[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

Arborisidineの初の全合成

[スポンサーリンク]

インドレニンアルカロイドである(+)-arborisidineの初の全合成が達成された。二つの不斉四級炭素を含む全置換シクロヘキサノン骨格の構築が鍵となる。

インドレニンアルカロイド

高度に縮環した構造をもつstrictamine(1)やarboridinine(2)などのインドレニンアルカロイドの全合成を通じ、新たな反応や合成戦略が確立され、有機合成化学は進展してきた(図1A)(1)。2016年にマレーシアのコプシアアルボレアの木から単離、構造決定された(+)-arborisidine(3)も同様にユニークな縮環構造を有するインドレニンアルカロイドである(2)3の最大の構造的特徴としては、二つの不斉四級炭素を含む全ての炭素が置換されたシクロヘキサノン骨格を有することが挙げられる。この二つの不斉四級炭素のうち一つは含窒素四級炭素であり、関連する化合物において類似の構造は皆無である。これまでに一例3の合成研究が報告されているが、この全置換シクロヘキサノン骨格の形成には至っておらず、いかに本骨格を形成するかが3の全合成において課題となる(3)
シカゴ大学のSnyder教授らは以前、4の6-endo-dig環化により効率的に環形成を行うことで1の形式全合成を達成している(図1B)(1a)。今回、この合成法を全置換シクロヘキサノン骨格の形成に応用展開することで、短工程で3の初の全合成を達成した。彼らの3の逆合成解析は以下の通りである(図1C)。3は合成終盤でジエン体6の位置選択的化学修飾を経てピロリジン環を形成し合成することとした。6は鍵反応となるエンイン7の6-endo-dig環化反応により構築できると考えた。

図1. (A)四環性インドールアルカロイドの例 (B)1の形式全合成における鍵反応 (C)Arborisidineの逆合成解析

 

Total Synthesis of (+)-Arborisidine
Zhou, Z.; Gao, A. X.; Snyder, S. A. J. Am. Chem. Soc.2019, 141, 7715.
DOI: 10.1021/jacs.9b03248

論文著者の紹介


研究者:Scott A. Snyder
研究者の経歴:
1995-1999 B.A. Williams College, USA (Prof. J. Hodge Markgraf)
1999-2004Ph.D, The Scripps Research Institute, USA (Prof. K. C. Nicolaou)
2004-2006 Posdoc, Harvard University, USA (Prof. E. J. Corey)
2006-2011 Assistant Professor, Department of Chemistry, Columbia University
2011-2013 Associate Professor, Department of Chemistry, Columbia University
2013-2015 Associate Professor, Department of Chemistry, The Scripps Research Institute-                 Florida
2015-           Professor, Department of Chemistry, The University of Chicago
研究内容:ハロゲン化試薬の開発・天然有機化合物の全合成・カスケード反応の開発

論文の概要

D-トリプトファンメチルエステル(8)を本合成の出発物質とし、初めに2,3-ブタジオンとのPictet–Spengler反応により9を得た。エステルをシアノ基に変換した後、還元的脱シアノ化により11を合成した。なお、8の代わりにトリプタミンを出発物質とすれば、1工程で11をラセミ合成できることが示されている。次に、11をプロパルギル化し、その後TFAAを用いて脱離反応と二級アミンの保護をし、12とした。続いて、鍵反応である、金触媒を用いたエンイン12の6-endo-dig環化により収率よく14を得た。ここから、ピロリジン環の形成とジエン部位の位置選択的な官能基化ができれば6 の合成は完了する。ジエン14を、求電子的臭素化剤を用いることでエキソオレフィンを位置およびジアステレオ選択的にブロモ化し15とした。15は精製せずにパラジウム触媒を用いたメトキシカルボニル化反応条件に適用でき、14から収率56%でエステル16を合成した。その後、MagnusやShenviらの報告したMn触媒とシランを用いる還元反応を行うことで1,4-還元が位置選択的に進行し所望の17を得た(4)17の粗生成物を直接NaBH4/MeOH条件に付すことでアミン上のTFA保護基の除去と続くラクタム化を進行させ、18とした。最後にBH3、アミンオキシド、ヨードソベンゼン、そしてDMPを順次作用させることでオレフィンの水和とラクタムの還元、インドレニンの再形成などの官能基変換を行い、3の全合成を達成した。

Arborisidineの全合成

以上、3の初の全合成を達成した。高度に置換されたシクロヘキサノン骨格の形成法は、他の類似のアルカロイドの合成に応用されることが期待される。

参考文献

  1. (a)Smith, M. W.; Zhou, Z.; Gao, A. X.; Shimbayashi, T.; Snyder, S. A. Org. Lett.2017,19, 1004. DOI:10.1021/acs.orglett.6b03839 (b)Zhang, Z.; Xie, S.; Cheng, B.; Zhai, H.; Li, Y. J. Am. Chem. Soc.2019, 141, 7147. DOI:10.1021/jacs.9b02362
  2. Wong, S.-P.; Chong, K.-W.; Lim, K.-H.; Lim, S.-H.; Low, Y.-Y.; Kam, T.-S. Org. Lett.2016, 18, 1618. DOI:10.1021/acs.orglett.6b00478
  3. Chen, Z.; Xiao, T.; Song, H.; Qin, Y. J. Org. Chem.2018, 38, 2427. DOI:10.6023/cjoc201805025
  4. (a)Magnus, P.; Warning, M. J.; Scott, D. A. Tetrahedron Lett .2000, 41, 9731. DOI:1016/S0040-4039(00)01728-7 (b) Iwasaki, K.; Wan, K. K.; Oppedisano, A.; Crossley, S. W. M.; Shenvi, R. A. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 1300. DOI :10.1021/ja412342g
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. アリルC(Sp3)-H結合の直接的ヘテロアリール化
  2. 大学院生のつぶやき:UCEEネット、ご存知ですか?
  3. 「Python in Excel」が機能リリースされたときのメリ…
  4. アセタールで極性転換!CF3カルビニルラジカルの求核付加反応
  5. 【解ければ化学者】オリーブオイルの主成分の素はどれ?【脂肪の素っ…
  6. 幾何学の定理を活用したものづくり
  7. 金属原子のみでできたサンドイッチ
  8. JEOL RESONANCE「UltraCOOL プローブ」: …

注目情報

ピックアップ記事

  1. 紙製TLC!? 話題のクロマトシートを試してみた
  2. カストロ・ステファンス カップリング Castro-Stephens Coupling
  3. 金属材料・セラミックス材料領域におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用
  4. メリークリスマス☆
  5. 掟破り酵素の仕組みを解く
  6. 白リン / white phosphorus
  7. ノーベル賞いろいろ
  8. キレーション療法ってなに?
  9. フルエッギン Flueggine
  10. [(オキシド)フェニル(トリフルオロメチル)-λ4-スルファニリデン]ジメチルアンモニウムテトラフルオロボラート:[(Oxido)phenyl(trifluoromethyl)-lambda4-sulfanylidene]dimethylammonium Tetrafluoroborate

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年6月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

有機合成化学協会誌2025年3月号:チェーンウォーキング・カルコゲン結合・有機電解反応・ロタキサン・配位重合

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年3月号がオンラインで公開されています!…

CIPイノベーション共創プログラム「未来の医療を支えるバイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第105春季年会(2025)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「未来の医療…

OIST Science Challenge 2025 に参加しました

2025年3月15日から22日にかけて沖縄科学技術大学院大学 (OIST) にて開催された Scie…

ペーパークラフトで MOFをつくる

第650回のスポットライトリサーチには、化学コミュニケーション賞2024を受賞された、岡山理科大学 …

月岡温泉で硫黄泉の pH の影響について考えてみた 【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい! というわけで、硫黄系温泉を巡る旅の後編です。前回の記事では群馬県草津温泉をご紹…

二酸化マンガンの極小ナノサイズ化で次世代電池や触媒の性能を底上げ!

第649回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院環境科学研究科(本間研究室)博士課程後期2年の飯…

日本薬学会第145年会 に参加しよう!

3月27日~29日、福岡国際会議場にて 「日本薬学会第145年会」 が開催されま…

TLC分析がもっと楽に、正確に! ~TLC分析がアナログからデジタルに

薄層クロマトグラフィーは分離手法の一つとして、お金をかけず、安価な方法として現在…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー