みなさま、4月も半分すぎ、新入生がラボに入ってきていると思います。そんな頃によく目にするのが、エマルジョンができて困った、ろ過がうまくいかないなどの基本的な失敗。今回はそんな研究室に配属したての学生さん向けの内容です。新入生のみなさん、以下に書いてあるようなことに直面したら、この記事を参考にどうすれば良いのか自分で考え、先輩や先生の指導を仰ぎながら実験に取り組んでください。
特に、本記事では具体的な方法の記述を心がけていますが、具体的に研究室にあるものを使ってどう対処するべきなのかはケースバイケースであることも多々ありますので、無理はしないで不安だったら積極的に聞いてみることをお勧めします。また、有機合成のテクニックのまとめはこちらです。まとめて知りたい方は時間の空いた時にでも読んでみてください。
1:分液漏斗の中の有機層と水層の間に何かよく分からん、溶けきらない変なものが浮いている。
大抵、その”何か変なもの”はポリマーか、副生成物か何かで、普通は自分の追い求める目的化合物で無い場合がほとんどです。それが入らないように、通常の抽出操作により、化合物を抽出してしまいましょう。もし有機層に混じってしまった場合は、Brineで振る際に取り除くか、多めの乾燥剤を入れて乾燥、ろ過時に除去しましょう。
2:エマルジョンになった。特に最悪なパターンは、これがスケールアップの際に起こり、適当に水やら有機溶媒やらを追加しているうちに、溶液量が増え、手に負えなくなるパターン。
30分程度分液漏斗を放置して分離がみられるか待つ。それでもダメなら家に帰る。
以下に上げた対策は、小さなスケールでまず自分の方針が正しいか確認してから行ってください。特に溶媒量が100 mL以上の液液分離の場合は、種々の条件によりエマルジョンが解消されるか確かめてから、分液漏斗に適用しましょう。(例えば、1 mLを10 mLの試験管に採取、ゴム栓などで閉じた状態で振ることによって分離を試みます。)初めから酸やら塩基やらを分液漏斗に入れまくると、溶液量が増えて大変なことになります。(もし化合物が惜しい場合は種々の抽出条件の検討で用いた溶液を最後にすべて合わせて大きなスケールで抽出処理をします。)
①固体のNaClを加える、②pHを変える、③溶液を有機溶媒もしくは水で希釈する、ことで分離がよくなる場合があります。
抽出溶媒を変えるのも方法の一つです。特にMeOHやMeCNなどの水性溶媒中で反応を行なった後のwork upでは、有機層と水層が混じりあってしてしまうという事態が起こり得ます。その場合はMeOHやMeCNなどの溶媒を一旦飛ばし(化合物が濃縮されることによる分解には注意します)、適切な抽出溶媒に溶解させるときれいに二層系に別れることがあります。
セライトで液体をろ過する方法もあります。この際は、沸点の低い溶媒、例えばエーテルなど、を有機層に使わない、ある程度大量のセライトを使い、不溶性の化合物によるセライトの目詰まりを防ぐといった注意をした上で、ブフナーセライトろ過を行えば綺麗に層が分離する場合があります。(沸点が低い溶媒が有機層に存在する場合、蒸気圧が低くアスピレーターの圧力が下がりにくくなりろ過が進みません。)
個人的にはアジドやハロゲン化物などはハロゲン系の溶媒が溶解するのに有効ですし(ただし、NaN3やTMSN3などを使った反応のあとはハロゲン系は厳禁です。爆発の原因となります。)、酢酸エチルとエーテルで溶解度がかなり異なる化合物もあるので、抽出溶媒についても検討の余地があるかもしれません。
また、酵素反応などを行った場合は遠心によって分離が達成されます。例えば8,000 rpm 5 minでほとんどの分離が可能です。
さらに、分離平衡は温度依存性ですので、加温した状態で抽出を行うという方法もあります。ただし、この場合は抽出溶媒にはくれぐれも注意してください。使える溶媒はトルエン-水などです。
3:ろ過がうまくいかない。
基本的にろ過がうまくいかない場合は、パウダー状のモレキュラーシーブなどの微粒子が小さすぎてフィルターの目を詰まらせてしまうことが原因である場合がほとんどです。そいうった場合はセライトろ過が有効です。不溶性の物質が反応溶液に大量にある場合は、比較的大きめのブフナー漏斗に(ここ大事。)、比較的多めセライトを敷いて濾過を行うのが鉄則です。それでもろ過が遅そうだと予想される場合は、反応溶液に適当な量のセライトを入れ、1分ほど攪拌後、セライトを敷いたブフナーでろ過すると、ろ過が早くなるなる場合があります。セライトを用いたJones酸化のも確かこんな感じで行いますよね?
基本的にシリカゲルと異なりセライトには化合物が吸着されないので、適当な溶媒でさっと洗えば大抵の化合物はロス無く回収可能です。
化合物をろ過で回収する場合、セライトろ過は使えません。その際は、化合物の結晶条件を検討し、結晶のサイズを大きくすることで、ろ過効率を上げるといった工夫が必要です。
4:クエンチを忘れ、炭酸水素ナトリウム水溶液を分液漏斗に加え、有機層から二酸化炭素が発生、優雅な噴水が観察された。
まず、この手のクエンチはフラスコ内で慎重に行うことです。そして、可能ならば、抽出前にしばらく攪拌しておくことです。分液漏斗に二層系の溶液を移した後も、静かに振ってから、分液漏斗を頻繁に通気するようにします。
5:反応溶液は真っ黒。そこにクエンチのために水溶液を加えると、均一な黒い混合物になり、境界が見えなくなってしまった。
ハロゲン系以外の抽出溶媒を利用している場合、氷を一つ入れてみてください。氷は水の上に浮かびます。
また、NMRチューブを入れてみると境界が見えやすくなるという方法も聞いたことがあります。
6:Crude NMRを見ても化合物が見当たらない。もしくは、TLCで有機層をチェックしたところ、化合物がいない。
この場合、化合物がdecompしたか、水層に溶けている可能性が考えられます。確認には、まず、水層のTLCサンプルをとり、必ず乾燥して水を取り除いてからTLCを上げてみてください。もしくは水層をLC-MSで確認しましょう。 (捨ててしまった人、残念でした。また仕込み直しましょう。)尚、少量スケールの場合に多量の溶媒で抽出することで化合物が見えなくなってしまったという話も聞いたことがあるので、確認してみてください。
基本的にトリオールやアミノ酸などはかなり水溶性が高いですし、work upをするにしても、塩析した状態でモノを抽出するなどの方法が適切かと思われます。また、アミンやカルボン酸の場合、水溶液のpHもチェックしましょう。場合によっては反応を極小量の水や反応剤でクエンチし、溶媒を除去してから直接乾燥させる方法もあります。
また揮発性のあるような小分子の場合は、エバポレータートラップの溶媒をチェックしてください。モノがいる場合があります。
まとめ
いかがだったでしょうか?私も上に述べたようなアホな失敗を真夜中にしたことが沢山ありますが、皆さんにおかれましては成功確率の高い(再現性の高い)実験を心がけていただきたいと思います。その他のテクニックについてはこちらの記事をご参照ください。