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香りの化学4

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前回香りの化学3では香料業界のことについてお話ししましたが、今回は香料業界の今後についてのお話です。

香料の需要

現在、前回の香りの化学3でお伝えしたように、世界の人口の増加と経済発展に従って、香料の需要は増加傾向にあります。特に、天然香料は需要に対して供給が全く追いつかない、もしくは供給できない状態が続いています。例えば、バラの匂いは世界でも需要が多く、これら全てを天然から賄おうとすると、400,000km2 (約日本の国土)と同じだけのバラ園が必要になります。そんなバラ園を地球上に作るのは現実的に不可能なので、主に合成香料が利用されています。

そのほかにも、mentholは世界で最も売れた香料であり、歯磨き粉、チューインガム、飴などの無数の日用品に含まれています。新鮮な味のほかに、皮膚や粘膜に冷却効果をもたらし、冷却軟膏、吸入、消臭剤、シャワージェルなどの医薬品や化粧品にも添加されてます。現在世界では40,000トン程度の需要があるようですが、年々増加する需要に対して、2012年にLudwigshafenにある工場群で生産能力を増強したBASFも、現在さらなる需要に応えるためマレーシアでもプラントの稼働を開始したりと、化学合成が増加しています。

香料の合成、発酵法

一方で、天然香料の旺盛な需要のに応えるために近年では、発酵法(バイオテクノロジー)により香料を生産する方法が開発され、実際にそれにより得られる香料が市販されています。実際の生産には、その香料を生産に必要な遺伝子、もしくはより良い酵素の遺伝子を他の生物種から酵母などに導入し、発現させ、得られた香料を天然として売り出しています。この方法、完全に天然かというと、genetic engeneeringで作っているので、若干いかがわしいところはありますが、今の所これにより生産される香料はBiosynthesisにより得られたものということから、天然と記載されています。例えば、天然ethyl acetate(AcOEt, 酢酸エチル)は、エタノール発酵発酵などで作ったAcOH(酢酸)とEtOH(エタノール)から、エステラーゼという酵素を使って縮合すれば天然のAcOEtが合成可能です。

現在のところ、BiosynthesisもしくはBiocatalysisにより合成される香料は化学合成に比べてコストやスケールの面でまだまだ圧倒的に不利ですが、市場価値は天然と謳えることもあり高く設定され市販されています。本法は、従来の化学合成の代わりとはなり得ませんが、それに特化した企業もあり、今後の発展が期待されています。

香料のジェネリック

医薬品同様、香料業界においても合成香料のジェネリックの歴史は古いらしく、天然には存在しないフレグランスの大口素材、例えば、Galaxolide、Iso E Super、Hedione、Lilialといった香料のうち、現在流通しているのはおそらくほとんど後発品です。医薬品に厚労省の承認が必要とされていますが、香料にも申請と当局からの承認が必要となります。しかし、医薬と違って香料の後発品は、規制する法律(フレグランスの場合は主に化審法)が物質ごとに規制する法なので、ジェネリックの場合、特段の追加申請が必要にはならないので新規参入の障壁は低いようです。

その点で、特許が切れるとどうしてもコスト勝負になってしまい、ジェネリックが台頭するということになるようです。化合物の合成という観点からも、多くの香料の構造は簡単であることから、新興国で圧倒的に安く簡単に作れてしまうというのもあるのかもしれません。過去に、ビタミンをやっていた会社は香料も結構やっていたらしいのですが、(リナロールがビタミンK, Eの原料なので)価格圧力に耐えきれずに、大手の化学や製薬が撤退するといったこともあったようです。

ブレンドと製剤

医薬品で、口腔内速溶錠、腸溶性製剤、などがあるように、香料業界でも製剤が注目を集めているようです。例えば、食品系だと揮発しやすい香り成分を保持したり(フリーズドライの保存食などの製造に有効)、味や香りが長続きするガムなどへの展開などが考えられています。そのほか、フレグランス用途では、洗濯に使われる柔軟仕上げ剤に添加されるマイクロカプセルなどが製剤化の注目を集めています。香料をマイクロカプセル化することにより、タオルを干した後も香料成分がカプセルとして残って、洗濯物の香りが持続したり、抗菌作用をもたらしたりするような機能をもたせるといったことが試みられているようです(一方で、においが強すぎるとクレームが出るのは大抵この類のようですが、笑)。

さらに医薬に類似するものとして、特許レベルではプロドラッグに相当する香料の開発も近年注目を集めているようです。例えば、先ほどと同様に柔軟仕上剤用途だと思われますが日光や加水分解酵素によって分解して香料物質を出すものがその一例です。タオルとかを使う→菌がつく→生乾き臭がでる→これをプロフレグランスでマスクする、みたいなことを想定しているのでしょう。

匂いの受容のシステムと香料開発

ヒトには約1000万個の匂い受容体神経(olfactry receptor neurons)があり、全遺伝子のうち約5%に当たる、約1000の遺伝子が匂い関連タンパク質をコードしており、うち350-400が実際に機能していると考えられています。匂い受容の特徴として、複合的な機能というのがあげられます。すなわち、通常我々が嗅ぐ匂いは複数の化学物質の交ざり物であり、それら化学物質の種類と量によってそれぞれの受容体の活性化度が変わり、その統合的な活性化パターンによって何の匂いかを識別しています。

近年、このような小分子による匂いレセプターと神経の統合システムの研究が進み、臭覚とレセプター遺伝子との関係が明らかにされつつあります。レセプターが明らかになりつつある中で、製薬でいう分子標的薬のように、受容体ベースの香料探索が可能になることが期待されています。と言っても、受容体は全てGPCRの膜タンですし、そんなに簡単なものかどうかはまだまだ未知数かもしれませんが。

今回扱った化合物の構造はこちら。拡張子をodtからcdxに変更してご利用ください: flavor

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Gakushi

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東京の大学で修士を修了後、インターンを挟み、スイスで博士課程の学生として働いていました。現在オーストリアでポスドクをしています。博士号は取れたものの、ハンドルネームは変えられないようなので、今後もGakushiで通します。

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