第196回目のスポットライトリサーチは、関西学院大学理工学部化学科(山田研究室)・若森晋之介 助教にお願いしました。また、現東海大学工学部応用化学科の苫米地祐輔 助教、現北海道大学大学院総合化学院の池内和忠 助教にもコメントをいただいております。
若森助教は、これまでにキラリと光る切れ味鋭い研究を手掛けてきており、一度企業の門を叩いた後、アカデミアの世界に飛び込んできた新進気鋭の化学者です。彼の一門の伝統ではありますが、お酒も大好き、研究も大好きが誰が見てもわかる人物で、古い言葉ですがナイスガイです。山田英俊先生の研究グループに加わってからまだあまり時間は経っていませんが素晴らしい成果を発表し、今後の飛躍が大いに期待されます。本成果はScience誌原著論文およびプレスリリースとして公表されたのち、Chemical&Engineering Newsを始めとする様々な媒体で紹介されている注目度の高い研究です。
“Conformationally supple glucose monomers enable synthesis of the smallest cyclodextrins”
Ikuta, D.; Hirata, Y.; Wakamori, S.; Shimada, H.; Tomabechi, Y.; Kawasaki, Y.; Ikeuchi, K.; Hagimori, T.; Matsumoto, S.; Yamada, H. Science 2019, 364, 674. doi: 10.1126/science.aaw3053
まずはじめに、研究グループを率いる山田英俊先生よりのお言葉を紹介して、インタビューに入りたいと思います。先生のお人柄がよく表れたコメントかと思います。また、お気づきかもしれませんが、記事冒頭にある4コマ漫画は山田先生の作です。
本研究は,駅伝競走のようにたすきを受け継いで,山田研で行われてきました。本来は研究者全員が回答するのが是かもしれませんが,代表して回答いたします。また,山田研に以前在籍された苫米地祐輔先生(東海大工)や池内和忠先生(北大院理)にもご協力いただきました。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
環状グルコースであるシクロデキストリン(CD)のうち,グルコース3個や4個で構成されたCD3とCD4の合成に成功しました。CDは,環状体の中央部に様々な化合物を包摂するため,味の調整や消臭剤などとして一般家庭で使われる製品に広く利用されています。一般的なCDはグルコース6〜8個でできており,CD3やCD4はグルコースの構造が歪むため,存在しないと考えられてきました。本研究では,両者を化学合成して,その存在を実証しました。CD3やCD4は,より小さな化合物を包摂する可能性があり,応用が期待されます。
これらの合成には,グルコースの分子柔軟化という新概念が役立っています。すなわち,グルコースの3位および6位の酸素にEDB基と呼ばれる適切な長さの分子構造で架橋したところ,柔軟化することを突き止めました。また,架橋したEDB基がピラノース環のβ面を跨ぐことで,CD合成に不可欠なα-選択的グリコシル化反応が可能となりました。この柔軟化と選択性によって,歪んだ構造をもつCD3とCD4の合成が可能になりました。
(図:グルコースの分子柔軟化の概略図。EDB基を架橋したグルコース誘導体の立体配座を分布図に示しました。アノマー位や2位・4位の置換基が変わると,立体配座も大きく変わります。)
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
(池内)
思い入れがあるところは,環状三量体の合成の瞬間に立ち会ったことです。私の在籍時は,生田くん(本論文の筆頭著者)がCD3合成を研究していました。CD3と思われる化合物が得られた時,そのNMRスペクトルはとてもシンプルでした。すなわち,グルコースユニットがあたかも一つのような単純なスペクトルだったのです。質量分析を確認したところ,環状三量体のピークが得られました。本当にCD3ができたのだと,飛び跳ねるほど皆で喜びました。お祝いに飲みに行ったことを,昨日のように鮮明に覚えています。
(若森)
グルコースの分子柔軟化という新概念の証明に尽力しました。EDB基を架橋させたグルコースはさまざまな立体配座をとる事実から,私たちは「分子柔軟化」を提唱していますが,その立体配座を決める過程がグレーでした。すなわち,1H NMRで得られたJ値からピラノース環上の水素原子の二面角を算出し,そのとおりに分子模型を手で組んでいました。この方法では,組む人によって立体配座が変わってしまったり,微妙な立体配座が表現できなかったりして,いわば人間が分子(模型)を柔軟化していました。そのため分子力場計算を導入して,グルコピラノースの立体配座の解析手法を開発しました。なお約半年かけて150ページのSupporting Informationをまとめ,投稿準備しましたが,たったの3日でNature誌にはリジェクトされました。その時の山田教授と私の落胆ぶりは,ご想像にお任せいたします。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
(苫米地)
原料を大量に合成できないことでした。当時私は,EDB基の有用性を発展させる段階を実験しており,EDB基を糖に導入する工程や糖のアノマー位にフェニルチオ基を導入する工程を検討していました。有機合成の世界ではよくある話ですが,検討に使用する原料の多くの工程の収率がイマイチで,必要量を揃えることができず,なかなか最先端の条件検討ができません。そのため,学生と力を合わせて原料合成したり(低収率でも量で押し通す),合成工程のそれぞれでブラッシュアップを図ったり(収率が1%でも良い条件を探す)しました。当時はとても大変でしたが,今となっては良い思い出です。
(若森)
CD3の結晶構造を得るのが難しかったです。そもそもの問題は,サンプルの純度でした。卒業した学生が残していったCD3の貴重なサンプル(20 mg)を見ると,なんと真っ黒(CD3は白色固体)。どうやら保存容器に移し替える際,手荒く扱ってしまったようです。CD3はすぐに合成できる化合物ではないので,私は真っ青になりました。そのため,CD3の安定性を確認しつつ,ゲルろ過やODSで精製することで真っ白にしました。CD3の結晶構造は,田中大輔先生(関西学院大理工)にご助力いただき,きれいなものがとれました。ORTEP図をご覧になったときの山田教授のお顔は忘れられません。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
(苫米地)
人の役に立つモノをつくりたいという目標があります。その理由は,私の父親が放送機器の開発技師だった影響からでしょうか。また,東海大学に着任して3年目ですが,教員として化学と関わる難しさに色々と直面しています。世の中で活躍する人材を育てたいです。
(池内)
誰もが踏み込んだことのない分野に挑戦していきたいです。この研究を通して、出来ないと思われていることでも,何かしらの工夫を取り入れることで出来る可能性があるということを実感しました。
(若森)
オリジナルなモノづくりをしたいです。オリジナルな手法やモノを開発するだけではなく「概念」を創造して,人間を含めた生物の存在にとって貢献できればと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
「科学は犯罪以外のことならなんでもやってもいい。発想は自由に」が,山田研究室の研究姿勢です。研究にはしんどいことや辛いこともありますが,考えついたことや閃いたことを大切に「研究を楽しむ」を普段から意識しています。
研究者の略歴
(左から, 若森晋之介助教, 苫米地佑輔助教(東海大), 池内和忠助教(北大), 山田英俊教授)
名前:若森 晋之介
所属:関西学院大学理工学部化学科 山田研究室
研究テーマ:有機合成化学を駆使した生物活性物質に関する研究をしています。人間も含めた生物にとって役に立つという立場で生物活性物質を化学合成し,生命の仕組みを解き明かしたいです。
略歴
05年4月〜09年3月 早稲田大学理工学部(鹿又宣弘教授)
09年4月〜14年3月 東京大学大学院農学生命科学研究科(渡邉秀典教授)
14年4月〜16年5月 信越化学工業株式会社研究員
16年6月〜18年3月 関西学院大学理工学部博士研究員(山田英俊教授)
18年4月〜現在 関西学院大学理工学部助教