これまでも、ケムステではTLCネタを数々取り上げてきましたが、実務的な内容がやっぱり少ないということで、今回の記事ではTLCでの反応の追跡時に起こるトラブルシューティングに特化して紹介しみてみたいと思います。TLCの打ち方(3点打)など基本的なことに関してはこちらの記事などに詳しいのでそちらを参照してください。
準備
市販のTLCはガラスプレートのものとアルミプレートのものに大別されます。アルミプレートはハサミで切れるし、楽だしそっちを使うという人が筆者の周り(特にヨーロッパでは多い)では多いですが、私はTLCを染色後、焼いたときに裏側もしっかり確認できるガラスプレートを使うことをお勧めします。1.5x5cmのカットで3点打ち、2.0x5cmのカットで5点打てるので、暇なときにこれくらいの大きさにガラスプレートを切っておくと便利です。
基本
勝手の知っている反応の場合は適当な時間にTLCをとって、work upでもいいですが、初めて行うよく知らない反応は5分、15分、30分、60分、2時間、4時間、、、という感じでTLCを取るのが基本です。反応の進行を手っ取り早く見たい場合は、Et2O/pentane系は展開が早いし、すぐに溶媒が飛んでくれるので便利です。
初めて行う反応で、TLCをこまめにとる理由は
- 反応の収束時間を見積もるため。(Reportされている反応時間は必ずしも自分の扱っている基質に当てはまるわけではありません。例えば15分でほぼNRだった場合は、温度を上げるなり、触媒をついかするなり素早い対応が可能です。)
- 基質に反応点が複数ある場合。(選択的なオゾン酸化や保護基の脱保護などでは、厳密に反応をコントロールしない限り、反応が行き過ぎてしまい収率が低下する場合があります。)
- 生成物が不安定な場合。(主生成物が比較的不安定な場合、反応条件でdecompする場合もあります。)
注意
- UV吸収がある化合物を扱っているかといって、UVだけで反応追跡をするのは危険です。UVを持たないbyproductがカラムで紛れていたり、副生成物として生成しているかもしれません。しっかり染色しましょう。
- 沸点の低い化合物の場合は、できるだけ沸点の低い系Et2O/pentane系で上げて、目的物質が蒸発するのを防ぎましょう。また、この手の化合物は往々にして、官能基が少なかったりするので焼けにくいことがあります。GC-MSや1H-NMRなどでの反応追跡なども試みましょう。
- 反応が完了したら染色したTLCの写真を撮って、電子ノートに貼り付けてしまいましょう。
低温反応の追跡
低温反応を行なった場合、サンプルを採取する間にキャピラリーの中で反応が進行し、反応が完了しているように見えていたが、実際にworkupをしてみるとconversionが半分程度だったということもあります。極低温反応の場合は、キャピラリーで採取したサンプルはできるだけ素早くTLCにサンプルを載せるようにし、反応が余分に進行しないようにすることも重要です。また、サスペンジョンの反応の場合もさっさとTLCを打たないと、個体がキャピラリーを詰まらせることがあるので注意が必要です。どちらも、先に小さいスケールでクエンチしてからTLCを取るという方法もあります。
化合物の分解
化合物によっては、TLC上で不安定なものもあります。そういった化合物の場合、2次元TLCが有効です。2次元TLCで生成物が不安定であることが分かれば、精製方法をカラムから蒸留や再結晶、若しくは精製せずに次の反応にそのまま供する方針に変更したりすることが可能です。北原Danishefskyジエンの合成など、壊れやすい(出発物質に戻る)化合物の場合は、TLCではそもそも反応を追跡せず、揮発性物質同様1H NMRやGC-MSで追跡するなどの工夫が必要です。
シリカゲルは一般に中性とされていますが、グリコシル供与体などの合成では1%程度のDIPAやNEt3を一緒に展開すると生成物の分解を防ぐことが可能です。ただしこの場合は、UVでの検出が主となります。染色すると場合によってはうまく行かないことがあるので適切な染色液を用いるなど工夫が必要です。
テーリング
アミンが生成物の場合は、0.5%程度のDIPAやNEt3を展開溶媒に添加するとテーリングを抑えることが可能です。また、NHシリカゲルを塗布してあるTLCを買うもしくは作成し、使うことも可能です。
一方で、カルボン酸などの場合は、0.5%程度のAcOHなどをCHCl3/MeOHなどの系に添加するとテーリングを防ぐことが可能です。また酸性シリカゲルTLCも市販されていますので、利用可能です。
また、これらの極性官能基を有する化合物の場合、特にアミノ酸などの両性化合物や糖などは、逆相カラムを備えたHPLC-MSの方がうまくいく反応の追跡ができる場合もあります。(ただし、カルボン酸やスルホン酸はポジでは見えにくいのでネガで検出する必要があるので注意してください。)
分離
分離が良く無い場合は、溶媒系を変えてみましょう。特に芳香族化合物の分離を試みる場合、非極性溶媒としてPhMeやPhHを用いるとpi-piの影響からか分離が良くなる場合があります。また、UPLCやGC-MSなども分析手段の一つとして考慮しましょう。
先ほどもさらっと述べましたが、ツルツルの(極性官能基のない)化合物の場合、目的物質が低沸点でTLCで確認する前に溶媒と一緒に蒸発してしまったり、染色しようとしても何にも染まらないという場合がよくあります。あらゆる染色液を試すのもいいですが、1H NMRやGC-MSなどで追跡するとうまくいく場合もあるので、他の分析手段があることも忘れずに。尚、1H-NMRで追跡する場合は、その感度ゆえ、比較的たくさんの溶液(例えば重溶媒比20%)を重溶媒で薄めて1H-NMR測定に供します。化合物量がある程度確保でき、高希釈条件でなければ出発物質と目的物質のシグナルは得られるはずです。
アルミナプレートの方が分離が良い場合、化合物が分解しにくい場合もありますので、シリカゲルプレートでうまくいかない場合はアルミナプレートで反応を追跡することも有効です。
シリカゲルプレートでもガラスプレートを用いた場合、裏面の焼け方が表面と違っていたりして、分析に有用な場合もあります(例えば、Rfは同じだが焼け方が違っていて反応が進行したことを確認する場合など)。筆者は専らガラスプレート派ですが、アルミをご利用の皆様、場合によってはハサミで切れて便利なアルミプレートではなく、ガラスプレートで展開してみると良い結果が得られるかも知れません。
定量性
TLCの欠点は定量性に欠けるという点です。例えば、企業のプロセス化学(化合物をいかに効率的に工業的に作るかを研究する分野)の研究者の方々は基本的にTLCは使わないと聞いたことがある方も多いのではないでしょうか?筆者が所属している研究室でもほぼ全ての学生がTLCに加えUPLC-MSを利用していますし、近しい研究室ではSFC-MS (Supercritical Fluid Chromatography, 超臨界流体クロマトグラフィー)などを使っているところもあります(うらやましい)。SFCやUPLCの場合、分析時間はたったの五分で綺麗な結果が得られるので、TLCと遜色ないスループットで仕事が可能です。SFC-MSなんて高すぎで、HPLCしか無いという場合でも、比較的短い逆相カラムと高い有機溶媒比率の組み合わせにすることで、分析時間を抑えて反応を追跡するということが可能です。ただこの場合は、逆相分析になるのでHPLC分取の場合は問題にならないのですが、通常の順相カラムでの溶出順序が異なるので注意が必要です。
関連書籍
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2020.07.07 更新 (Gakushi)