[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

(−)-Salinosporamide Aの全合成

[スポンサーリンク]

()-salinosporamide Aの立体選択的全合成が達成された。アザペイン転位/ヒドロアミノ化反応を用いたピロリジン骨格の構築法と合成終盤でのC–H挿入反応が本合成の鍵反応である。

Salinosporamide Aとは

(−)-Salinosporamide A (1:Marizomib)は2003年にFenicalらによって海洋微生物であるSalinosporaから単離された、強力な20Sプロテアソーム阻害活性をもつ天然物である[1]。構造の類似したomuralide (2)も知られるが、1のプロテアソーム阻害活性は2より強く、1は多発性骨髄腫の治療薬候補として臨床試験中である(図1A)[2]

1は高度に官能基化されたピロリジノン骨格(γ-ラクタム環)やβ-ラクトン環、及びシクロへキセニル環といった特徴的な構造をもち、さらには連続する5つの不斉中心を有するなど、合成化学的にも興味深い化合物である。そのため、多くの合成化学者によって数多くの合成経路が開発されてきた[2a]
初の1全合成は、Coreyらによって2004年の単離からわずか1年で達成された(図1B)[3]。この全合成は、その立体選択性や総収率の高さから今もなお注目されている。特に8から立体選択的に9を導く付加反応は以降報告された1合成においても多く用いられている。一方で、ピロリジン骨格の構築段階(4から6)が7日間を要するという課題があった。
今回、ミシガン州立大学のBorhan教授らは、アザ-ペイン転位/ヒドロアミノ化反応(1211)によりピロリジン骨格を構築することで、立体選択的な(−)-salinosporamide A (1)の全合成に成功したので紹介する(図1C)。合成終盤(10)におけるC–H挿入反応も本合成成功の鍵である。

図1. (A)20Sプロテアソーム阻害剤 (B)Coreyらの合成法 (C)(−)-Salinosporamide Aの逆合成

“Total Synthesis of ()-Salinosporamide A via a Late Stage C–H Insertion”
Gholami, H.; Kulshrestha, A.; Favor, O. K.; Staples, R. J.; Borhan, B. Angew. Chem., Int. Ed. 2019,58, Early View.
DOI:10.1002/anie.201900340

論文著者の紹介

研究者:Babak Borhan
研究者の経歴:
1988   B.Sc., University of California, Davis
1995   Ph.D., University of California, Davis
1995–1998   Postdoc, Columbia University
1998– Professor, Michigan State University
研究内容:有機分光法、有機合成化学、生物有機化学

論文の概要

(−)-Salinosporamide A (1)は連続する5つの不斉中心を有するため、反応の立体制御が課題である。

入手容易な13を出発物質とし、14に誘導した後、有機触媒存在下アジリジン形成を行い、高いエナンチオ選択性で非対称アジリジン15を合成した。次に、15のアルデヒドに対しエチニルマグネシウムブロミドをジアステレオ選択的に付加させた後、12のアザ-ペイン転位/ヒドロアミノ化反応によって立体構造を保ちながらピロリジン骨格11を構築した[4]

その後、18のC3位のアリル化に関しては、C5位置換基の嵩高さを利用した立体制御を行い、20を主生成物として得た。18のアルコール保護基をTBS基からBn基に変えると、ジアステレオ選択性が低下する。また詳しくは論文を参照されたいが、C5位へのC–H挿入は、アニオンやカチオン、ラジカルを経る反応では実現できず、今回用いたビニルカルベン経由でのみ目的の23を与えた。

最後に、Coreyらの手法と同様に、シクロヘキセニルジンククロリドのジアステレオ選択的付加反応によりシクロへキセニル環を導入することで、1の合成を達成した。

図2. (−)-Salinosporamide Aの立体選択的合成

以上、今回筆者らはアザ-ペイン転位/ヒドロアミノ化反応を用いてピロリジン骨格を構築し、合成終盤で適切なC–H挿入反応を選択することで、(−)-salinosporamide A (1)の立体選択的全合成に成功した。今後、類似骨格をもつ天然物や誘導体合成への応用が期待できる。

参考文献

  1. Feling, R. H.; Buchanan, G. O.; Mincer, T. J.; Kauffman, C. A.; Jensen, P. R.; Fenical, W. Angew. Chem., Int. Ed.2003, 42, 355. DOI:10.1002/anie.200390115
  2. a) Gulder, T. A. M.; Moore, B. S. Angew. Chem., Int. Ed.2010, 49, 9346. DOI: 10.1002/anie.201000728b) Groll, M.; Huber, R.; Potts, B. C. M. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 5136. DOI:10.1021/ja058320bc) Caubert, V.; Masse, J.; Retailleau, J.; Langlois, N.  Tetrahedron Lett. 2007, 48, 381. DOI: 10.1021/ol8016066
  3. Reddy, L. R.; Saravanan, P.; Corey, E. J. J. Am. Chem. Soc.2004, 126, 6230. DOI:10.1021/ja048613p
  4. Schomaker, J. M.; Geiser, A. R.; Huang, R.; Borhan, B. J. Am. Chem. Soc.2007, 129, 3794. DOI:10.1021/ja068077w
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. ここまで来たか、科学技術
  2. 構造式を楽に描くコツ!? テクニック紹介
  3. 研究助成金を獲得する秘訣
  4. 化学構造式描画のスタンダードを学ぼう!【応用編】
  5. 消せるボールペンのひみつ ~30年の苦闘~
  6. 環状ペプチドの効率的な化学-酵素ハイブリッド合成法の開発
  7. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑥(解答編…
  8. 抗体ペアが抗原分子上に反応場をつくり出す―2つの抗体エピトープを…

注目情報

ピックアップ記事

  1. カンプトテシン /camptothecin
  2. これならわかる マススペクトロメトリー
  3. JEOL RESONANCE「UltraCOOL プローブ」: 極低温で感度MAX! ①
  4. 光触媒が可能にする新規C-H/N-Hカップリング
  5. 宮坂 力 Tsutomu Miyasaka
  6. 第19回「心に残る反応・分子を見つけたい」ー京都大学 依光英樹准教授
  7. 有機合成化学協会誌2021年11月号:英文特集号 Special Issue in English
  8. 第120回―「医薬につながる複雑な天然物を全合成する」Richmond Sarpong教授
  9. スマイルス転位 Smiles Rearrangement
  10. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑧:ネオジム磁石の巻

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年5月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

ミトコンドリア内タンパク質を分解する標的タンパク質分解技術「mitoTPD」の開発

第 631 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 生命科学研究科 修士課程2…

永木愛一郎 Aiichiro Nagaki

永木愛一郎(1973年1月23日-)は、日本の化学者である。現在北海道大学大学院理学研究院化学部…

11/16(土)Zoom開催 【10:30~博士課程×女性のキャリア】 【14:00~富士フイルム・レゾナック 女子学生のためのセミナー】

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。11/16…

KISTEC教育講座『中間水コンセプトによるバイオ・医療材料開発』 ~水・生体環境下で優れた機能を発揮させるための材料・表面・デバイス設計~

 開講期間 令和6年12月10日(火)、11日(水)詳細・お申し込みはこちら2 コースの…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP