第199回のスポットライトリサーチは、東京大学総合文化研究科(平岡研究室)博士課程・立石友紀さんにお願いしました。
平岡研究室は独自の構成ユニットを用いる自己組織化錯体の合成とその原理解明、それが創り出す孤立ナノ空間の活用に取り組んでいます。今回取り上げる研究は、通常非常に追跡困難な超分子錯体の自己組織化機構解明に注力したものであり、Communications Chemistry誌に掲載され、プレスリリースとして公表されております。
“Self-assembly process of a quadruply interlocked palladium cage”
Tateishi, T.; Yasutake, Y.; Kojima, T.; Takahashi, S.; Hiraoka. S. Commun. Chem. 2019, 2, 25. doi:10.1038/s42004-019-0123-6
研究室を指揮される平岡秀一教授より、立石さんについての人物評を頂いています。今回も現場からのコメントをご堪能下さい!
立石君は、4年生から分子自己集合がどうやって起こるのかという研究を立ち上げ期から取り組んでくれ、今では頼りになる学生の一人です。彼はこれまでに弱音を吐いたり、諦めたりしたことは一度たりともなく、根気強くかつ論理的に問題に取り組む姿勢にはいつも感心します。また、研究室のすべての後輩からも心から慕われ、相手のことを親身に考えて、自分のことを多少は犠牲にしてでも、面倒をみる大きな心と責任感の持ち主でもあります。将来、素晴らしい研究者になってくれるのではないかと期待している学生です。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
分子自己集合は複雑な幾何構造の分子を作り上げるのに最も効率的な手法の一つですが、「どうやって分子自己集合が進行しているのか?」という反応機構に関する議論はほとんど行われていません。この原因の一つとして、自己集合の過程で形成しうる中間体の数と種類が膨大であり、定量的に追跡して調べることが実質的に不可能な点があげられます。そこで近年我々は、原系と生成系を1H NMRによって定量し、その物質収支の差し引きから時間推移で中間体全体の情報をあぶりだす手法、QASAP (Quantitative analysis of self-assembly process) を開発し、自己集合性錯体の形成機構の解明を進めています(図1)[1]。
本研究では、4つのPd(II)イオンと8つの配位子1が自己集合して生成する、2つのPd214かご型分子(Cage)が四重にインターロックしたPd418インターロックかご型錯体(IC)[2]の形成機構を、QASAPを用いて明らかにしました。反応初期段階では一時的に不完全なPd214X (Xは脱離配位子) かご型錯体(PC)とCageが共存して形成し、その後PCがCageに貫入すると部分的にインターロックしたPd418Xかご型錯体(PIC)を形成します。最終的に、PICの構造内での結合の組み替えを通じてさらなるインターロックが進み、ICが熱力学的最安定種として形成することを明らかにしました(図2)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
QASAPは「”見えない”中間体」についての情報を間接的にあぶり出す手法です。そのため、自己集合の過程で”見えない”分子たちの間でどんな反応が起きているのか?と思いを馳せる必要があります。この、自己集合過程のストーリーを組み立てるプロセスはいつも刺激的で、思い入れがあります。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
Pd418 ICの形成機構の中で鍵となるPd214X PCとPd418X PICに関する直接的な実験証拠がとれなかったところです。原系と生成系の物質収支からこれらの種が系中に存在することは示されているものの、NMRでも質量分析でもPd214XとPd418Xに対応する信号が全く観測できませんでした。論文投稿の際にこの点を査読者に指摘され、revisionの追加実験として質量分析でイオン化が起こるギリギリまで温和な測定条件を探したのを思い出します。結局信号は観測することができず、(1) 脱離配位子Xの弱い配位力が原因でイオン化の過程で脱離する。 (2) 質量分析では[Pd418(BF4)]7+の信号が反応開始30分から観測されるものの1H NMRでは反応開始5時間からICの形成が確認されている。 この(1), (2)の二つの状況証拠から、「30分での質量分析の[Pd418(BF4)]7+の信号はPd418 ICではなく中間体、つまりPd418X PICからイオン化の過程でXが外れてしまって生じる、ICとは幾何構造が異なるPd418種に由来するものに違いない」という結論に達し、acceptanceまでこぎつけることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
分子レベルのモノ作り自体ももちろん魅力的ですが、化学の力を使って何かを理解する、何か面白い現象を起こすという方向に興味があります。今はまだこのような漠然とした考えですが、分野を限らず、この先も自分自身が滾るような研究ができれば幸せだろうなと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究に没頭することは研究者として大切なことの一つですが、研究に直接関係の無い趣味を持つのも、健康的に研究を続けるにあたり大事なことであると感じました。私は音楽を聴くのが好きで、本研究の作業中も、好きな曲の一つであるdj newtown氏の”dream”内の「もうひと頑張りで、きっと夢は叶うよ!」のフレーズに幾度となく励まされました。
最後になりましたが、この度本研究をChem-Station様に取り上げていただき、心より感謝いたします。今回の研究は指導教員である平岡秀一先生、また、小島達央先生、高橋聡先生をはじめとする研究室および関係各位の皆様のご協力のもとで進められました。また、広島大学の関谷亮先生にも議論にご協力いただきました。改めて深く御礼申し上げます。
参考文献
- (a) Tsujimoto, Y.; Kojima, T.; Hiraoka, S. Chem. Sci. 2014, 5, 4167–4172. (b) Hiraoka, S. Chem. Rec. 2015, 15, 1144–1147. (c) Hiraoka, S. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2018, 91, 957–978. (d) Hiraoka, S. Isr. J. Chem. 2019, 59, 151–165.
- Sekiya, R.; Fukuda, M.; Kuroda, R. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 10987–10997.
研究者の略歴
名前:立石 友紀
所属:東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 平岡研究室 D2
研究テーマ:自己集合性錯体の形成機構の解明