第188回のスポットライトリサーチは、筑波大学 生命物理研究グループ 重田研究室で特別研究員を務められていた、佐藤竜馬(さとう りゅうま)さんにお願いしました! 佐藤さんは現在は基礎科学特別研究員として理化学研究所に在籍されています。
重田研究室は、主に生命現象の分子レベルでの理解という挑戦的な課題に、計算科学からアプローチしている研究室です。今回紹介いただける内容は生命現象ではありませんが、フォトンアップコンバージョンを示す光応答性材料という多自由度複雑系の裏に潜む原理を、計算科学により明らかにしたという素晴らしい成果です。
長波長、低エネルギーの光を如何にして有効利用するかという課題はエネルギー問題の解決の糸口になる重要問題です。光励起後に分子集合体中で生じる三重項励起状態(T1)は長寿命であり、上手く分子を設計するとT1同士が衝突したときに高エネルギー励起状態を生じることが知られています。これを利用した光エネルギーのアップコンバージョンに関する今回ご紹介いただける成果です。どのように分子を配列させれば設計すれば効率よくアップコンバージョンを起こせるか、といった問いに対して計算科学による検討から直感的なピクチャーを提示されています。本成果はJ. Phys. Chem. Lett.誌に掲載されており、筑波大学からプレスリリースもされています。
“Synergetic Effects of Triplet–Triplet Annihilation and Directional Triplet Exciton Migration in Organic Crystals for Photon Upconversion”
Ryuma Sato, Hirotaka Kitoh-Nishioka, Kenji Kamada, Toshiko Mizokuro, Kenji Kobayashi, & Yasuteru Shigeta
J. Phys. Chem. Lett. 2018, 9, 6638-6643. DOI: 10.1021/acs.jpclett.8b02887
重田育照(しげた やすてる)先生からは、佐藤竜馬さんと本研究成果について以下のようにコメントをいただいています。
佐藤竜馬さんのご専門は「光生物物理学」でして、最初は私の研究室に学術振興会博士研究員(PD)の受け入れ先としてコンタクトして頂きました。6月末に学位を取得するということでしたので、これをいい出会いの機会と考えまして、7月に新学術領域研究「高次光応答分子」の博士研究員として筑波大に来ていただきました。そのメインテーマが本研究の3重項消光アップコンバージョン(TTA-UC)でした。TTA-UCは太陽光利用の機構として近年大きな注目を集めている過程で、これまで確たる解析手法は確立しておりませんでした。特に実際のデバイスへの展開のためには、空気中・固体系・近赤外光の3つのチャレンジがありましたが、その分子設計のためにはメカニズムの解明が必須です。佐藤さんは光生物物理学の研究で培った知見を十二分に発揮いただき、解析手法の確立(Chem. Lett. 46, 873 (2017))、溶液系での高効率TTA-UCの機構解明(J. Phys. Chem. C 122, 5334(2018))、さらに、今回の固体系の機構解明につながりました。TTA-UCの研究に加えて佐藤さんには、ご自身のテーマで主著2件、共同研究の共著として11件の論文の研究に関わっていただきました。残念ながら学振PDは採択されなかったのですが、2018年度より理化学研究所基礎特別研究員として創薬分野で活躍されております。今後ますますの活躍を期待しています。
それでは、佐藤さんからのメッセージをどうぞ!
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?
現在、エネルギー問題の解決に向けた取り組みが多くなされています。なかでも地球上に多量に降り注ぐほぼ無限とも考えられる太陽光のエネルギーを私たち人間が効率的に利用できればエネルギー問題解決の一助となると考えられています。そこで、太陽光に多く含まれている長波長領域に属する赤外-近赤外光(エネルギーが低い)を短波長領域に属する紫外-可視光(エネルギーが高い)に変換して利用する試みとして三重項-三重項消滅に基づくフォトンアップコンバージョン(TTA-UC)機構が注目されています(図1)。これまでに溶液系におけるTTA-UCの研究は大変重要な成功を収めてきました。一方で結晶系のような固体系におけるTTA-UC機構には謎が多く存在しています。
我々の研究グループではTTA-UCが生じることが実験で確認されている分子(9,10-ジフェニルアントラセン:DPA)の結晶構造とDPAからの派生分子であるC7-sDPA(DPAの二つのフェニル基をアルキル鎖で架橋した分子)の結晶構造に対して量子化学計算を駆使して、それらの反応機構の観測を試みました。結果としてDPAの結晶においては三重項エネルギーが隣り合う分子間を次々に移動していくのに対して、C7-sDPAの結晶では決まった方向にだけ三重項エネルギーが移動しうることを明らかにしました(図2)。したがって、実験においてC7-sDPAがDPAよりも反応効率が良い理由の一つとして、C7-sDPAのほうが三重項状態が接近しやすいためであることが示唆できました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
この研究は量子化学計算と呼ばれる計算手法を用いて遂行しています。特に今回は完全活性空間self-consistent field法(CASSCF法)と呼ばれる手法を用いていますが、このCASSCF法はその計算アルゴリズムの性質上、SCFが収束しないことが多々あります。実際、この研究におきましても何も考えずに計算を走らせてしまうとSCFが収束しないという問題にぶつかりました。いろいろ計算条件を試行錯誤して、SCFが収束する条件が見つかったときは胸を撫で下ろしました。当時私が計算可能だった手法で、この研究に求められていた結果を得るための手法はCASSCF法しかなく、この計算が上手くいかないと研究を遂行することもままならなかったためです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
上述したようにこの研究で観測したいことを観測するうえで、私が使用できる計算手法に制限があり、その手法が上手くいかないと詰まってしまうという点が大きなプレッシャーでした。しかし、無事論文という形で一つの成果とできたのには共同研究者の皆様の多大なるご尽力があってのことです。特に計算の観点で多大なる貢献をして下さったのは共著者でもある鬼頭-西岡宏任氏でした。実際のところ、この研究で使用しているCASSCF法と4-foldway法を組み合わせることで私が計算したいことが計算できると教えて下さったのも鬼頭-西岡氏でした。私と共にトライアルアンドエラーを繰り返し、その都度アドバイスをして下さったことで無事この研究を完遂することができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は自身の研究成果が世のため、人のためになることを期待して日頃から研究に従事しています。化学はこれまで世の中に存在していなかったものを作り出してきました。そして、それにより人々の暮らしは豊かになっています。化学を学び、応用することで、これまでできなかったことを可能とし、現在生じている問題を解決できると信じ今後も精進していきたいと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究を行なっていると必ず大きな壁にぶつかります。恐らくこれまで自分が誰よりもその研究テーマに真摯に向き合ってきたという自負もあり周囲の人に相談することを躊躇ってしまうこともあるかと思います。しかし、自分ひとりで悩んでいても解決できなかった問題が周囲に相談した結果、あっさり解決することはよくあります。それは先生、先輩や同僚と議論したときだけでなく後輩と議論することでも起こり得ることです。何かに行き詰まってしまったときは役職や年齢、分野などは考えずに色々な人に相談してみると問題解決への近道になるのではないかと思います。周囲には自分の知らないことを知っている人は本当に沢山います。知らないことは恥ずかしいことではありませんし、そのときにきちんと学ぶことが大切だと思います。そして、自分が相談されたときにこれまで自分が得た知識を役立てられたら素敵なことだと思います。たくさんの人とコミュニケーションをとって自分の知識の幅を広げていくといつか想像もしなかったことを実現できるかもしれません。
関連リンク
研究者の略歴
佐藤 竜馬(さとう りゅうま)
所属:理化学研究所 生命科学研究センター 計算分子設計研究チーム 基礎科学特別研究員
専門:生物物理学、分子シミュレーション
略歴:1985年、新潟県長岡市生まれ。2015年、名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻(物理系)博士後期課程修了。博士(理学)。2015年、筑波大学計算科学研究センター 研究員。2018年4月より現職。