第203回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻(西林研究室)博士課程・芦田裕也さんにお願いしました。
西林研究室はエネルギー資源の創成を志向した触媒技術開発を行っています。特に、アンモニアをエネルギー資源として利用する「アンモニア社会」の実現に必要な次世代型窒素固定触媒の開発が一大テーマです。
今回、西林研究室はなんと常温常圧でのアンモニア合成を可能にする新しい触媒システムをNature誌に報告しました(プレスリリースはこちら)。非常にインパクトが大きかったので、我々ケムステも速報という形で取り上げさせていただきました(速報・常温常圧反応によるアンモニア合成の実現について)。
Molybdenum-Catalysed Ammonia Production with Samarium Diiodide and Alcohols or Water
Y. Ashida, K. Arashiba, K. Nakajima, and Y. Nishibayashi
Nature, 2019, 568, 536–540, DOI: https://doi.org/10.1038/s41586-019-1134-2
筆頭著者である芦田さんと西林先生に本研究に関するインタビューをお願いしました。まず、芦田さんについて西林先生からのコメントを次のようにいただいております。
芦田君は非常に穏やかな性格で人柄も良く誰からも好かれる好青年です。企業での研究経験も上手く生かしながら、当研究室の長年の研究課題に対して突破口を拓いてくれたその研究センスおよび研究遂行能力には目を見張るものがあります。今回の投稿論文に対する審査員の厳しい意見に対しても主体的に対応した様子は非常に頼もしく思いました。将来の更なる活躍が今から楽しみです。
続いて、研究の詳しい内容を芦田さんにお聞きしました。ぜひご覧ください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
豊富に存在し、安価で取扱容易なアルコールや水をプロトン源として用いた常温常圧下での触媒的アンモニア合成に成功しました。当研究室ではこれまでに、ピンサー型配位子を有するモリブデン錯体を触媒とする温和な条件でのアンモニア合成を報告しています。しかし、これまでの触媒的アンモニア合成反応では、還元剤としてメタロセンやKC8、プロトン源としてピリジン共役酸などの高価で反応性の高い試薬が用いられていました。本研究では、従来開発したモリブデン触媒存在下、還元剤としてヨウ化サマリウム(SmI2)を用いることで、アルコールや水をプロトン源とした触媒的アンモニア合成に成功し、従来の約10倍の活性となる触媒のモリブデン原子当り4350当量のアンモニア合成を達成しました。また、1分間に触媒のモリブデン原子当り117当量のアンモニアが生成し、窒素固定酵素ニトロゲナーゼ(40-120 equiv/cat/min)に匹敵するTOFを達成しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
実は研究当初はアルコールや水を用いたアンモニア合成を意識していませんでした。というのも、低原子価のモリブデン錯体が生成する触媒反応系で酸素系のプロトン源を組み合わせると、オキソ錯体が生成することが容易に想像できたからです。しかし、別テーマで還元剤の探索を行っている中で、ヨウ化サマリウムが従来使用していたメタロセン還元剤の代替として使用できることを見出しました。有機分子の還元反応でヨウ化サマリウムとアルコールや水といったプロトン源の相性が良いことは知られています。触媒的なアンモニア合成反応でこれらのプロトン源を使うのは一見難しそうだが、もしかしたら…という気持ちで最初の反応を仕込んだことを覚えています。結果は嬉しい意味で予想とは違い、非常に驚くとともに、様々なことを取りあえずでも試しておくことは大事だなと改めて思いました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
今回の研究テーマについては、ヨウ化サマリウムという還元剤を見つけてくることが何より重要でした。逆に一度見つけてしまえば、その後は比較的サクサクと研究が進んだ印象です。実務的な話ですと、研究初期段階で実験の再現性を確認することにやや苦労しました。ヨウ化サマリウムは有機合成で広く用いられている還元剤ですが、使用する際には濃度を滴定したテトラヒドロフラン(THF)溶液として使用することが一般的です。しかし、今回の反応でTHF溶液を使用すると反応自体は進行しますが、結果のバラつきが大きくなってしまいました。色々な条件を検討しましたが、最終的にはヨウ化サマリウムを一度THF錯体(SmI2(thf)2)として単離して使用することで、この再現性の課題をクリアしています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は西林研究室で修士課程を修了して、一度企業に勤めていた経験があります。ただ、大学での研究に惹かれ、退社して再度博士課程の学生としてアカデミックの世界に戻ってきました。企業とアカデミックの双方の研究を経験した身としては、現在の日本ではこれらの研究にギャップが大きいと感じています。そこで、化学分野で企業とアカデミックの研究の橋渡し的な役割を果たせるような、研究者になれればと現在思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究においては机上検討では難しいと思うことでも、思いついたことであれば一度やってみることが大事だと思っています。徒労に終わることも多いですが、こういった実験に今回のように意外性のある新たな発見が眠っており、それを初めて見つけることこそが研究者の醍醐味だと思います。
最後に、研究指導して下さった西林先生、中島先生、荒芝博士をはじめとする研究室の皆様、そしてこのように研究を紹介する機会を下さったケムステスタッフの皆様に深く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:芦田 裕也
所属:東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻 西林研究室 博士課程2年 日本学術振興会特別研究員 DC1
研究テーマ:「遷移金属錯体を用いた触媒的窒素固定反応の開発」
経歴
2012年3月 東京大学工学部化学生命工学科 卒業
2014年3月 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 修士課程修了
2014年4月―2017年2月 株式会社ダイセル
2017年4月―2017年9月 東京大学大学院工学系研究科 大学院研究生
2017年9月―現在 東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻 博士課程
2018年4月―現在 日本学術振興会特別研究員 DC1