第194回のスポットライトリサーチは、理化学研究所Kim表面界面科学研究室で研究員を務められていた、三輪邦之(みわ くにゆき)さんにお願いしました! 三輪さんは現在も客員研究員として理化学研究所に携わりながら、拠点を移しアメリカで博士研究員をされています。
金研究室は、表面・界面に置かれた単分子を、徹底的に工夫を重ねて世界最高の精度を誇る走査トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope: STM)装置を構築し、極めて精力的に研究を展開されています(参考文献:Imada et al., Nature 538, 364–367 (2016), Kazuma et al., Science 360, 521-526 (2018), など)。実験と理論の両面から挑戦的な分野開拓を推進されており、今回紹介いただける内容は理論にフォーカスした単分子発光の機構解明の成果です。
最高の空間分解能を誇る顕微分光であるSTMを利用すると、表面に置かれたたった一つの分子に選択的に電圧をかけることができます。これによって分子が励起された場合、励起状態から光を発することになり、これをうまく使うと今まで不可能だった様々な単一分子レベルでの電子状態解析が可能になります。しかし、そもそも励起のメカニズムは光で励起される場合と大きく異なり、この現象を記述できる理論がそもそもないような状態でした。この問題を解決する糸口となる成果が、今回ご紹介いただける内容です。本成果はNano Lett.誌に掲載されており、理化学研究所からもプレスリリースされています。
“Many-Body State Description of Single-Molecule Electroluminescence Driven by a Scanning Tunneling Microscope”
Kuniyuki Miwa, Hiroshi Imada, Miyabi Imai-Imada, Kensuke Kimura, Michael Galperin, Yousoo Kim
Nano Lett. 2019, DOI: 10.1021/acs.nanolett.8b04484.
金先生からは、三輪さんと本研究成果について以下のようにコメントをいただきました。
三輪君は、STMで実験を行っている研究者と現場レベルで議論ができる数少ない理論家です。今回の論文では、STM発光の実験結果に基づき、単一分子電界発光の機構解明という非常に重要なテーマを独自に提案し素晴らしい研究を成し遂げました。今後も実験の真骨頂を理解できる理論家としての彼と共に、単分子において様々な量子状態が絡み合って発現する物性の研究を楽しんでいきたいと思います。
それでは、三輪さんからのメッセージをどうぞ!
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?
単一分子の電界発光(エレクトロルミネッセンス)において、分子内の電子間に働くクーロン相互作用を考慮して、発光機構を明らかにしたという研究です。
今回紹介する研究では、電極と結合した一つの分子に電荷が注入され、分子が励起されることで引き起こされる発光に着目しました。これらの過程を理論的に調べるためには、単一分子接合での電気伝導と光学応答の両方を記述する必要があります。また、単一分子の電界発光を調べた過去の実験研究では、分子発光のクエンチングを避けるため、分子と電極の結合を弱める工夫がなされていました。このような系では分子内での相互作用(例えば、電子間に働くクーロン相互作用や振電相互作用など)の影響が、物性に顕著に現れ得ます。今回の研究では、分子内での相互作用の影響を取り込み、分子の電気伝導特性と発光特性の両方を記述できる理論を構築しました。
この理論を単一分子からの走査トンネル顕微鏡(STM)発光に適用し、発光機構を調べました。STM発光とは、STMのトンネル電流によって誘起される発光のことで、高い空間分解能で分子の特性を観察できる強力な手法として知られています。しかし、電荷の注入によってどのように分子が励起され、発光するのかなどの詳細な機構が未解明だったため、実験結果の解釈や新たな測定系の設計を行う上で問題となっていました。例えば、図1に示す実験系では、電極に印加した電圧Vを変化させながら分子の電気伝導度と発光強度を測定すると、分子軌道を介した電気伝導と発光が起こる閾値電圧Vthを決めることができます。一方、発光スペクトルの測定結果から、分子発光のエネルギーEopは、この電圧に対応するエネルギー(|eVth|, eは電気素量)より低いことがわかりました。もし分子内の電子間クーロン相互作用を無視して、分子のHOMO-LUMOギャップをEopと同じ値に設定すると、Vthより小さな電圧で分子軌道を介した電気伝導が起こってしまうことになり、実験をうまく説明することができません。今回の研究では、分子内の電子間クーロン相互作用を考慮して解析を行うことで、実験結果と矛盾がない発光機構を提案しました(図2)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
今回の研究では、分子内での相互作用の影響を取り込みつつ、電極や輻射場と分子の結合の影響も取り込んで、電気伝導と光学応答を定式化することに取り組みました。これらを実現するために、まず孤立分子のエネルギー固有状態(多体状態)を基底にとり、電極や輻射場と分子の結合を摂動として扱う方針をとりました。次に簡単な摂動計算やレート方程式といった手法では、実験結果を説明しきれないことがわかりました。そこで、カリフォルニア大学のGalperin教授と協力し、非平衡グリーン関数法と呼ばれる場の量子論の方法を適用することで、この課題を克服しました。今回用いた理論手法は、振電相互作用が強い系や、電子のスピン多重度が重要になる系、分子と光の相互作用が強い系などにも適用できるので、今後そのような系の物性解析にも研究を発展させていきたいと考えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
最も苦労した点は、研究テーマの着想です。もともとは電界発光に関する他の現象に着目して研究を進めていたのですが、分子内クーロン相互作用を取り入れていなかったので、実験結果を正しく再現できる計算設定を見つけることができず苦戦していました。数ヶ月経った後に参加した研究会での議論中、ふとした一言をきっかけに、分子内クーロン相互作用を考慮するという発想に至りました。そこで理論モデルを建て直し、簡単なテスト計算をしてみると、解析がうまくいったので、今回紹介したテーマで研究を進めることにしました。議論の内容自体は今回のテーマと直接関係するものでは無く、普段からアンテナを張っておくことの重要性を実感しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
固体表面上の分子や電極に架橋された分子の性質を調べる研究をさらに進めていきたいです。分子の種類は多岐に渡り、それぞれ様々な性質を示します。私のバックグラウンドは主に物理学なのですが、化学の分野で蓄積されてきた分子の物性に関する知見を勉強していきながら、興味深い現象が現れる系を探っていきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究を進めていれば、様々な発見があると思います。世界中の研究者がまだ誰も気づいていない発見をした際は、なんとも言えない気持ちの高ぶりがあります。特にその発見に至るまでの苦労が多ければ喜びは一入で、これまで無駄かもしれないと思いながら続けてきたことが全て伏線だったかのように一つにつながることがあります。偉そうなことを言って恐縮ですが、個人的にはこれが研究の醍醐味だと思っています。研究の楽しさを感じられる瞬間は人それぞれかと思いますが、研究を始めたばかりの学生の皆さんにも、そのような経験をしてもらえるといいなと思います。
また、私は現在アメリカで研究活動を行っており、若手研究者の方には海外留学をお勧めしています。日本の研究レベルは非常に高いですが、最新の情報が得られるチャンスは海外の方が多いように思います。異なる文化や環境に触れることも、研究を推進する上でプラスに働いているように感じます。メリットとデメリットは色々あるかと思いますが、後回しにすればする程、移動のハードルは高くなるかと思います。チャンスがある方は、ぜひ積極的に検討してみると良いと思います。
関連リンク
研究者の略歴
三輪 邦之(みわ くにゆき)
所属:Department of Chemistry, Northwestern University
専門:理論物理学、物理化学
略歴:2014年3月大阪大学大学院工学研究科博士後期課程修了、同年4月より理化学研究所Kim表面界面科学研究室で特別研究員、2015年4月よりJSPS特別研究員PD、2018年4月よりカリフォルニア大学サンディエゴ校で博士研究員、および、理化学研究所Kim表面界面科学研究室で客員研究員、2019年4月よりノースウェスタン大学で博士研究員。