ。久しぶりに、全く知らなかった事を一から知る喜びに興奮しています。何よりも生物に踏み込む事でCell, Nature, ScienceのTopジャーナル中、読める論文が激増したのが楽しいです。
やってよかった事は共有したいと思い、特に面白かった免疫学のトピックを何回かに分けて紹介します。(Chem-Stationである以上、生化学分野から逸脱しないようには気をつけます。)
第一回のトピックは「免疫チェックポイント分子」
こちらを発見し、癌療法に応用させた成果として、本庶佑教授とJames Patrick Allison教授が2018年ノーベル医学生理学賞を受賞しました。臨床での効果が大きく取り上げられますが、始まりは免疫系の基礎生化学なのはご存知でしたか? 第一回にしては少々難しい話ですが、ノーベル賞解説記事のつもりでまとめてみます!
免疫学基礎
免疫、Immunityとはラテン語のImmunitas(税から免れる)に由来する言葉であり、紀元前5世紀のギリシャで既に存在が確認されていました。従来は、その名の通り生物が1回かかった病気(疫)を2度目以降は「免れる」こと(主に獲得免疫系、後述)を指していましたが、現在は病原体に対する体の応答(獲得免疫系+自然免疫系、後述)を全て含めた表現になっています。
高等生物の免疫系には「自然免疫系」と「獲得免疫系」の2種類があります。
自然免疫系は病原体の感染後、数時間で働き始める抵抗。
獲得免疫系は、自然免疫系に刺激されてやっと働き始める、感染した病原体特異的な抵抗です。1回目の感染時は働き始めるのに数日かかりますが、2回目以降は感染後すぐに働きます。
抵抗、とは一体何なのか?もちろん上皮による物理的なバリアーなども含みますが、細胞による病原体への攻撃・分解が特に大切になってきます。
自然免疫系では好中球、マクロファージ、NK細胞、自然リンパ球、樹状細胞、肥満細胞などが働き、獲得免疫系ではT細胞、B細胞が働いて、直接病原体を細胞内に取り込んで分解したり、病原体に合わせた抗体を産出したり、または他の免疫細胞を活性化したりして病原体を排除します。
腫瘍免疫
免疫の妙々たる能力として「自己と非自己の認識」が挙げられます。つまり、自身の細胞を傷つけず、非自己由来の物質のみを選択的に排除します。この選択性はすさまじく、細菌やウィルスはもちろんのこと、他人から入ってきた細胞ですら、免疫系によって排除されます。ヒトという同じ種である以上、自己の細胞も非自己の細胞も殆ど同じものであるのに…
臓器移植の際、「拒絶」反応が起こることは皆さんも聞いたことがあるでしょう。これは他者の臓器という「非自己」を患者の免疫系が攻撃することによって起こります。(もしくは他者の臓器内の免疫細胞が、患者を非自己として攻撃する場合もあります。)
ここで問題になるのは、癌は果たして免疫系のターゲットになりうるのか?という事です。癌は、自己の正常な細胞が突然変異を繰り返して、異常に働き始めることによって生じる病原体です。正常な細胞がウィルスに感染して癌化する事もあります。自身の細胞から生まれる以上、「自己」でありながら、異常な病原体と言う点で「非自己」でもあります。その時、免疫系は癌を自己と認識し攻撃しないのか、非自己と認識し攻撃するのかが論点になります。
結論から言うと、癌は免疫系のターゲットになります。突然変異由来の新しいペプチド配列(Neoantigen)やウィルス由来のタンパク質、また癌化によって異常に発現した抗原などを非自己として認識し、免疫は癌を攻撃できます。
しかし、大変難儀なこと、癌は自己由来である以上、癌に対抗する免疫細胞を抑える免疫機構も存在します。免疫系が自己を攻撃しないように生来備えている防御作用を活用するのですね。その結果、これら「癌に対抗する免疫」と「癌に対抗する免疫を抑える免疫」のバランスによって、癌が進行するか、排除されるかが決まります。
免疫活性化因子と抑制化因子とはどのようなものがあるのでしょう?次項ではその方法について獲得免疫系のキーパーソン(キーセル?) 、T細胞に絞って解説します。
T細胞活性化受容体・活性化抑制受容体
Chemphiliaの方々、大変お待たせしました。いよいよ生化学の話です。
生化学的の基礎的な知識として、細胞間コミュニケーションは主に細胞表面受容体の刺激を介して行います。
T細胞の活性化・不活性化も例にもれず、その機構は不活性状態のT細胞(Naive T cell)の表面にある受容体の刺激によって始まります。
T細胞活性化で最も重要になる受容体はT細胞受容体=TCRとその抗原提示受容体MHC(ヒトのものはHLAとも呼ぶ)です。
その活性化機構を簡単に説明すると、まず抗原提示細胞(Antigen Presenting Cells=APCs)と呼ばれる細胞群(主に樹状細胞、マクロファージ、B細胞)が、病原菌を分解した結果得られるペプチド(抗原)をその表面のMHCに固定します。そしてその抗原を乗せたMHCに結合できるTCRを持ったT細胞が、活性化され増殖していきます。
しかしTCRによるT細胞のON/OFF機構だけだと免疫系の「調節」と言う面で不十分です。弱すぎる免疫は病原体の侵入を簡単に許し、強すぎる免疫はアレルギーや免疫系による「自己」への攻撃=自己免疫疾患(1型糖尿病や関節リウマチなど)を引き起こす為、TCR以外の受容体を用いた副刺激経路による免疫の調整が必要になってきます。
活性化を促進する受容体は、T細胞の表面に多種多様に発現しています。その中でも特にAPC表面のB7-1(=CD80)またはB7-2(=CD86) をリガンドにして活性化する受容体CD28や、APC表面のICOS-Lをリガンドにして活性化する受容体ICOSなどが有名です。
この活性化について、生化学的な解説を取り入れる為、TCR/CD28のシグナル伝達経路を下図にまとめました。図中黄色がKinase (リン酸をATPなどから別分子に移動させる酵素群)、青色がTranscription Factor (DNA転写を促進する因子)を示しています。すなわち、APCからの抗原提示に応じて、その下流に存在するタンパク質が主にリン酸付加によって順番に活性化されていき、最終的にTranscription Factorを活性化することで、T細胞の活性化に必要な遺伝子の転写・翻訳を引き起こします。これらのシグナル伝達、1つ1つ何が起こっているか説明するとキリがないので今回は省きますが、化学的視点から見て、めちゃめちゃ面白いですよ。まるで分子に意思があるかのように、ここまで綿密に結びついた連鎖的化学反応は、今の所、生体中にしか存在しないのではないでしょうか。
副刺激による抑制も同様に何種類もの受容体を介して行われます。これらの受容体やそのリガンドは、免疫の自己への攻撃や強すぎる免疫応答を止めるチェックポイントとなるため、免疫チェックポイント分子と呼ばれています。そして、その中で特に重要なのが、PD-1(Programmed Cell Death-1)とCTLA-4(Cytotoxic T-lymphocyte Associated Antigen-4)。これらの抑制受容体こそが、それぞれ本庶佑教授とJames Patrick Allison教授が発見し、彼らをノーベル賞受賞に導いたタンパク質です。
作用機序をそれぞれ説明します。
PD-1はAPCやヘルパーT細胞などが発現するPD-L1またはAPCが発現するPD-L2をリガンドとするT細胞表面受容体です。リガンドからの刺激に応じて下流のSHP1、SHP2を活性化します。SHP1,2はPhosphatase(脱リン酸化酵素)として働き、TCRやCD28の下流に存在するタンパク質(PLC,ZAP70,PI3Kなど)からリン酸を脱離させることで、それらを不活性化します。結果として活性化シグナルが抑えられ、活性化したT細胞の抑制に繋がります。
CTLA-4はAPC表面のB7-1, B7-2をリガンドとするT細胞表面受容体です。B7-1, B7-2……? そう。活性化受容体のCD28と同じリガンドです。CTLA-4はCD28より10 ~ 20倍強いアフィニティーでB7-1, B7-2と結合することで、CD28の結合を阻害します。加えて、B7-1、B7-2をAPCから引き抜き、細胞内部で分解し、CD28のリガンドを減らすことでT細胞活性化を防ぎます。CTLA-4自身が下流に抑制シグナルを送るわけではない※1為、抑制ターゲットのT細胞自身に発現する必要はありません。実際、T細胞の活動を抑えるT細胞=制御性T細胞の表面に多く確認されています。
CTLA-4はT細胞の活性化自体を阻害し、PD-1はT細胞活性化後の抑制である為、CTLA-4の方がPD-1より強い抑制力があります。本庶佑教授は免疫チェックポイント分子を車のブレーキにたとえ、CTLA-4をパーキングブレーキ、PD-1をフットブレーキと表現しています。
この例えに基づくなら、TCRとCD28(+他副刺激受容体)はエンジン、アクセルのようなものでしょうか?出発・停止、加速・減速を調整しながら免疫系は安全運転を心がけています。
※1 CTLA-4の下流にもPD-1同様のSHP2活性化作用があると主張する論文1もあります。
免疫チェックポイント阻害
CTLA-4、PD-1の発見が如何して、ノーベル医学生理学賞に繋がったのか。それは偏に、超効果的な癌治療に繋がったからです。
前述の通り、癌は免疫系のターゲットになりながらも、免疫を抑える機構も備えています。免疫を抑える機構…多々あるうちの1つが、まさしく免疫チェックポイント分子を用いたものでした。つまり、癌はPD-L1やCTLA-4を自身に発現させ、免疫系からの攻撃を防いでいました。
これは裏を返せば、CTLA-4、PD-1、PD-L1の働きを阻害すると、癌は免疫から身を守る術を失うということです。
これらのことを1996年、最初に思いつき、James Patrick Allison教授は癌細胞を発現させたマウスのCTLA-4を抗体で阻害しました。その結果、癌は劇的にその増殖が抑えられ、縮小していきました(下図)※2。
その後同様に、本庶佑教授はPD-L1とPD-1の結合を抗体で阻害することでマウスの癌の進行を効果的に抑制できることを発見しました5(2002年)。幸運なことにPD-1阻害よる癌治療は、CTLA-4阻害のものより効果的でした。加えて、後述する副作用がCTLA-4阻害に比べて少なく、ハイスピードで臨床まで応用されました。
その臨床効果より、これら抗CTLA-4抗体/抗PD-1抗体/抗PD-L1抗体は既に薬として承認されています。そう。有名な小野薬品工業の「オプジーボ(Nivolumab)」は抗PD-1抗体のことです。
これら免疫チェックポイント阻害による癌治療は、他の治療に比べて何が優れているのでしょうか?
1つは、その絶大な効果。従来の抗がん剤ダカルバジンとオプジーボをそれぞれ投与されたメラノーマ(皮膚癌)患者の生存率を比べてみたところ、1年半後、ダカルバジンでは20%程度であったのに対し、オプジーボでは70%以上でした6。
加えて、免疫チェックポイント阻害は、ヒトが元々もっている免疫系を活性化させる治療であるため、化学療法や放射線療法とくらべて副作用が少ないとも言われています(ここは意見が分かれるところですが…)。
また、理由ははっきりしませんが、PD-1阻害治療は、短期間の投与で長期にわたる効果も確認されており、癌の再発率の低さも魅力です。
しかし、必ずしも利点だけではありません。
免疫チェックポイント阻害は免疫のバランスを崩して、過剰に活性化させる癌の治療法です。前述したように過剰に活性化された免疫は「自己」をも攻撃します。その結果、引き起こされる自己免疫疾患(I型糖尿病など)が副作用として報告されています。
また、免疫チェックポイント分子による免疫抑制システムを使っていない癌には効果がありません。今の所、効果のある癌患者の回復率は高いものの50%以上の癌患者には効果がない限定的な治療になってしまっています。
このような欠点を克服するために、近年は免疫チェックポイント阻害+別の治療法の組み合わせが研究されています。免疫を活性化させ、ヒト本来の回復力を用いる免疫チェックポイント阻害療法は、今まで開発されてきた他の療法と矛盾しないのでしょうね。
また、幸運なことに、本庶佑教授とJames Patrick Allison教授がそれぞれ発見された免疫チェックポイント分子の免疫抑制機構は全く異なるものでした。そのため、免疫チェックポイント阻害の中の組み合わせ、例えばPD-1阻害とCTLA-4阻害の組み合わせなども、癌治療において莫大な効果を出しているとのことです。
このように、これからの伸びしろがまだまだ期待できる点も、ノーベル賞に繋がったのではないでしょうか?
※2 厳密には抗CTLA-4抗体は、癌細胞表面のCTLA-4だけでなく、APCs(制御性T細胞など)のCTLA-4を阻害することで根本的な免疫活性化を促し、癌を抑える効果も大きいです。対して、抗PD-1抗体は癌自身の免疫不活性化作用を抑制する効果が大きいです。そこが抗CTLA-4抗体より抗PD-1抗体の方が副作用が小さい理由だと考えられます。
まとめ
長々と記事を読んでくださり有難うございました。
TCRやMHC、PD-1やCTLA-4。馴染みないタンパク質名が並んで読みにくかったかもしれません。しかし、タンパク質名を知れば知るほど、生物系の論文は読みやすくなると思い、あえて色々挙げてみました。
勉強すれば勉強するほど、免疫系の複雑さ精密さには驚かされます。何種類もの細胞が、複雑に関わり合って外敵の侵入を防いでいる。一種の生命の奇跡がここにあります。その奇跡的なバランスを、わずか1つのタンパク質阻害によって、人工的にコントロール可能にした。それが、まさしくノーベル賞にふさわしい、免疫チェックポイント阻害の見事な点ではないでしょうか?
本庶佑教授は自身の講演で「我々は今、がんにおけるペニシリンの発見ともいうべき時期にいる」という言葉を引用されています。抗生物質の発見により殆どの感染症が消滅したように、免疫療法で癌がコントロールできる時代はもうすぐそこなのかもしれません。
参考文献
- Gaud, G.; Lesourne, R.; Love. Nature Reviews Immunology. 2018, 18, 485-497 DOI: 10.1038/s41577-018-0020-8
- Chen, L.; Flies, D. B. Nature Reviews Immunology. 2013,13, 227-242 DOI: 10.1038/nri3405
- Sharpe, A. H.; Pauken, K. E. Nature Reviews Immunology. 2018, 18, 153-167 DOI: 10.1038/nri.2017.108
- Leach, D. R.; Krummel, M. F.; Allison, J. P. Science. 1996,271,(5256), 1734-1736. DOI: 10.1126/science.271.5256.1734
- Iwai, Y.; Ishida, M.; Tanaka, Y.; Okazaki, T.; Honjo, T.; Minato, N. PNAS. 2002, 99, (19), 12293-12297 DOI: 10.1073/pnas.192461099
- Robert, C.; et al. The New England Journal of Medicine. 2015, 372, 320-30 DOI: 10.1056/NEJMoa1412082
- Seidel, J. A.; Otsuka, A.; Kabashima, K. Front. Oncol.2018, 8:86.DOI: 10.3389/fonc.2018.00086
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・http://kawamoto.frontier.kyoto-u.ac.jp : 京都大学河本宏研究室ホームページ。”一般向け記事”の項で免疫学の基礎が非常に分かりやすくまとめられています。
・https://www.kyotoprize.org/wp/wp-content/uploads/2017/12/32kB_lct_JP.pdf: 本庶佑教授、京都賞受賞講演の全文。