第198回のスポットライトリサーチは、広島大学工学研究科 博士課程前期2年の田中英也さんにお願いしました。
田中さんの所属する尾坂·吉田·米山研究室は π 共役系化合物に着目し、次世代の有機電子材料の発展に尽力してきました。田中さんは新しい芳香族化合物の連結法の開発に取り組んでおり、このたびその成果を Chemical Communications に発表しました。
“Copper-catalyzed arylstannylation of arynes in a sequence”
Tanaka, H.; Kuriki, H.; Kubo, T.; Osaka, I.; Yoshida, H. Chem. Commun. 2019, 55, 6503–6506. (DOI: 10.1039/C9CC02738F)
この成果は、プレスリリースとして発表されるだけでなく、中国新聞でも取り上げられるなど一般メディアにも注目されています。田中さんの実力は、2018年の CSJ 化学フェスタにおける最優秀ポスター発表賞など折り紙つきです。その田中さんの人となりについて、指導教員の吉田拡人准教授よりコメントをいただいています。
田中君は学年1位の成績を引っさげて私のグループに来てくれました。その穏やかな見た目や口ぶりから当初受けた、いわゆる「優等生」という印象はいい意味で裏切られ、内に秘めたロックなスピリットと芯の強さで研究をバリバリと進めてくれました。研究者としての優秀さはもちろん、静かに燃える野心でこれからも“心揺さぶる”研究を展開してくれると信じて疑いません。
それでは、その田中さんのロックな研究姿勢にも注目して、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
我々の研究グループでは、ベンゼン環の炭素–炭素結合の一つが三重結合となった高い反応性を有するアラインの変換反応を開発してきました。今回私は、このアラインを順番に入れるだけでパズルのピースのように簡単に繋ぐ反応を開発しました(図1)。
芳香環がオルト位で連結した構造は様々な機能性分子の基幹骨格です。アリールメタル種にアラインを挿入させるアリールメタル化は、本骨格構築の選択肢として極めて魅力的です。アラインの三重結合部における「炭素–炭素結合」の形成はもちろんですが、それと同時に構築できる「炭素–金属結合」を起点として官能基導入やπ共役系のさらなる拡張が可能となるためです。しかし、その反応性の高さゆえ、アラインを用いた反応の制御は極めて困難でした。そのため、異なるアラインをアリールメタル種に連続挿入させた報告例はありませんでした。
今回、銅触媒存在下、安定なアリールスズにアラインを順番に加えるだけで、異なるアライン由来の芳香環をパズルのピースのように簡単に繋ぐことに成功しました。本反応はアラインの当量のみで挿入分子数を制御できます。これを可能にしたのが、アライン挿入のたびに生成物の反応性が低下するという反応設計です。
反応物と生成物の反応性が同等であれば、アライン挿入分子数を制御できません。そこで、アリールスズが電子不足であるほど反応性は向上するという本反応の性質を利用することで、最初の電子不足アリールスズにアラインが挿入するたびに反応性(≒電子不足性)を低下させ(図2)、アラインの当量のみで挿入分子数を制御することに成功しました(図3)。この性質を利用して、アリールメタル化において異なるアラインの連続挿入を初めて達成しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本反応設計では、反応性を「反応物>生成物」とする必要がありました。そこで、まずアリールスタニル化におけるアリールスズの反応性調査を試みました。すると「アリールスズが電子不足なほど反応性は向上しそう」なことは分かりましたが、スズ電子不足性の比較が困難な基質があったため、電子不足性と反応性の相関を正確に評価できませんでした。そこで、吉田先生と相談し、119Sn NMRの化学シフトによるスズ電子不足性評価を試みました。化学シフトに対してアリールスタニル化収率をプロットしたところ、収率が飽和するまでは非常に美しい直線関係が得られました(図4)。この直線関係は2つの重要な意味を持ちます。1つ目は図4の(1)–(3)の妥当性を担保するというものです。結果、「スズ電子不足性が高いほど反応性は向上する」という仮説を実証できました。2つ目は置換基の種類が同じ基質であれば、化学シフトから収率予測が可能というものです。化合物①–③は、容易に電子不足性を比較できます。一方、化合物④などの電子不足性の比較が困難なものでも、化学シフトにより比較可能であり、近似直線に代入すれば収率の予測ができます。実際に、化合物④の理論収率35%と実際の収率40%の一致度は高いです。
中学生の頃に学んだ一次関数が、目の前に現れたときは非常に感動しました。この119Sn NMRの化学シフトによるスズ電子不足性の評価が本論文における大きな工夫の一つです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
2分子目のアライン挿入機構の解明が最も難しかったです。本研究を始めた学部4年次の頃は、この機構が解明できておらず、半年以上、毎日頭を悩ませていました。あるとき、1当量のアリールスズに対して2当量のアライン(前駆体)を加え、30分ごとに反応を追跡しました。すると驚くべきことに、原料のアリールスズが完全に消費し、まず1分子挿入体が生成してから、それらが2分子挿入体に転化していくことが分かりました。1分子挿入体と2分子挿入体が同時に生成しないことが判明し、原料と生成物には明確な反応性の差があると考えました。この結果から、アラインの当量のみで挿入分子数を制御でき、異なるアラインを順番に挿入できるのでは?という発想が生まれました。この反応追跡実験を行ったのが卒論前の2018年1月24日で、興奮してすぐに吉田先生に報告しに行ったことを鮮明に覚えています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
ロックな化学を研究したいです。この言葉は、吉田先生がよくおっしゃっている言葉で、「この反応はロックや!」と思われるような研究・研究者を目指しています。ロックは「誰からも理解されないけど自分が良いと思ったらそれでいい」という意味では?と思う人もいるかもしれません。でも実際は、「自分が良いと思ったことをやり続けていれば、自然と人が集まってくる」これがロックであり、目指す場所です。少し前に公開された「ボヘミアン・ラプソディ」の中で、“I decide who I am”という言葉が出てきました。この言葉も今となっては多くの人を引き付けています。化学を通して自分が何者かになり、多くの人の興味を引くことができるように精進します。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
異なるアラインを順番に加えて、芳香環をパズルのピースのように繋ぐという発想は、反応機構解明から生まれました。最初は、純粋な興味で追及していたことが、自分の想像を超えて発展したときは感慨深かったです。今回の研究を通して、自分は3つの大事なことを学びました。1つ目は好きなことを追求していたら思いもよらない発見に繋がること。2つ目は自分のやっている研究にブラックボックスをなるべく作らないこと。一つ一つの操作、細かい機構から見えてくるものも多いということ。3つ目はたまには気分転換して、別の視点から考えること。自分は、何かを考える時はお風呂・自然・ランニングです!お風呂はいろんなことを思いつきます。あとは、夜ランニングしながら考えることが多いです。体を動かして、色んな景色を見ながら考えると、全然違う発想が出てきて、明日の実験が楽しみになります!広島大学周りの景色はいつも見ていると忘れがちですけど、意外ときれいですよ。
最後になりましたが、広島大学大学院工学研究科応用化学専攻の皆様、反応設計化学研究室の皆様のご協力のおかげで本研究をまとめることができました。尾坂先生、米山先生、斎藤先生、三木江さんには、報告会や実験等で様々なアドバイスを頂きました。指導教員の吉田先生には、研究はもちろん、かっこいい研究者像を学ばせて頂き、大変お世話になりました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。今後ともよろしくお願いいたします。また、自分の研究を紹介する機会を与えてくださったケムステスタッフの皆様に感謝申し上げます。
略歴
【名前】田中英也
【所属】広島大学大学院工学研究科応用化学専攻 反応設計化学研究室 博士課程前期2年
【略歴】
2016年3月 神戸市立工業高等専門学校応用化学科 卒業
2018年3月 広島大学工学部第三類応用化学課程 卒業
2018年4月–現在 広島大学大学院工学研究科応用化学専攻 博士課程前期
【研究テーマ】
2015年4月–2016年3月 神戸市立工業高等専門学校応用化学科 安田研究室「酸化セリウムを母体とする固溶体の酸素放出能の評価」
2017年4月–現在 広島大学大学院工学研究科応用化学専攻 反応設計化学研究室「銅触媒を用いたアラインの連続的アリールスタニル化」
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2020 年 2 月号の月刊化学にも本成果の研究物語が取り上げられています。
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